第百九話◆佳奈編:伝えたい事
第百九話
「あのね、私……零一に話があるの」
師走、師匠が走るほど忙しいという月だ。ん、師匠が普段から走っているところは更なる師匠の高機動っぷりを確認できるという弟子にとっては意外とおもしろい月かもしれないな。いや、でもよく考えてみると師匠が忙しいんだから使いっぱしりの弟子ももれなく忙しいってことだろうからなぁ……つまり、師匠は弟子の高機動っぷりを眺めて頷き、弟子は師匠の高機動っぷりを見て頷くという相互監視下に置かれている状況というわけなのか……
そんな風に忙しい月のしかも月末。クリスマスは色々と……と、いうか……結構面倒ごとに巻き込まれた気がして、佳奈や朱莉、笹川などはクリスマスパーティーに行っていたそうだ。うらやましいぞ。
クリスマスが終わるともう年始の準備をしないといけないというわけで、俺はお家の大掃除をしている途中である。勿論、真っ先に取り組むのは新種の菌かモンスターが潜んでいそうな佳奈のお部屋である。部屋の持ち主は唯一ゴミや塵が無いであろうベッドの上に座っている。
「話って何だよ。結構忙しいから後にしてくれよ」
汚れというのは汚れたそのときに対処しないといかんとです。後に後に回すと……ガンコになっちゃうわけなのですよ。
「あのね、とても大切な話なんだ」
いつもの佳奈と違う気がする。違う気がするだけで意外といつもの佳奈だったりしてな。
「ああ、胸が大きくなったのか」
「ううん、大きくなったけどそれとは違う、大切な話」
「まぁたまた、そうやって嘘ついちゃってペーター」
「本当、大きくなったよ。ちょっとだけどね……それは今日はいいの。本当に大切な話なんだ」
「……」
何、この話題でキレないとは……本当に今日の佳奈は何処か違うぞ。表情だって柔らかくなっているし……何があったんだろう。
「本当はお父さんとお母さんがいるときに話さないといけないって思うんだけどさ……この話、ずっと前から話そうとしていたの……けどね、なんだか怖くて……」
「な、何だよ……何の話だよ」
「あのね……」
ぴんぽ~ん
「「……」」
師走、忙しいのである。まったりと話をする、聞くという時間も与えられないのだろう。
――――――――
「珍しいな、爺さんが俺の家に来るなんてさ」
そういうとニアの爺さんは頷く。
「そうじゃな、いつもはお前さんが寝静まったときにやってきたりしておるぐらいか」
「……起きている時に来てくれよ……で、今日はどういった用事なんだ。見てのとおり、俺は忙しいから変な用事なら……」
「ずばり、ゼロツーの拡張デバイス、俗に言うパワーアップパーツを持ってきた。まぁ、チップじゃがな」
そういって小さなチップを取り出す。俺はさっさとケータイを取り出して爺さんに手渡した。
『ゼロワン様、ダニエル様にチップを……』
「くだらない冗談は無視するぞ……で、そのパワーアップパーツをつけたらゼロツーはどうなるんだよ」
「まぁ、そう急かすな。目に見えるような違いが起こるぞい……」
手馴れた手つきでケータイを分解していく。今更の話だがこれはメーカーさんに修理を出せないな。ま、壊れたときは爺さんにお願いすれば無駄な機能がくっついて帰ってきそうである。
「ほれ、出来たぞ」
あっという間に出来てしまったパワーアップ。最近のパワーアップはお手ごろになったものだな……そう思いながらも早速ケータイの電源を入れてみると……そこにはいつもの二頭身ゼロツーがいた。
「……」
変わっていた所は色がついていた(これまで白黒だった)ことだろうか。
「……これが、パワーアップか」
「そうじゃ」
『色、ありがとうございます』
律儀にお礼を述べているゼロツーだが……色、ありがとうございますとか絶対に人類始まって最初のお礼の言い方だと思うぜ。
「じゃあ、わしは帰るからな」
「ああ、お疲れ様」
こうして、お客は去っていった。
―――――――
「お客さんはもう帰ったの」
「ああ、帰った。で、何の話をしていたんだっけ」
佳奈は自室で待機していたらしい。待機、つまり……掃除はしていない。自分の部屋なのに俺にまかせっきりなのは何でだろう。いや、確かにここに住まわせてもらっていますから掃除洗濯、心のケア……やらなきゃいけないのも確かでしょうよ。ええ、仕方ないってことですね。
「えっとね、とても大切な話よ」
「とても大切な話か……」
ぴんぽ~ん
「「………」」
あら、お客様だわ。
さぁ、皆さん…お手持ちの嘘の準備はいいですか…大切に持っていて下さいね。三月三十一日水曜、七時十八分雨月。