第百十一話◆笹川編:猫のお祭り
第百十一話
「やぁ、こんにちは零一君」
「雨乃、こんにちは」
「笹川に真先輩……二人揃って珍しい……笹川、どうかしたのか」
似たようなコートを着ているのを見ると恋人か兄妹のどちらかに似ている。これでペアルックを着ていたというのなら笑わざるおえないな。
中に入れ、コーヒーと紅茶を出す。前者が真先輩で後者が笹川だ。
「いやぁ、偶然近くを通ってね。栞が『ここの近くに雨乃の家がある……ここの近くに雨乃の家がある……』って連呼してね」
「してないわ、兄さん」
拳が一発いっているというのはきっと、教えなければわからないほどとても些細なことなのだろうか……
「年末に忙しいかなと思っていたんだけどちょうど用事があってね。これ、お土産の『猫まんじゅう』だ。あ、先に言っておくけど原料に猫が使用されているとか、猫に食べさせるから猫饅頭でもないから。猫の肉球を連想させるような形をしているから猫饅頭だよ」
「そんなの、雨乃だって見ればわかると思うわよ」
うわ、見ればわかるだって……相変わらず俺を馬鹿にしてるなぁ。
「ありがとうございます」
「それで、これが私からのお土産で『猫耳』よ。雨乃は猫、大好きだものね」
「………あ、ああ、ありがとうな」
これ、渡されて……何に使えと……
誰一人として『猫耳』については突っ込みを入れなかったのでこの件については触れないほうがいいのかなぁ、そう思ってさっさと部屋においてくることにした。
「あの、一体全体何処に行ってきたんですか」
「猫祭りに行ってきたんだよ。村人全員が『猫耳』を頭につけて猫になりきるという奇祭なんだ。山奥にある下界から切り離されたような場所であってねぇ……村を作ったとされる猫を奉るといったものなんだ」
「あ、ああ……そうなんですか」
そういえば笹川ん家にも猫はいるしなぁ。そういった祭りに行くほどこの二人は猫が好きいうことなのだろう。俺だったら……行かないだろうなぁ。
「前々から思っていたんだけど零一君は犬と猫、どっちが好きなのかな」
このタイミングで『犬』ですといったらどうなるのだろうか。古来より、人は知りたいことがあったら実際にやってみるという愚行を続けてきた。知ったものは次の日から姿を消したとしても……それでも、俺は知りたいのだ。
「い……猫です」
犬といおうとしたら空気が凄く、冷たくなった。『おいおい、まさかお前この空気の中、犬だっていわねぇよなぁ……』そういった空気が渦巻いていたのである。
「そうだろうね、うんうん、いいことだよ。じゃあ、そろそろぼくたち二人はおいとましようかな」
今日は珍しく長話を俺に聞かせなかったな……まぁ、師走だから色々と大変なのだろう。
「そうね、あまりいても迷惑だろうから」
「まぁ、迷惑ってわけじゃないけどな。ちょうど大掃除をしていたからな」
「ちょっとトイレを借りるね。トイレは何処かな」
「そこの廊下を右に曲がったらあるっす」
「そうか、すまないね」
そういって席を立った真先輩。笹川が俺の方へと視線を動かしてきた。
「よかったわね、兄さんに『犬が好き』とか言っていたら雨乃は今頃病院行きよ。人が変わっちゃうもの」
「……見てぇ、あの人が変わるところを心の底から見てみたいと思うぜ」
「まぁ、命を捨てたくなったときに見なさい」
今度、一度だけ言ってみようかな。冗談で通じればいいんだけど……
―――――――
冬の夕方はあっという間にやってくる。そういうわけで、今日もすでに真っ暗だった。
「あ~暗くなっちまったな。で、話って何だ」
「もういいわ……どうせこのタイミングで話をしていたらまたお客が来るって思うし…」
あ、可愛い……。
拗ねたようにそっぽを向かれても俺が困る(別に、可愛いとは思っていないさ)だけである。それに、大切な話ならばきちんと聞いておかなければ後々面倒なことに巻き込まれるだけだろうから。
「いいから、話してくれよ。大切な話なんだろ」
「そうよ、大切な話。私にとっても、零一にとってもね」
「じゃあ、やっぱり話してもらわないといけねぇじゃねぇか」
「……わかった、一度しか言わないから聞き逃さないでよ」
「ああ」
一生懸命説得していればいずれは相手の心を覆っている氷を溶かして何とかなるものである。今回、俺はそれに成功したというわけである。
「実はね、零一は……」
どすん
「「……」」
音がしたのはどうやら俺の部屋の方からのようだ。
「ど、泥棒か……ちょっと、見てくるからここにいろよ」
「う、うん」
こうして、またもや話を聞けずじまいだった。
寝不足のために力が出ない作者、雨月です。今、ゲームをやったらいつもの反応速度が失われているために負けてしまうでしょう。残念ながら、母親から『降りて来いっ』とのご命令が下ったために後書きはここまで。四月二日金曜、十七時五十四分雨月。