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第肆拾漆話 婚姻

そのあと、隼が城に戻ると彼女に与えられた部屋で何かの計算をしているのか?算盤を弾く富士宮の影があった。

彼は少し障子を空け、彼女に声をかけた。


「お仕事中にすみません。ちょっと、聞きたい事がありまして。今、大丈夫ですか?」


「あぁ、もうすぐ終わるよ。話ならやりながらも聞くよ。どうした?何かあったか?」


富士宮はそのまま計算を続けるようで、数字をメモしながら隼の話を聞くようだった。


「えぇ、昔の話だと思うんですけど。殿が富士宮家の人と結婚したみたいな話って聞いた事ありますか?」


そう言われると富士宮は手を止め、顔を上げた。

少し考えた後、彼に向き直る。

どうやら真剣に話を聞く姿勢に入ったようだ。


「...殿が?富士宮の者と?いや、聞いた事ないなそんな話。それは婿入りか?それとも、輿入れか?それによっても変わってくるが」


「あの僧侶からは婿入りだと教えてもらいました。結構詳細な話らしくて。殿が富士宮家の門下生だったって言うのは本当ですか?」


「あぁ、うちは開祖の家だし。昔から弟子を取って世話をしていたんだ。敷地にも弟子達専用の住居もあってな、今は人材不足だし使われていない。確かに殿も名簿の中に名前があったな。私にとっては兄弟子と言った方がいいのかもしれないが。本当に誇らしいよ。ただ、済まないが婚姻となると厳しいだろうな。昔の富士宮家はかなり血統重視で結婚相手に家系図や家族の経歴までも求めるような家だったからな。正直、雰囲気も良くなかったよ」


最後の方、富士宮は俯き暗い表情をしているのを見るに本当に富士宮家が特殊かつ陰鬱な雰囲気に包まれていた事を隼も自覚したようだ。


「...そうですか。でも、咲耶さん。俺の事、婿にしようとしましたよね?あれって、冗談ですか?」


「えっ!?そ、そんなんじゃ!ど、どう回答したらいいものか。勘違いしないでくれよ。もう、本家には私しかいないんだ。父も数年前に急死してしまったし。母も私を産んでこの世を去ってしまった。だから、言ってしまえば自分の好きにしていいんだよ。まぁ、癖は抜けないけどな。富士宮家の女当主は本当に男を選ぶ事が出来るんだ。それで他の令嬢を泣かせたなんて話も聞く。相手を問わず、婿入りさせる事が出来ると言う事だな。その制度が私は嫌なんだ。というより、いけ好かない」


そのあと隼は彼女の前で体育座りをしながら、身体を揺らし考えているようだった。

その様子に富士宮は子供のようで純粋だなと思いながらも、これから話す事を考えると顔を項垂れる他なかった。


「やっぱり凄いな。朱鷺田さんからも著名人の名前に富士宮の名前が入ってるって聞いたんです。一般層からしても有名な家って事ですよね?」


「まぁ、かなり構造が独特だとは言われるがな。私の立場なら、良い血統の男性を招き入れないといけない。...子も成さないといけない。それが富士宮の伝統だからな」


「でも、その伝統はもう必要ないんでしょう?だったら咲耶さんの好きなように生きたらいいんじゃ?あぁ、でも。貴女の言い方だと、そう言う訳にもいかないのか。癖が抜けないってそう言う事ですもんね」


「まぁ、私も良い年だし。30年近くこの家にいると嫌でもそうなるよ。誰かに決めてもらう方が楽なんだろうな。そうだ、隼。本当に私の婿にくるか?結婚したら尻に敷いてやるぞ」


そう悲しそうな表情を取り繕うように不適な笑みを浮かべながら言われた隼は、涼しい顔をしながらこう言った。


「受けて立ちますよ。大事な咲耶さんを地べたに座らせる訳には行きませんからね」


そう言われると、彼女は羽織の裾で口元を隠しながらクスクスと笑っていた。

その言葉に彼女は自然と安心感と嬉しさを覚えたようだ。


「隼、君は良い男だな!父君に似たのかな?速飛も振り回してそうだしな。肝が据わってる。気に入った」


「咲耶さんってやっぱり望海に似てますよね。そう言う上から目線な所。俺を試してくる所。でも、憎めない所。貴女って彼女とどう言う関係なんですか?」


今までの口ぶりからして、彼女と望海が親戚関係というのは直感的に想像出来たようだ。

しかし、詳細な関係までは隼も導く事は不可能だろう。


「ん?知りたいか?...いや、今の君に伝えるのは不適切だな。身内になったら教えてあげるよ。それか、望海がいる時だな。...っ」


そのあとの事だった、彼女は胸を苦しそうにしながら体制を崩してしまう。それを慌てて、隼は受け止めた。


「咲耶さん、もしかして体調悪いんですか?無理しないで休んでください」


「...あ。あぁ。偶にあるんだ。気にしないでくれ。貧血のような物だ。本当に女の身体と言うのは勝手が効かないな。皆から女性としての役割を与えられると正直、うんざりする。何が最高峰の女性だ。何が美しいだ!華やかだ!私が欲しい物はそんなんじゃない」


突然出た自分の本音に彼女自身も戸惑っているようだったが、隼に手を取られると安心したようだ。


「だから、そう言う服装をしているんですね。咲耶さんは嫌なんですか?女性でいるのが?」


彼の問いかけに富士宮は重い口を動かす。

今まで、こんな本音や弱音を口にした事がなかったのだろう。彼女自身も驚いているようだった。


「正直言って、良いと思った事はない。済まない。分かってるんだ。富士宮家の女性がどれだけ激情家なのか。プライドが高くて、ヒステリックで。とてもじゃないが、お淑やかな女性とは言えない。今も尚、心の底に溜まった感情を私は必死に押さえつけている。君が羨ましいよ。隼は私に無い物を沢山持ってる。速飛もそうだ。とても自由で伸び伸びとしてて、いつも楽しそうに仕事をしている」


「それが咲耶さんの1番欲しい物ですか?随分と我儘ですね。人の人生が欲しいなんて」


隼にそう言われると、富士宮は悪女のように、狂ったように笑い出した。

瞳の炎は激しく燃え上がり、彼を見つめている。


「そうだ!私は富士宮の女!欲しい物は力強くでも手に入れる。それがどんな手段であっても。私は君達親子を絶対に手に入れる。側に置く。ありがたいと思いなさい。私に見染められた事は最高の栄誉に値するのだから」


「分かりました。母さんは知りませんけど。俺は貴女の側にいる事を約束します。俺、嫌いじゃないですよ。そう言う女性、逆に裏表がなくて安心します。俺、人の言う事をそのまま受け取ってしまうので今の咲耶さんの言葉を聞いて更に気持ちが固まりました」


そう言われると富士宮は雰囲気を変え、純粋な乙女のように戸惑っている。


「いやっ、あの!これは私の気持ちではなく。富士宮家の家訓と言うか、なんと言うか。そう言ったら隼から引かれるかな?嫌われるかな?と思って本来の私を見せただけで」


そんな彼女に対して隼は少し考えた後、意地悪をする子供のようにこう言った。


「そうですか。俺、貴女に惹かれてるとか好きだと思われてるんですね。咲耶さんって自信家なんですね。自分が魅力的な女性だって分かってる。自己理解が出来てるんですね」


「な!な、な、な!この性悪男!天然ジゴロ!なんなんだよ、お前は!私の懐に直ぐ入り込んで来て!馴れ馴れしく下の名前で呼ぶな!」


まるで子供の我儘のように、富士宮は彼の肩を掴み前後に強請っている。


「咲耶さん、子供みたいですよ。俺も子供なので、結婚出来ないですね。一緒に大人になってくれませんか?そしたら、結婚出来ますよね?」


彼の言葉を聞き、富士宮は目を点にし呆然とするものの首を左右に振り。意識を取り戻した。


「...なんだ今のロマンの欠片も無いプロポーズは。それとな隼。結婚と言うのは逆なんだよ。子供を大人にさせるのが結婚であり、大人を子供にさせるのも結婚だ。私と君で例えるなら、私は子供のように無邪気に笑える。素直になれる。反対に君なら大人として、経験や糧を得られる。どうだろう?ふふっ、珍しく良い事が言えたんじゃないか?」


ドヤ顔をする彼女を見て、隼は確かに子供のようだと思ったようだ。


「咲耶さん、ありがとうございます。プロポーズはそうやってすれば良いんですね。俺、覚えておきます。貴女が子供のように素直に無邪気に笑えるように。でもその為には子供である俺が今笑ってないといけないですね。そうじゃないと貴女の笑顔を見逃してしまう」


「だから!なんでそんな話に!...はぁ、済まない。本格的に頭がフラフラする。隼、済まないが隣の部屋で布団を敷くのを手伝ってくれないか?」


「咲耶さんは此処で楽な姿勢でいてください。俺は隣に部屋に布団を出して起きますから、2枚敷いておきますね。ゆっくり休んでください」


「あぁ、助か...えっ?隼、それは因みにそれは重ねるのか?それとも横に?」


「ダメなんですかね?颯先輩の実家に泊まる時は2枚広げて寝るんですよ。なんか、俺。寝相が悪いみたいで、朝起きると廊下に転がってる時があって。その音で下にいる颯先輩の祖父母を起こしちゃうんですよ。迷惑をかけないようにと思って」


「な、なるほど。でも、可笑しくないか?颯が側にいたら3枚になるだろう?それにそんな事があったら、彼が一番に気づくだろうに」


「いや、颯先輩。1人暮らしなんで、俺がいると自分の家に帰っちゃうんです。でも、寝相が悪いから一緒に寝るのは無理そうだな」


悲しげな表情を浮かべる隼に対して、富士宮は沢山の疑問符を浮かべていた。

まず、一つ目に運び屋と言うのは本来睡眠を必要としない。

これは名門出身である彼女の中では常識だ。

布団を敷くのは横になり楽な姿勢になりたいからであって、寝るという行動をしたいのではない。

それが彼女の日常と言っても良いかもしれない。


それに続いて、寝相が悪いというのも矛盾する。

寝る必要がそもそもないのでは、寝相の良し悪しなど関係ないだろう。

それ以上に颯が不在にも関わらず、押しかけるように泊まっている事も疑問に思うが大きな事してはこの2つだろうか?


「隼、済まない。何個か確認させて欲しい。大事な話だ。と言うより、私が先入観を抱いていた可能性がある。君、もしかして夜間の運び屋じゃないのか?私はてっきり、武曲や五曜のように速飛と担当場所は違えど夜間の運び屋をしてると思ってた。今も違和感なく、仕事に勤めてくれている。本当に感謝しているよ」


そう言われると隼は戸惑いながらも、彼女にこう伝えた。


「いいえ、俺は日中に壱区を担当しています。母さんの事は本当に反面教師にしてて。俺、何か変な事やってますか?変わってるって言うのは昔から自覚というか、周りから言われてましたけど」


「良いや、寧ろ誇って良い事だぞ。流石は私が見染めた男だな。少し、私の家の話をさせてくれ。私のご先祖さまは元々、日中にご活躍され様々な要人達を運んだ選ばれた運び屋だった。此方には殿がいらっしゃるが、私のご先祖様は“名士”と呼ばれていたんだ。今の望海のように皆に愛される存在だった。彼女を一眼見た時思ったよ。そうやって、時代は繰り返し始まり。終焉に向かうのだと」


「望海が富士宮家の開祖の生まれ変わりとでも言いたいんですか?」


「そこまでは言わないが、実は富士宮家の中にも格という者があるんだ。炎の色は知っているかな?1番高温なのは青い炎だ。開祖はその瞳を有していたと言われている。次に白、黄色と続くな。私なんて赤いだけで完全なる下火だ。その証拠に血が混じり合ってしまった結果。私は夜間の運び屋となった。土地の適性は受け継いでいるが、昼間は一般人化してしまう。開祖から1番遠い存在だな」


「そんな事はないと思いますけど。貴女は立派な名門富士宮家の当主だ。それに、これからが始まりだと俺は思いますけど。次に高温なのは黄色の炎でしょう?貴女が欲している物こそ。これからの富士宮家に必要なんじゃないんですか?」


そう言われて、富士宮はハッとした表情で隼の瞳を見た。

しかし、単なる偶然だと顔を背けてしまう。


「少し、寄り道をしようか?君の仲間に咲羅という男がいるだろう?実は彼は私の親戚なんだ。正確には開祖の奥方の旧姓が咲羅となっている。ただ、咲羅家本家の血筋は途絶えてしまったと聞いていたからな。末裔は存在しないと言われていたが、まさかこんな所でお目に掛かれるとは思っていなかった。私の咲耶という名も咲羅家からもらったんだ」


「だから咲耶さんは桜みたいな女性なんですね。そう言えば、貴女の親戚って他にもいるんですか?」


「まぁ、本人は自覚がないだろうが私の中では数人検討がついている。対面出来ていない者の方が多いな。その内の1人が、旭だ。彼は元々、没落したとはいえ旧家の出身だからな。数代前に1人、私の家の者がいる。と言うより、乙黒兄弟の方がお詳しいようで私が何も言わずとも末裔を探してくれて気にかけてくれたようだ。私はその後追いだな」


その言葉に隼は珍しく動転し、旭も踏まえて今いないメンバーを指でおりながら数を数えている。

その中で激情家という単語の合わせ3、4人程出て来た。


「すみません、俺の側に小町という女の子がいるんですけど。彼女が貴女にそっくりというか、小さくしたような感じで。彼女はどうなるんですか?」


確かに富士宮は以前、協会で小町の姿を見た事があった。

黒髪に赤い瞳は確かに、自分と類似する物のように思える。

しかし、それは偶然の産物であり。

彼女の家系図の中に彼女は含まれてはいない。


「成る程、済まないが彼女は私の親戚ではないんだ。ただ、私達が保有しているのは開祖から枝分かれした家系図だからな。もし、その開祖にご兄弟がいてそこから枝分かれしたと考えたら彼女もまた同じ富士宮の子孫だな。正直、大なり小なり比良坂町の運び屋には富士宮の血が流れてると私は思ってる」


「まぁ、関わりがないって方が可笑しな話ですよね。...あぁ、どうりで頼もしいと思ったら。貴女の親戚だったんですね。俺も知ってる人達だ。それを考えると望海は昼と夜の適性がごちゃ混ぜになってる可能性があるがあるのか。...もしかして、俺も?」


新たな可能性を見つけた隼は彼女に確認の為に話しかけると頷いているようだった。


「運び屋としてはイレギュラーな新しい存在と言っても差し支えないだろうが、君だけじゃない。他にもそう言った能力がある者もいるはずだ。それを活かすか?活かさないか?は個人の判断に委ねるがな」


「...そうですね。すみません、体調が悪いのに長話をして。咲耶さんに聞きたい事、話したい事沢山ありますけど。今は休んでください」


「あぁ、ありがとう。そうだ、隼?私と一緒に寝るか?あははっ、冗談だよ。良いか?隼。運び屋に眠りは必要ない。睡眠は念力の根本的な回復方法にはならない。私の場合はそう言う時、温泉に入ったりして血行をよくするんだ。もし、気絶をした事があるならそれは念力が切れたからではない。体内の血流が途切れたからだ。血は運び屋そのもの。それが途切れるとどうなるか?今の君なら分かるな?」


「運び屋の能力が使えなくなる。...そうだ。大友に行こうとした時。夜だし、肌寒かった。俺は元々、肆区の人間だしその寒さに耐えられなかった。だから、血行が悪くなって倒れた。そうだったのか、今まで印に念力を込めすぎたからだと思ってた」


「土地の相性はそもそも、春夏秋冬の激しい比良坂町に由来する。ほら、暑いのが得意な者もいれば寒いのが得意な者もいるだろう?昼間、夜間で気温が変わる事もある。個人の適性温度は人によってまちまちだ。隼の場合、どんな季節でも昼夜問わず活動出来る体質なんだろうな。君、案外。平熱が高いんじゃないか?後は、自分の気にいる温泉やサウナを見つける事だな」


「なるほど、教えて頂いてありがとうございます。確かに比良坂町には温泉や銭湯もチラホラあったな。勿論、此処にもあるし。もしかして、運び屋が無数にいるのもそれのおかげだったりするのか?」


それを聞き、富士宮はとある助言をしてくれた。


「ほら、比良坂町でガイド職をしている者達がいるだろう?彼らは本当に依頼人は勿論、君達のような実戦的な運び屋達を癒してくれる存在なんだ。温泉地や旅館に案内してくれる者もいる。或いは心の平穏を保つ為のリフレッシュ方法を心得ている者もいる。是非、有効活躍して欲しいな」


そのあと、咲耶は長話の後。隣室で夜間の集会まで休息を摂る事にしたようだ。

《解説》

富士宮が自分の先祖の事を名士と呼んでいましたが、初代「富士」が登場したのは階級社会のある明治や大正時代で今で言うグランクラス、グリーン車、普通席のように一等車、二等車、三等車という風に分けられていたんですね。

それは料金を払えば利用出来るような物ではなく、貴族や商家と言った身分によってそれぞれの車両に割り当てられるという風になってました。

初代富士は一等車、二等車のみの編成でありVIPですね、名士たちを乗せていた事から名士列車と言われました。

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