第伍拾肆話 再会
「良かった、皆んな目が覚めたのね」
医務室の入り口でホッと胸を撫で下ろす節子の元に、謎の運び屋が近づいてくる。
彼の名は曲輪内、軍人気質で赤い鉢巻と胸元の赤いバッチが印象的だ。
「敷島節子殿だな。貴女の執事、もとい俺達の頭から伝言を預かっている。それと、あのキザったらしい庭師から贈り物だ」
彼は手に持っていたメモと小さな花束を彼女に渡した。
「まぁ、日比谷さんね。数日前から倒れたって聞いたから私、心配していたの。わざわざ庭の様子を見に来てくれたのね。お礼を言わないと。貴方もありがとう」
彼はそのあと一礼し、その場を後にした。
爺やからの伝言を確認する為、メモを見ると彼女は慌てて会長室に行き、シャンパンカラーのコートに身を包む。
外に出ると、一緒にいた颯と初嶺の元に向かった。
「2人とも、お忙しい所ごめんなさい。実は陸奥の方で先生方と曙おじさまが見つかったそうなの。救助の為に協力してもらえないかしら?」
「分かった!望海、俺達は救助に向かう。隼の事頼めるか?」
「勿論です。目が覚めたら伝えておきます」
そのあと、陸奥の針葉樹林の中に飛び込むと鳥居の近くで倒れ込む3人の姿があった。
「武曲先生!妃翠先生!やっと会えたのに!お願い、目を覚まして!」
彼女の涙が2人の頬を濡らす。
すると、2人はゆっくりと目を覚ました。
「節子...今日のトレーニングメニューは終わったのか?」
「...何言ってるの。今日はヴァイオリンの稽古でしょう?私と一緒に演奏する予定だったんだから。それで?ちゃんと暗譜したの?」
「グスっ、ごめんなさい。節子は悪い子ね。お2人がいないと何も出来ないの。また、ビシバシ指導してください。本当に良かった。本当に」
そんな光景を嬉しそうに手で画角を作り見つめる曙の姿があった。
「なんだよ、曙のおっちゃんは元気そうだな」
「いやぁ、もう限界よ。ただ、この光景は美しいなと思ってさ。今度も大作が作れそうだ」
「いたっ!?浅間先輩、こっちです!」
白山の捜索の為に希輝と共に藤居山に訪れた浅間がフラフラしながら身体を引きずるように歩いて来たのを見て目を見開いた。
「あ...さま」
「もう大丈夫!動かないで!希輝ちゃんが愛さんを呼んでくれるから」
「後輩達は...?生きてるの?」
「えぇ、皆んなが目覚めたんだけど。剣城君が身体に違和感があって、ずっと夜勤をしていたから体調が悪いのかもしれないって、今白鷹君に付き添ってもらってるわ」
浅間の声に白山は安堵したのか?優しい笑みを溢しながら、彼女に受け止められた後。目をとじた。
その一方、小坂では御堂からの連絡もあり朝風を捜索する瑞稀と逢磨の姿があった。
「可笑しいですね。この辺りにいると御堂から聞いたんだけどな。お養父様、どうされます?場所を移しましょうか?」
「まぁ、待ちなさい。私達と同じく勾玉を持つ高祖殿の事だ。直ぐに現れるさ、ほら見た事か」
すると彼の言う通り2人の目の前に朝風が姿を表した。
此方を見つめ、花紋鏡で素性を探っている。
しかし、目を見開いているようだ。
思っている以上にこの2人の関係や素性が複雑怪奇なのだろう。
「はて?ワシの鏡ももう寿命か?変な文字ばかりが浮いちょる。何かの勘違いじゃな。それで、ワシに何かようか?」
「高祖殿、お初にお目にかかります。私は風間逢磨、此方は養子の瑞稀です」
「風間の風は朝風から名付けられたとお養父様から教えを受けております。改めてましてお会いできて光栄です」
2人揃って、優雅な挨拶をしその血脈が今でも続いている事を証明した。
「ほぅ、これはまた気前の良いお出迎えじゃな。言うまでもないが、ワシの名は朝風暁。よろしゅう頼む。折角、現実に戻ったからのぉ。姫に会おうと思って、ただいまの報告をな」
「姫ですか?何か現実世界に未練でも?」
瑞稀がそう言うと朝風は焦った表情をしている、そのあとも歯切れの悪い会話は続いた。
「あ....あー、ワシの行きつけのキャバがなくなってないか見に行ってたんじゃ。大丈夫そうだなと安心してな。そうだ、協会近くの家もなくなってないか確認せんと」
「それでしたら重要文化財になっておりますよ。今は敷島家が管理しております。長年、行方不明になっておられましたので遺品扱いになっておりますが残っている物も幾らかあったかと」
「重要文化財にこれから住むんか、ワシ。教えてくれてありがとう、まぁ。ワシの事など亡霊とでも思ってもらえれば良いから。お2人さんは此処の担当なんか?また会えるかもしれんな」
「私は参区を、お養父様は壱、参区を担当しております。どうぞ、黄昏親子をよしなに。それと、比良坂町は仮初の平和に今は浸っています。これからの危機に備える為にも亡霊などと仰らず、どうかその力をお貸し下さいませ」
「雅じゃな、親の躾が良く行き届いている。分かっとるよ、比良坂町もとい自凝島は正にそう言う場所じゃ。殿は常に皆を率いて勝利へと導く存在。それを今回の件で改めて痛感した。まだまだ、ワシも向こうへは行けそうにない。今後ともよしなに。では、陽も暮れて来たし立ち去るとするかのぉ。また、夜にお会いしよう」
そのあと朝風も優雅にお辞儀をしその場から立ち去った。
それを見た親子は安心したように笑みを浮かべた。
朝風が協会に行くと、車椅子に座る野師屋の姿があった。
それを見た朝風は彼に近寄り、屈みながら目線を合わせた。
「そう言えば、お前さんはここにくるのが初めてか。どうじゃ、ワシらの職場は?」
「騒がしくて仕方ない。余には不釣り合い過ぎる。朝風、余はこのまま福爾摩沙へ行こうと思う。終わりのない亡命と言った所か。あの子供達に気に入られてしまってな。育成校の講師をして欲しいと言われた」
そんな彼の首には月下美人で作られた首飾りが掛けられていた。
淡々と話す彼に対して、朝風は止めはしないものの。
名残惜しいのか?眉を下げ、悲しそうにしているようだった。
「そんな直ぐに答えを出さんでもええじゃろ。あの城はもうないが、この近くの小さな平屋なら空いとるよ。ワシと一緒に住まんか?」
「お断りだ!誰がお前なんかと。毎日、シンナーのような匂いを撒き散らしやがって!加齢臭より、酷いぞ!」
「しょうがないじゃろ、あれは!お前がそう言うから、わざわざブランド物の香水を買って来たんじゃろうが!お陰で女子が近づいてきて仕方ないわ!」
お互い、異世界から戻って来て此処で一気に疲労感が出たのだろう。喧嘩を止め、これだけ言って別れる事にしたようだ。
「まぁ、色々あったが。お前と過ごした日々は悪くなかったよ。どうか、皆の事を頼む。何か困っている事があれば力になってあげてくれ。それが余に出来る最後の願いだ」
「立派な君主じゃな、お前さんは。あい、分かった。それが殿の勤めであるならば気に受けよう。この命が尽きるまではな」




