第伍拾弐話 化けの皮
残るは此方側の帝国だが、偽物が戻る前の昼間の段階から。
児玉が昼間の運び屋に対して指示を出していた。
「とりあえず、今偽物がいないうちに昼間の運び屋達は避難をしてもらいたい。俺達はどうしても、非戦闘員と言わざるを得ないからな。出来るなら此処から北に行きたいと思ってる。此処から赤間や筑紫も向こうの行動範囲だしな」
そんな中で手をあげ、意見を出したのが山岸だった。
「だったら、不来方の桜の木の下にしようか?あんなに分かりやすい目標も早々ないだろうし。とりあえず、戦闘は夜勤メンバーに任せて置くべきだ」
その話を聞いた浅間は、今回の作戦に同行してくれた白山に対しある物を渡した。
「ここにはいらっしゃらないんだけど。本物のお殿様から貴女にって人伝で薬をもらってるの。私達は現実世界に身体があるから、外の誰かに気づいてもらえるけど。生身で此処に来た貴女は違うから。使い方も書いてあるから確認して」
「ありがとう、浅間。でも、これは本当に最後の手段。まずは浅間と後輩達が無事に現在世界に戻る事を見届けてからじゃないと」
話し合う昼間のメンバーを大広間の隅で富士宮は見ていた。
「...いよいよか。私は...私は本当に戻れるのか?...いや、違うな。こころの底から戻りたいと願っているのだろうか?」
モヤモヤした気持ちの中、夜を迎える。
準備は整った、8月30日の夜に此方もまた現実世界に戻る為の戦いが始まろうとしていた。
世闇に隠れて、青い羽織を持つ運び屋は勿論。
星のように煌めく、銀色のドレスがふんわりと広がり場内の偵察に入る。
五曜の能力は、敵探知に秀でており城内は勿論帝都周辺も範囲に入っているが突然、場内の中奥と呼ばれる居住区域に偽物が現れ、彼女は身震いした。
「居たわ!敵探知に成功!でもなに!?突然現れるなんて、あり得ないでしょ!?」
「五曜、落ち着け。おっちゃん、作戦通り頼む。目隠しを」
「了解。にしても、ヤバイ奴にオラ達好かれちゃったね」
城内に雲が立ち込める中、当の偽物は余裕の表情を浮かべ辺りを闊歩していた。
その態度に追跡していた剣城は勿論、瑞穂や咲羅も怪訝な表情を浮かべた。
『富士宮!おらんのか!今日の海流の流れを私に教えてくれ。これではいつまで経っても仕事に行けんよ』
自分の名前を呼ばれた富士宮本人は恐怖の表情に包まれていた。相手とて、そこまで無知ではないはず。
この霧に包まれた城内を見て、平然としてる事に狂気を覚えていた。
そんな彼女を見て、隼は冷静に淡々とした口調で口を開いた。
「咲耶さん。良く考えてください。俺達は彼に勝とうとしてるのではありません。生存の為、現実世界に帰る為に戦うんです。ピンチになれば尚更、殿はちゃんと俺達の所に来てくれます。大事な臣下を見捨てるような人に思えますか?」
「...いいや。子孫である君が言うと尚更説得力があるな。ただ、薬の数が足りず。調合に苦労されていると聞く」
「だとしてもです。ここまで色々とありましたし、俺も正直。彼の全てを受け入れている訳ではありません。ただ、あの人は俺達子孫は勿論。咲耶さんを必ず守る。自分の悲願の為に」
その言葉を聞き、これまでの行動から彼女は一つの真実に辿り着ついた。
「...嘘だろう?彼は自分と富士宮の娘との婚姻を、子孫に託したとでも言いたのか?そんなのあまりにも狂気めいてるじゃないか?じゃあ、あの女癖も全て彼の計算の内?...うっ。そうだな。女性余りの比良坂や帝国ではそれが許される。というより、許されてしまうのか。済まない、気分が。偽物は勿論、殿ご本人も何かに魅入られ、狂気の底に落ちてしまったのだろうか?」
「分かりませんが、行動原理として間違ってないと思います。始まった。咲耶さん、俺達は中庭の方に行きましょう」
富士宮は重い身体を引きずりながら、隼の後を追った。
此処からはもう、息吐く暇もない程に運び屋達による奇襲が始まる。
剣城は氷の能力を所持し、偽物を囲うように氷の牢獄と周囲を囲むように針山を用意する。
体術に優れた、瑞穂は青い羽織を空中に投げると自信の懐から巨大な足が出て来ており、敵に向かって真っ逆さまに落ちてくる。
しかし、偽物は余裕の笑みを浮かべた。
命中したかと思いきや、不自然に起動が逸れ牢獄を粉砕し畳も貫通してしまう。これには2人も背筋が凍った。
これでは不味いと思った武曲はこの場ではあり得ない人工的な雪崩を瞬時に起こし、偽物の足止めをした。
「瑞穂と剣城は下がれ!此処は持ち堪える」
まず、第一優先は自分の生命を守る事だ。
有効打がないのであれば、一時撤退をし体制を立て直す。
これが共通して行われる作戦であった。
咲羅は自身の懐から刀を取り出す。
その刀身はまるで桜のように闇夜でも淡く煌めいていた。
剣城と瑞穂が撤退したのと同時に咲羅は刀を振りかぶる。
『やめなさい。その刀が泣いておるよ?花は桜、人は武士なる言葉もあるが。主に刃を向ける武士が何処にいる?』
「お前は俺の主ではない!その化けの皮を剥いでやる!お前の目的はなんだ?俺達を巻き込んだ理由は!?」
『殿を楽しませるのも臣下の仕事だろう?余興じゃよ、余興。しかし、長い事。相手にしていたものだから飽きてしまった。ガラクタは手放さなければならん』
その刹那、周囲に突風いや嵐が立ち込め周囲の屏風や襖に何かの爪痕のような亀裂が入る。
「隼、やめなさい!」
全ての襖が貫通し、倒れ伏してしまったのだろう。
10メートル先に怒りを顕にする隼と、その突風源を止めようとする富士宮の姿があった。
感情が昂ると、それに羽織が反応し暴走状態に陥ってしまう。
怒りに身を任せた隼は、その力をコントロール出来ないでいた。
『青二才が。それで良くもまぁ、女を側に置けるな。あの男と一緒か。未熟な男程、女に縋ろうとするものよ』
悪魔のような悪い笑みを浮かべられ、隼は更に血が登っているようだ。
しかし、それも束の間。自分と同じ、風の力によって隼は中庭の方へと吹き飛ばされる。
その様子を城へと向かう橋の上で、朝風と阿闍梨は花紋鏡越しそれを見ていた。
「殿、ご覧下さい!花紋鏡に異変が!私達運び屋と偽物が交戦しています」
「...ようやく化けの皮を剥がしよったか。あい、分かった。ワシも出陣する。臣下達を守らねばな。和尚さん、今までありがとう。これは駄賃じゃ」
そう言って彼はカプセル型の薬品を渡した。
「あまり個数は準備出来なかったがなんとかなるだろう。これでもう、終わりにしよう」
「分かりました。殿、どうかご達者で。ご武運を」
阿闍梨がそれを飲み干すと、直ぐに効果が現れたのかクラっと立ちくらみを覚え、そのまま倒れ眠りにつく。
そのあと、空間が歪み彼の真下に大きな扉が現れ彼を奈落へと誘う。
「...よし。これで良い。これで良い」
次に目を覚ますと彼は比良坂町、自宅近くの門の前で倒れていた。
「お兄ちゃん!」 「阿闍梨君大丈夫!?」
実梨とタスクの声に気づき、彼は目を開け上体を起こす。
「あっ、あはは。まるで長い夢を見ているようでした。ご心配をおかけしてしまいましたね。依頼通り、隼さんに羽織を渡す事が出来ました。任務完了と言ってよろしいでしょうか?」
「お兄ちゃん!良く頑張ったね、偉いよ!もう夕暮れ時だし、家に帰ろう」
「夕暮れ?はて?私は2、3週間近く帝国に滞在していたんですけどね。時間の流れがおかしくなっているんでしょうか?」
「なんだか、不思議な体験をしたみたいね。羨ましいわ、ちょっとだけどね。...隼。咲耶。どうか無事に帰ってきて」
そう言いながらタスクは祈るような動作をした。




