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第肆拾仇話 奥の手

日付が変わった8月30日の早朝、望海が常務から団地に帰宅した時にエントランス付近で慌てふためいた様子の光莉と斑鳩の姿があった。

その異常事態に望海は首を傾げるが、そのまま光莉に肩を捕まれ前後に揺さぶられた。


「望海!旭の姿を見てない!?夜に街を出歩いてなかった?」


「いいえ、てっきり帰ってるのかと思ったんですけど。...もしかして帰って来てないんですか?」


望海は慌てて、野師屋の下に行き。助言をもらう事にした。

室内から3人の様子を見ていたのだろう。

車椅子に腰掛けながら、窓を除く彼の姿があった。


「やられたな。本格的に潰しに来たか。恐らく、敵の狙いはこの余だ。お前達も早急に現実世界に戻されるだろう」


「そういえば、偽物も私に早く現実世界に帰るように促してました。でも、帰還方法って一体なんなんですか?というより、このまま私達が戻る事は出来ません。貴方を置いて行く事は絶対に阻止しないと行けない。じゃないと、永遠に閉じ込められる事になる」


「そうだね、今までの偽物の行動の中に怪しい点はなかった?と、言われてもな。昼間は私も仕事に言ってたし。近寄るのも怖くて、殆ど話してないよ。急にこんな事になるなら、もっと探りを入れておくべきだった」


光莉が考え事をしながら、これまでの出来事を思い出しているが自分の中に手がかりになりそうな物は無いと項垂れていた。

そんな中で斑鳩は事務所の冷房についての話をした。


「そう言えば、望海ちゃんが偽物に会った時。冷房が起動してあったんだっけ?それで我々を気絶させようという魂胆かな?その隙に本物に危害を加えようとか?」


「あり得ない話じゃないと思います。ただ、それはあくまでも気絶させる手段であって現実世界に戻す方法ではない。...ちょっと待ってください。もしかして、スープ?月下美人のスープでは?」


半信半疑ながらも、これまでの手がかりから一番違和感があり。尚且つ、有力そうな物をあげた。

そう、月下美人のスープだ。


「えっ何?望海、食べた事があるの?確か屋台で売ってた気もするけど」


「いいえ、私ではなく偽物が食べたと言っていたんです。...そうか、なるほど。順番に言うと、室内を冷房で冷やすとするじゃないですか?それによって、私達は本能的に危機的状況に陥ります。すると何を欲するようになりますか?」


「ならば、手が出る程欲しいだろうな。温かい物が」


その言葉に望海は頷く。


「私達は絶対にそれを阻止しなければなりません。それに、それを口にするのは私ではなく野師屋様です。では、今後の流れを決めましょうか?」


そのあと、4人はこれからの行動について話し合いをした後、緊張した面持ちで望海達3人は彼にいる事務所へと向かった。


予想通り、冷房が起動しており。着込んでいるにも関わらず肌寒いと思う程に室内は冷えているようだ。

そんな中で優雅に所長椅子に座っていた彼を望海は問いただす。


「何故、旭さんが帰って来ないんですか!?目撃者は!?」


『旭の担当している場所は海の近くだからね。あそこには人魚がうじゃうじゃいる。しかも本島ならまだしも、此処近辺は海流が荒いんだ。劣悪な環境にいる人魚程、凶暴な性格になる。君達も知ってるだろう?運び屋がどれだけ過酷な仕事か?』


その答えの先を想像した時、2人は背筋を凍らせた。

斑鳩は2人を説得するようにこう発言する。


「今から調査に向かったとして、2人に何かあればそれこそ旭君の二の舞になる。それ以上に印を持っていない。今は冷静に行動するべきだ。夢を見ている時こそね」


「そうだ。ここはあくまで、夢の世界。現実世界の旭がいなくなった訳じゃない。だとしても心配だよ。現場世界に戻って心もそうだし身体の無事も確認して安心したい」


「確かに、光莉の言う通りです。私には大切な仲間がいます。野師屋様、貴方と少しですが共に過ごせて嬉しかった。どうか、お許しください」


『許すも何も、最初からこうだったんだ。では、これから君達が元の世界に戻れるよう。スープを作らなくては』


そう言うと3人をテーブルへと案内し。数分後、月下美人を使用したスープを目の前に差し出された。


『レシピは秘匿だけどね。現実世界の君達なら、大丈夫だろう。私からの最後の願いだ。どうか、“名のない運び屋”を見つけて欲しい。その子達がこのレシピをもっているよ』


その意味不明な言葉に望海は疑問府を浮かべていた。


「“名のない”と言う事は現実世界には存在しないのでは?野師屋様、矛盾しておりますよ?」


『良いや、その言葉の通りだよ。だって、私だってそうじゃないか。“名前はあるのに存在していない”なら“名前はないけど存在してる”子達がいてもおかしくないだろう?』


「なんか、哲学的な話をされちゃったな。でも、これで現実世界に戻れるって事だよね。野師屋様、ありがとう。貴方の事は忘れない」


そう言われ、野師屋は安心したのかスープを飲むように催促する。

ここで、3人は次の行動にでた。飲む振りをし、その場で気絶したように倒れこむ事にしたのだ。


「...」


3人の姿を偽物は凝視している。此処が正念場と言ってもいいだろう。


『まぁ、本格的な物ではないし。効果が出るまで時間がかかるか。あまり、面白くなかったな。もっと歯応えのある奴らを呼ぶんだった。向こうもどうなる事やら。全滅は辞めてくれよ。気が滅入る』


「「「...」」」


そのまま3人は動かず機会を伺っている。

しかし、光莉の呼吸が荒いことに気づいた望海は流石にもう限界だと、隣にいる斑鳩の懐から拳銃を借り。

一瞬にして、実弾を発射。冷房を破壊させる。

次にその銃口は偽物へと向いていた。


「動かないで!!貴方の目的は何!?私達運び屋に何をしたいの!?」


目の前の相手は人間なのかも、銃が聞くのかも不明だ。

しかし、望海は手を震わせながら懸命に拳銃を構えていた。

しかし、それも束の間。奇声を聞いた彼女は拳銃を落としてしまう。


『ハハッ...アハハハハハハハ!!小娘、手が震えてるぞ!いいな、その絶望した表情!この前は直ぐに終わってしまったからな。それに比べたら、上々だ。あの小僧も、誰も。何も気づかず私が与えた物に興味を示さなかった。良く、此処まで辿りついたな。褒美をやろう』


望海は本能から偽物に遠ざかろうとするが、狭い事務所ではそれも意味を成さない。

その中で意識を取り戻した光莉は怒鳴り声を上げた。


「私の妹に触るな!!」


しかし、望海に急接近した偽物は耳打ちでこんな話を始めた。


『望海、1人では寂しいだろう?家族に会いたいか?』


「...貴方。圭太とお母さんに何かしたの?やめて!!あの2人は関係ないでしょう!?」


『善意だよ。純粋な善意だ。人間とは群れや社会を作り生活をする生き物だ。その中でも家族との関わりは大切だと良く聞く。まぁ、考えておきなさい。私もそろそろ、向こうに行かなくては。...おや?』


そのあとの事だ。廊下から足音が聞こえてくる。

フラフラとしながらも壁伝いに歩を進める野師屋の姿があった。


「...っ。貴様!快楽主義なのもいい加減にしろ!お前の暇つぶしに付き合う身にもなれ!」


その途端、偽物の声帯が急激に変化する。

50代程の、爽やかな風のような声。

朝風の声に変わったのだ。

野師屋の若々しい容姿に老いた朝風の声というアンバランスな光景に周囲は混乱を極めていた。


『そう申すな、友よ。洛陽の城で共に過ごした仲ではないか?な?制限時間は9月3日の23時59分。それまでに現実世界に帰らなければ同じ月日を繰り返す事になるからな。そのスープを飲み干せば、いつでも帰れる。野師屋、お前もな』


そのあと、周囲には霧が立ち込め。偽物はその場から姿を消してしまった。

平穏が包まれたのも束の間、光莉が悔しげな表情で怒号を発した。


「くそっ!!なんなんだよ!!全部アイツの思い通りだ!それより、望海。大丈夫?何もされてない?」


「...えぇ。触られた訳ではありませんし。身体も特に異変はありません。すみません。こんな時にこう言う事を言うのは場違いだと思いますが。私は現実に戻りたいです。色々と心配事が増えてしまいましたし。一難去ったのだから、まずは生還する事を第一に考えましょう」


「そうだね。このまま、不安定な場所にいるのは危険だ。では4人で改めて、このスープを飲んでみようか?」


「...なんだが、勝負に勝って、試合に負けたみたいな煮え切らない気持ち。でも、皆んなの事も心配だし。此処でやる事は全て終えた。次は現実世界で先のことを考えればいいよね?」


その言葉に4人は同意し、改めて4人均等になるように中身を移し替える。

それを同時に飲み干すと、直ぐに体調が変化しぐらりと視界が歪む。

同じように倒れ伏すと、床下にも関わらず。

大きな両扉が現れ、それが開くと皆同時に落下した。


これで望海は確信を得る事が出来た。

これが現実世界に戻る方法なのだと。

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