第百十九話◆佳奈編:大事な話は二人の時間に
第百十九話
一月一日はお正月であるが、十二月三十一日は大晦日である。こんなことは誰だって知っていることなのだろう、勿論俺も知っている。
鐘を鳴らしに行ったりする人もいるそうだが……俺が居候している雨乃家は家の中で静かにしているのが恒例らしい。達郎さんはさっさと酒を飲んでつぶれて寝てしまった。鈴音さんも座って読書をしている。
十二月三十一日午後九時。俺は佳奈に呼び出されて縁側に座っている。
「で、俺に話って何だよ」
佳奈は暗く晴れた夜空を見るような仕草をした後にこっちを見てきた。普段とは違う、元気さが鳴りを潜めたような大人しい顔をしている。たまに、本当にたまにだが親戚といえどどきりとさせられるから困るときがある。
「……この前も言いそびれていた話」
「ああ、大切な話ってやつか」
「うん、零一が年始から困っちゃうかもしれないけど今年中に決着をつけておきたかったんだ」
「今年って言ってもあんまり時間が無いけどな。もう一つ、今年中って言っても時間が繋がっているぜ」
「まぁ、そうなんだけどね」
笑っている佳奈だが、大切な話があるのだろう。決意に満ちた人間の顔はどうしていつも惹かれるのだろう……。
「邪魔が入るって言い方は悪いけど誰にも邪魔をされたくない……あのさ、零一は自分の両親がどういった人たちか知らないのよね」
何を改めて聞くのだろうか……
「勿論だ。俺は両親のことをよく知らん」
俺が爺ちゃんから両親について聞いていることは少ない。一つは行方不明であるということ、そしてもう一つは……
「あのね、零一のお父さんとお母さんは東グループのトップの人たちなの」
「……ああ、知ってるぜ」
「え……」
佳奈は凄く驚いたような表情をしている。多分、俺は対照的な表情をしているのだろう。
「前、酔っ払った爺ちゃんが俺に教えてくれたことだ。そんなの本当かどうかはわからないけどな」
「そ、そうなの……本当のことなのよ。えっとね、だから、零一の両親は東グループのお偉いさんで……」
「そんなこと、もうどうでもいいんだよ。そのことが俺にとって、お前にとって大切な話なのか」
「いや、それはまぁ、一応関係のある話。あのね、一つだけ聞かせてよ……何で、何で驚かないの。どうでもいい話って……何でよ。普通は自分の両親について知ろうとするじゃないの」
ちょっと怒ったような口調。外は冷える。いい加減、家の中に入りたいのが本音だ。
「……今の俺はそこまでガキじゃない。そりゃ、子どもの頃は知りたいって思ったこともあったけどな……今じゃ達郎さんや鈴音さん、それにお前がいてくれるからな。家族には困ってないぜ。大体、両親がいないくて生活が大変なら悩んだりするかも知れねぇ……だけど、俺は幸せな人生を送ってるからな……関係ないって言ったらおかしいけど、それが俺の答えだよ。これでいいか。爺ちゃんが酔った勢いで俺に喋ったことが本当だったとしても俺はもう、両親に会いたいなんて思わないぜ」
「……納得は出来ないけど……いいわ」
「で、さっさと大切な話って奴を話してくれよ。結構冷えてきたぜ」
佳奈の格好はいたって厚着なのだが俺はパジャマの上に半纏を着ていないために肩辺りが寒くなってきていて足もじんじんしてきた。
「うん、あのね、率直に言うんだけど……」
「ああ、何だよ」
「……私の、私達の家族になってくれないかな……」
「は……」
わたしの、わたしたちのかぞくになってくれないかな……ワタシノ、ワタシタチノカゾクニナッテクレナイカナ……私の、私達の家族になってくれないかな。脳内で三回ほど繰り返された後に綺麗にまとまる。
「……私が言うことじゃないかもしれないし、おかしいかもしれない。だけどね、零一が良かったら家族になってほしいんだ」
こっちをしっかりと見据えてはっきりとした言葉。逸らすことのできないその視線を俺は受け止めるしか術を知らなかった。
「………」
「困るよね、そうだよね。答えはすぐじゃなくていいんだ。いつか、聞かせて欲しいの。母さんや父さんに言う前に、まず、私に……ねぇ、約束してくれる……」
差し出された小指、俺はそれに自分の小指を絡めた。
「ああ、答えが決まったらお前にちゃんと言うよ」
「約束だからね……指きりげんまん」
「嘘ついたら……」
気がついたら寒さなんて忘れていた。
酔っ払いから言われる真実ほど怪しい事実はありませんね。ん~、最近なんだかいまいち調子が出ないのは何ででしょうかねぇ……一日を大切に過ごしていないから……なのでしょうか……むぅやはり、一話一話大切にしないと駄目だってことなのでしょう。改めて思いますが小説って難しいですねぇ。四月八日木曜、十四時中二分雨月。




