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第陸話 殿様

3人が忍岡までやって来るとまず目の前に飛び込んできたのは雲をも貫きそうな12階建ての塔であった。

その姿に武曲も五曜も目を見開き驚くものの、その理由は特殊な物であった。


「ねぇ、これ。比良坂町にある物と同じじゃない。ほら、節子ちゃんに見せてもらった絵葉書に写っている物と良く似ている」


「確かお忍びで爺やに連れて行ってもらったと言っていたな。そのまんまじゃないか。元々、真霞(まかずみ)家が管理している建物だろう?此処も同じなのか?」


比良坂町では百貨店や動物園など参区の青塚家同様、手広くビジネスを展開する真霞家が塔の管理を担っている。

その御曹司である真霞(まかずみ)宇宙(そら)は運び屋としても期待されており、塔周辺のガイド業をしていると巷では話題になっているようだ。


「それは分からねぇが、此処から見える景色は格別だぞ!どでかい山は勿論!立派な城だって見えるんだからな!まぁ、まずは行ってみるのが一番よ」


塔内に入ると数階にかけて輸入品を販売する店が所狭しと並んでいるようだ。

しかし五曜はそれに目もくれず、ある写真達を眺めていた。

美人コンテストを開催していたようで、その結果や写真達が並べられているようだ。


「はぁ、美しいって本当に罪ね。私の星のような美しさには誰1人敵わないんだもの。

まぁ、節子ちゃんは甘んじて許してあげるけどね。私の可愛い教え子だもの」


「その自信は一体何処から来るんだ。美以上に曖昧な物なんかないだろう。皆、美しい。それで良いじゃないか。競う事こそ、美を侮辱していると思わないか?」


「あら、そう言う貴方だって武術大会で優勝して嬉しそうにしてたじゃない。それと何が違うのよ。まぁ、評価なんて相対的な物でしかないし。自分が良いと思うならそれが1番良いのかもしれないわね。おじさま、展望台でしたっけ?行ってみましょう」


そのあと、塔の12階にある展望台までやってきた。

夜間という事もあり、曙が言っていた壮大な山は見えそうにないが肉眼でも見える存在もあるようだ。

五曜はある物に気づき、近くにある双眼鏡を使い遠くの景色を見つめている。


「あの立派な建物は何?ほら、武曲にも見えるでしょう?城の周りに街灯と橋かしら?それが見えるわね。なんだか不思議な感じだわ」


「おっ、五曜ちゃん良い所に気がついたな。あれはな、この世界の協会なんだよ。勿論、運び屋の会長もいらっしゃるぜ。なんでも“殿様”と呼ばれているらしい」


「殿様」という言葉に武曲はある人物の存在を思い出した。

協会で飾られている歴代会長の写真の中にも同じように呼ばれていた人物がいる。

しかし、彼は疑問も同時に覚えたようだ。

何故なら、故人であるはずの彼がどうしてこの世界の城におり殿として鎮座しているのかが分からなかったからだ。


「なぁ、おっちゃん。もしかして、ゾンビとかじゃないよな。それか偽物とか。あり得ないだろ、こんな所に初代会長がいらっしゃるなんて」


「そう思うだろ?心配すんな、オラが実際に会ってるんだからよ。折角、この世界に迷い込んだんだ。殿様でも拝んで帰ろうぜ」


曙は城の方を指さし、次の目的地は決まったようだ。

一度案内された身という事もあり、武曲や五曜も含めすんなりと中に入る事は出来たようだ。


その中で一つの間へと案内された3人はある人物と対面する事になる。


「全く、殿は何を考えているんだか。現在、殿は他の運び屋達と会議中だ。それ以上に曙、其方は今まで一体何をしていた。大事な会議をすっぽかし挙句の果てにはこの2人まで連れて来るとは」


「ごめんて、富士宮ちゃん。なんかほら、ピンと来たんだよ。オラの担当場所に人がいるってさ。それに会議って言ったって空席だらけだし。行ってもね、しょうがないでしょ?」


曙は表面はヘラヘラとしながらもキリッとした目つきの富士宮を見ると緊張するのか時折、目を泳がせているようだ。

肆区を中心に活躍する富士宮、彼女は名家の跡取りという事もあり幼い頃から運び屋としての英才教育を受けて育った。

その為か、周囲から硬派な人間かつ近寄り辛いと言われる事が多い。


そんな中で相方のタスクは周囲の反応など梅雨知らず、そんな彼女を頼りにしていたようだ。

富士宮自身も最初は戸惑いを見せていたが、頼られる事に喜びを感じ、次第に打ち解けていたという。


「まぁ良い。其方達は武曲と五曜だな。逢磨会長はどちらに?一緒ではないのか?」


「いや、迷い込んだのは俺達だけで会長は明日の選挙結果を見届けると今も協会で業務をされている。そういえばここにも会長がおられるとか。しかも...」


武曲がそう言いかけた瞬間に廊下の方から足音が聞こえてくる。

その人影は凛々しく、優雅かつ、緊張感を与える物であった。

3人はすぐさま、正座をし頭を下げる。

側にいる富士宮までも、同じ仕草をした。


『曙、良くぞ無事で帰ってきた。皆、貴殿の事を心配していたよ。そこのお若いの、緊張せずとも良い。ほら見てみなさい、私とて胡座をかいているのだから畏まる必要はないんだよ』


頭からは早朝に吹く爽やかな風のような優しく、皆を包み込むような声が聞こえてくる。

皆の目の前にはこの城の主と言えよう、50代程の初老の男性がいた。

白髪混じりの白銀髪とはいえ、貫禄のある上品さと気品さを感じさせられる。


彼こそ、御三家の祖であり運び屋協会の初代会長である朝風暁、その人である。

高貴の証である蒼い着物と青い羽織こそ、彼の象徴であろう。

皆から殿と呼ばれてるのも頷ける。


「よっ、殿!貴方ならそう言ってくれると信じてた!オラは先輩として後輩を思い、救出に乗り出したという事ですよ。冬楡武曲と五曜妃翠、若手ですが会長候補にも選ばれた逸材です。どうか可愛がってあげてください」


そういうと朝風は嬉しそうな笑みを浮かべ、2人に対しこんな質問をした。


『曙の話によれば夜間能力を持つ運び屋は富士宮家を除いて私の子孫と呼ばれているらしく、曙家もまた分家筋のようだ。武曲と五曜、2人は私とどんな関係なのかな?それが気になってね』


そう言われ、2人はお互いキョトンと顔を覗かせる。

どうやら時空の歪みが起きているらしく、朝風から見た遠い未来を今の比良坂町の運び屋達は見ているようである。


「俺は突然変異のような物なのでなんとも。親父も姉貴も日中で活動していて、幼い頃から俺も同じ物だと思われていたんです。でも、実際はそうじゃなかった。周りは俺の事を劣等生扱いしていました。母親は俺を外に出ても恥じない人間にしようと英才教育を施してくれて、本当にスパルタだったんですよ。テーブルマナーとか社交ダンスまでやらされて、五曜も一緒で同じ所で習い事をしていました」


「ちょっと!私を巻き込まないでよ!そりゃまぁ...同じ穴の(むじな)と呼んだ方がしっくりくるかもしれないけど。私も突然変異でこの能力をもらって、一族の中でも疎まれてはいたけれど。仕方ないでしょう。五曜家は貴族の家系なんだから、保守的で閉鎖的なの。私の事を醜い子って罵って好き勝手言ってる奴らを見返したいと思って運び屋をやってるの。殿、ご説明はこれでよろしかったかしら?」


そう言われると朝風は苦笑いを浮かべる。

どうやら2人の壮絶な生い立ちに気をされてしまったようだ。


『中々興味深い話だった。実はいうとね、皆に頼みがあって集まってもらったんだ。私は何度も断ったのだが、富士宮がどうしてもというから』


「当たり前です!巧みにこの城内に侵入し、殿の命を狙う輩がいるのです。...!?殿、危ない!皆も伏せなさい!」


突然の富士宮の怒号に3人は慌てて頭を守りながら姿勢を丸める。

その瞬間、朝風に向けて何かの鉄の塊が飛んで来たのだ。

彼は富士宮に守られ、事なきを得たがその塊は襖をも貫き、数度飛び跳ね、地に落ちた。


その正体の先に行くと一つの手裏剣が落ちており、武曲と五曜は顔を青ざめた。


「殿!だから言ったのです。あれほど城内の警備を強化せよと!人手が足りないからと警備を疎かにしていては頭領である殿のお命に関わります」


『そうだね、今回ばかりは私も応えたよ。皆に集まってもらったのは私の命を狙う輩の調査と城内やその周辺の見廻りをお願いしたいからなんだ。私に危害が及ぶのは構わない。しかし、依頼人や一般市民を巻き込む訳にはいかないからね。そうだ、曙。忍岡の方は案内したかい?折角だ、見廻りがてら案内してあげなさい』


「了解しやした。まぁ、何か異変や報告があれば次の集会にでも」


『あぁ、頼りにしているよ』

《解説》

曙の元ネタは上野から新潟や秋田を経由し青森まで向かう寝台列車の「あけぼの」ですね。

武曲や五曜と絡ませたのは同じ方面に向かう事や引退した時期が似通ってる為です。


「あけぼの」の名は様々な映画作品に登場している事から目立ちたがり屋な性格をしています。

多分、彼も夜間は運び屋をして日中や映画俳優や監督をしているのかもしれません。

他にも剽軽であったり、女性に優しい所がありますが「あけぼの」は特に秋田県で人気な事や春日部在住の幼稚園児の映画にもモデルとして登場していた事から秋田のじいちゃんをイメージしていたりもします。

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