第仇話 奇病
とある日の夜、旭は周囲の人々に聞こえるか聞こえないか分からない程の小さな溜息を吐きながら角筈のネオン街を歩いていた。
手帳を捲り、次の依頼人の元へと向かうようだが次第に歩幅が小さくなり、挙句の果てには止まってしまった。
「ダメだな、気持ちを切り替えないと。可笑しいだろ、もう夜なのに朝見た夢が忘れらないとかどうかしてる」
彼は手帳の後方にある余白スペースのページを開き、昨夜の夢の内容をメモしていたようである。
その中には夢の中で出会った2人の少女達の名前が書かれていた。
それと同時に彼女達を無意識なのか?意識的になのかは分からないが朱鷺田が嫌悪感を示していた事を思い出しさらに深い溜息を吐いた。
「いやぁ、まさかこんな所で運び屋さん達に会えるとは思いませんでしたよ。しかも、旭さんにお願い出来るなんて。光栄です」
気持ちを切り替え、依頼人を角筈から別の場所へと届ける為、旭は微笑みながらその言葉を聞いていた。
「俺達としても、ようやくと言った所かな。場所は和田の方で間違いないですか?」
「はい、よろしくお願いします」
そしてまた、依頼人の手を取ると一瞬にして姿をくらませた。
あの一連の騒動から半年後、運び屋達は広げた行動範囲を含め業務に当たっていた。
そのネットワークは凄まじく、壁が取り除かれ、人口も潤いを見せれば見せる程に彼らは多忙となって行った。
いつしか比良坂町は急成長を遂げた、メガロシティなどと話題になっていた。
旭達、3人も同じく多忙ながらも充実した日々を送っていたある時、異変が起きた。
「旭、明日なんだが。緊急会議があるらしくてな、同行してもらえないか?」
仕事でもプライベートでも相棒である朱鷺田にそう言われ、旭は顔を顰めた。
「会議は不毛だ。折角、長年の夢が叶ってこれからだって言う時に。誰かが代表して出ていれば問題ないだろう?俺は現場重視の人間なんだよ」
旭は何かから目を逸らすように朱鷺田から視線を外した。
一難去ってまた一難、彼の中に新たな疑惑と困難が訪れてしまったようだ。
「旭の気持ちは分かるが、今回はそうも言っていられないんだ。黄泉先生や愛が、今回の会議を主催者なんだ。あの“噂話”本当かもしれないぞ」
角筈は夜間、煌びやかなネオン街として存在しているがその分治安も悪く。彼らの難点でもあった。
いつも、映画館側を溜まり場とする少年少女達からある噂を聞いたのだ。
“赤い血を持つ者だけが罹る奇病が存在する。罹った者は夢の中で別の存在へと作り変えられる”と。
その言葉を思い出した後、旭は身震いした。
もしかしたら、いや本当にそのような事に巻き込まれているのだとしたら?
自分達は一体何者なのかと改めて疑うのと同時に怖くなってしまったようだ。
旭はその思いをかき消すのと同時に早口で捲し立てるようにこう言った。
「俺は信じないぞ。何処から出てきた噂なのかは知らないが、それに踊らされて何も出来なかったら本末転倒だ。会議の内容は終わった後、屋上で聞く。鞠理にもそう伝えておくよ」
「分かった。だけど、気をつけた方がいい。ようやく、平和を取り戻せたとは言えまだまだ不安要素が残るのがこの比良坂町という町だ。町長の息子として、俺はお前達もそうだけど仲間や町民を守る義務があると思ってる」
その純粋かつ真っ直ぐな瞳に旭はホッとしたのか落ち着きを取り戻したようだ。
「トッキーは立派になったな。流石、俺の相棒だ。さて、明日はどうなる事やら。...そうだ、この前さ言ってただろう?俺が夢の中で女性の事を話してたって。なんかさ、悪かったな。信じてやれなくて」
「なんだよ、いきなり。それって結構前の話だろう?俺だって、旭と言えども全てを理解して欲しいなんて思ってないよ。...だけど、やっぱり見るんだよなあの夢。なんなんだろうな本当に。でも、今はなんとなく嫌な気持ちになったりしないし。寧ろ、信頼の証だと思ってる。無駄に嫉妬してた自分が馬鹿みたいだ」
「そうだよ。俺はトッキーに向こうの様子とか仲間の事を教えようとしていただけだ。皆が無事な事をな」
そう旭から告げられた朱鷺田は目を丸くしているようだ。
今まで何も言って来なかった旭が突然、自分の話に乗って来た事もあり驚いているようだ。
「え...えぇと。旭、大丈夫か?熱でもあるんじゃないか?最近、依頼も多かったしな。今日は早く休もう」
そのあと、旭は朱鷺田に引きずられる形で自宅へと戻る事になった。




