第肆拾陸話 迎え
「旭、済まない。ちょっと向こうでの事を教え...あぁ、お楽しみ中だったか。また、出直してくる」
3人のいる間に児玉がそっと障子を開けると、旭の側に朱鷺田が幸せそうに寝そべる姿が見えたので閉じようとしたが谷川に止められた。
「大丈夫だよ、谷川さん警察をいるし。おぉ、隼君も一緒じゃん。お煎餅食べる?一緒にお茶しようよ」
児玉の側には隼の姿もあり、彼女の顔を見ると軽くお辞儀をした。
「すみません。体調が戻ってからの方がいいと思ったんですけど。自分達が思っている以上に緊急事態みたいで。協力してもらえませんか?旭さんの力が必要なんです。出来るだけ、少人数で来たので負担はかけないようにしますから」
そう言われると、旭は朱鷺田に支えられながら上半身を起こした。
児玉と隼は中に入り、正座をした後。
話の続きを聞くようだ。
「分かった。児玉のおじさんも望海や光莉の事が心配だもんな。結論から言うと2人とも無事だ。斑鳩様も側にいるし、2人の事を守ってくれると思う」
「そうか、あの人も向こうに。実は昔から乙黒家とは縁があるというか、俺の親父が兄弟と仲が良くてな。学生時代からの付き合いだったんだ。今も親交があって、仲良くさせてもらってる。合蔵さんの射撃の腕前はピカイチだからな。本当に凄いんだぞ。鳩が豆鉄砲を食うなんて諺があるけど。あの人はその逆なんだ。鳩からガトリングガンが飛んでくるのが比良坂町だ」
そう言うと側にいた隼も谷川も嬉しそうな、楽しそうな顔をしクスクスと笑っているようだった。
「やっぱり面白いね。比良坂町は。でもさ、おじさんって乙黒家とも関わりがあるって事は良いお家の生まれって事だよね?人脈とか凄そうじゃない?」
「大した事ないよ。まぁ、でも。ちょっと、富士宮家とは縁があってな。元々、富士宮と同期なんだ。それに乙黒兄弟も母親が富士宮家の人でな。年も近いし、色々と気にかけて欲しいって言われてたんだ。だから、ちょっと彼女とも話をした事があるぐらいだな」
家同士の繋がりを知れた所で旭は隼に対して、真剣な表情で次の話題を振った。
「2人から聞いた。殿に鎌をかけたらしいな。何処まで話せる?いや、何処まで話した方がいい?」
「その言い方なら、最後まで言わないと筋が通らないでしょう?その為に俺は此処に来たんですから。全てを知った上でこれからの行動を考えたいんです」
隼の言葉に周囲は緊張感を漂わせた。
彼の目線は旭にあり、お互いに目を合わせている。
逸らさないのを理解出来た旭は隼の覚悟を受け取ったようだ。
「...分かった。まず、結論から言うと正体不明の奴が向こうでは野師屋様。此方では殿に扮している。彼方の帝国で望海が本物の彼を見つけたんだ。そして、隼も本物を見つけた。それはあってるか?」
「俺も人伝なんですけどね。ほら、貴方達と仲の良い運び屋いるでしょう?僧侶の。あの人が殿の周囲にいて、それから咲耶さん。俺は本物に面会した事があります。今、手がかりになりそうな花を見つけて。それを薬にしてもらえないか頼んでいる所です」
その言葉に周囲は目を見開いた。
しかし、それぞれ驚愕した所は違うようだ。
朱鷺田は動転した様子で隼に詰め寄っている。
「阿闍梨も此処に来てるのか!?えっ、家の中で倒れて此処に巻き込まれたのか!?」
「いや、そうじゃないみたいで。彼、自分から望んでというか。この羽織は元々母さんのなんですけど、それを俺に届ける為に来てくれたんです」
「これはたまげたな。で、本物の殿に拾われたというか偶然だろうな。出会って今、一緒にいるのか。トッキー、阿闍梨の所に行ってやってくれ。鞠理もついてるし、大丈夫だ」
「そうだな。後で、おにぎりと味噌汁を用意してやらないと。ぐずん、1人で心細かっただろうに。良く頑張ったな」
朱鷺田は母親のように泣きながら立ち上がり、別の場所に行くようだ。残った4人で話を続ける。
「本当に奇妙な事ばかりだな。本当に元の世界に戻れるのか不安になってきた。そう言えば、隼は本物からどうしてこうなった?とか、理由とか原因とか教えてもらってないのか?偽物が化けた理由とか」
児玉の問いかけに対し、隼は首を傾げながらも口を開いた。
「いいえ、しっかりとは。殿も隠し事が多い人なので。ただ、自分の生い立ちと比良坂町と帝国の関わりについては教えてもらいました。戦火に巻き込まれて、自分達は鳥に導かれて今ある比良坂町に亡命したと。それも、営みを効率良く行う為にそれぞれの業界から抽出していると聞きました」
隼の冷静な発言により、周囲はさらに混乱状態になる。
「って、事はさ。比良坂町は人工的に作られた帝国の最後の希望。楽園って事だよね?唯一平和な場所。まぁ、最近まで全然そうじゃなかったんだけどさ。当時の人は少なくともそう思ってた訳だ。他は?何か聞いてない?」
「いいえ。それ以外の事はなにも。でも、可笑しいな。多分なんですけど。比良坂町って、周りが平地の海だから地形的に島なはずなんだよな。旧秋津基地もあるんだから、町の周辺に何かあってもおかしくないのに。なんかまだ比良坂町というよりこの島に何かあるのか?隠れた何かが」
言い出した隼ですら、謎が多い比良坂町と自凝島。
どうやら全てを解決する為には長い期間を要しそうだ。
「なんか、新真実が明らかになって行くな。不安な事も多いだろうが、優先順位はつけなければならない。とりあえず、俺達が今しなければならない事は仲間と合流してここから脱出すると言う事に相違ないよな?」
児玉の言葉に他3人は頷く。
今はまだ、不安な事だらけだが一致団結してこの窮地を乗り越えなけえればならないのは確かだ。
「それでなんですけど、色々作戦というか皆で口裏合わせをしておきたくて。相手は正体不明ですし、正直言って戦うのは厳しいでしょう。手段があるとすればこの羽織なんですけど、俺も昼間になると一般人化してしまうみたいで。能力が使えないんです」
「へぇ、隼君って元々昼間の運び屋なのにね。...あれ?お母さんは夜間なんだっけ?なんかごちゃごちゃしてきたな。とりあえず、正反対の事をやってるって事だよね?苦しかったりしないの?違和感とか?」
「あぁ、そうか。運び屋は行動範囲も活動時間帯も遺伝するって聞くしな。零央も甲斐とか大和とか異なる点もあるが、基本は俺と一緒だし。そう言われると、隼はイレギュラーな存在だよな」
「そうなんですかね?確かに、大友まで範囲を広げようとして倒れてしまった事はありますけど。それでもなんとかなってるんで。俺、案外。印の場所少ないし。でも、そうか。母さんの遺伝がまるっきりない方が可笑しいのか。俺って一体なんなんだろう」
隼が考えこむ中、旭はこれからの行動について指示を出す事にしたようだ。
「自分探しの旅もいいが。これからの事も考えないとな。とりあえず、隼。トッキーを阿闍梨の所に連れて行ってくれないか?それと薬の進捗も聞いてきて欲しい。後はそうだな。出来るだけ偽物に探りを入れて起きたいというか。隙は見つけておきたいよな。脱出するって言ったって、監視の隙をつかないと」
「そうだね。なら、いっそ。正直言って相手にも相談して見たら?案外教えてくれるかもしれないよ?全部隠すのだって不可能な訳だし、真実と嘘を混ぜ合わせてさ。グルグルって」
「ははっ、鞠理は相変わらず面白い事を言うな。でも確かに色々と話は聞きたいな。ご挨拶がてら尋問でもしてみるか」
そのあと、朱鷺田がお盆におにぎりや味噌汁を乗せ戻ってきた。
「なんか、やる事でも決まったのか?じゃあ、隼。俺を阿闍梨の元に連れて行ってくれ。頼んだぞ」
「普通に徒歩でも行ける場所にあるんですけどね。わかりました。行きましょう」
隼は朱鷺田を連れ、小さな古民家へと案内した。
それに朱鷺田は驚愕の表情をしている。
「いやっ、どう見てもここ。人が暮らせる場所じゃないだろう。動物用の家とかじゃないのか?」
「なんか、咲耶さんも最初見た時そう思ったらしいですね。俺は結構好きですけどね。こう言う場所。トンネルみたいに暗くて、狭い場所が好きなので。案外、集中して作業が出来そうだ」
「そ、そうなのか?確かに、家が広いと心細くなる時もあるし。そう言う人もいるって事だよな。あれは防犯カメラか?」
家柄や性格から危機感の強い朱鷺田は直ぐにカメラの存在に気づいたようだ。
「良く分かりましたね。俺は何か街頭が光ったのかなと思ったんですけど。監視カメラか。随分と用心だな」
「まぁ、玄関先ならこのくらい普通だよ。でも、あれ。動画というより写真用のカメラだろう?同じ視点で撮りたいのか?」
そう2人で話していると、ガラガラと玄関の戸が開いた。
そこには以前、見かけた通り阿闍梨の姿があった。
「赤と白の炎の組み合わせは珍しいと思ったんですが朱鷺田さんでしたか」
「阿闍梨!良かった元気そうで!済まない、長い間1人にさせて。心細かっただろう?ちゃんとご飯食べるかなと思って差し入れを持ってきたんだ」
「ダンケシェーン」
「随分と元気そうだな。所でさっき言ってた炎ってなんだ?」
2人は彼に案内され、中に入ると内側に何故か青いポストがあり、そこから逆走するように写真が出てくるのが見えた。
それを見せられると、朱鷺田と隼の写真からそれぞれ赤と白、緑と青と言った炎が揺らめいているのが見えた。
「殿の発明品の一つだそうで、友人に協力してもらって念力が可視化出来る写真機を制作したそうです。特殊なレンズを用いて、運び屋の能力を解析出来るとか。便利ですね」
「絶対に非売品だろうな。本体もフィルムも。それで?殿本人は何処にいらっしゃるんだ?」
朱鷺田が周囲を見渡すものの、朝風の姿はなく阿闍梨も首を横に降っていた。
「何度か試薬を作っているのですが、完成には届かず。今、闇市で何かいい物がないか探されるそうです」
「闇市って、確か規制された商品を取り扱ってる店が並ぶ場所だよな。大丈夫なのか?それって?」
隼の疑問に対し、比良坂町を良く知る朱鷺田はある事を教えてくれた。
「隼は若いから、そう言った物を見た事ないよな。実は昔、比良坂町にもあったんだ。今は商店街とか繁華街に変わってるけどな。肉類とか、衣服とかは市民に届きにくくてな。そう言った場所で取引されてたんだ。身近な所だと忍岡にもあってな、その名残が今でも残ってるんだ」
「へぇ、朱鷺田さん物知りと言うか。地理とか、文化に詳しいんだな。あの、一つ疑問に思っている事があって。さっき皆んなとも話したんですけど、比良坂町の地理に不自然な所ってありますか?俺はもっとあの町が広いんじゃないかと思ってて。島ならどのくらいの規模なんだろうって」
「不自然?そう言われてもな。そう言うのって相対的な物だし...」
そう朱鷺田が言いかけた時、阿闍梨はある提案をした。
「でしたら、此処の地図を私が持っておりますので並べて見ませんか?隼さんにも残りの半分をお渡ししてますよね?」
「あぁ、懐に入ってる。半分だけ見たけど、凄かったな。海鴎が欲しいと何度も言ってたぐらいだし。かなり正確な地図なんじゃないか?」
そう言われると朱鷺田は楽しそうな笑みを浮かべ、早速地図を並べて見るようだ。
島が連なったこの帝国を見て、朱鷺田はどう思うのだろうか?
「...この国はこんなにも美しいんだな。誇らしい気持ちになるよ。此処に越後があるんだな。で、忍岡が此処か。随分と離れた所まできたな。...そうだな、強いて言えば区画かな。何んと言えばいいのか?この国って言ってしまえば自然なんだよ。多分、山とか川を目印に境界線を決めてると思うんだ。でも、比良坂町ってそれを無視して綺麗な正方形を4つ持ってるだろう?」
「確かに、言われて見ればそうですね。でも、そうするメリットがあるのでは?実際、管理しやすいと思いますが」
「なんだが、家畜みたいだな。以前あった壁の件もあるし。そう言えば、歴史の本で見た事がある気がする。領土を分割する際に口論にならないよう直線的な境界線を引くんだ。実際に取り合いになったのかは別として。この4分割って言うのが例えば、島から見て均等だったって事なのかもしれないな。朱鷺田さん、ありがとうございます。良い話が聞けました」
「俺は何も。学校とか親父から習った事をそのまま使ってるだけだし。でも、地図って本当に貴重だからな。実際、比良坂町の役場には町以外の事は載ってなかったし。島って言われてもイマイチぱっとしないよな。何があるのかも分からないし」
地図を協力して片付け、全ての物を阿闍梨の元に集めた。
「そう言えば、阿闍梨はこれからどうするんだ?もし良かったら。俺達と一緒に来ないか?」
「お気持ちは嬉しいのですが、少し気にかかる事がありまして。この事も皆さんに相談すれば良かったですね。虚言なのかはわかりませんか、海岸で人魚に遭遇しまして。その時に殿には結婚相手がいて、しかも咲耶さんと同じ富士宮家の方のようなんです。しかし、その女性は殿に毒殺されこの世を去ったと」
その言葉に両者は目を見開き驚いていた。
「毒殺?どうやって?手段は?」
「結婚式の盃なので恐らく三々九度だと思うのですが、そこに毒が盛られていたと。ただ、理由もかなり詳細で。それ以上に殿の様子がおかしかったので現実味があって怖かったのは覚えています」
「多分、順番的に2回目の盃だな。花嫁は2回目の盃を最初に飲むんだ。1と3回目は新郎が先に飲むからな。...自分の結婚式だし。良く覚えてる。そう言えば、ブーケトス。隼が受け取ってくれたんだよな。直ぐに小町に渡したけど」
「元々、小町が欲しいって言ってて背が低いから届かないし、手伝ってって言われたんですよ。肩車までされそうになったので、すぐさまキャッチして彼女に渡しました」
「何故か女性陣は小町さん以外やる気がなくて、独占状態でしたけどね。でも、本当に良い式でした。次は是非、私の寺でもお願いします」
「そうだった。うちの仕事仲間には僧侶と神父がいるんだった。今思うと比良坂町って面白いよな。で、話しを戻すと多分。毒で結婚相手が亡くなったのは事実そうではあるんだよな。富士宮家って、聞いた事あるな。確か、母方の名前でちらほら著名人というか名家の家系図に入ってた気がするんだよな」
「元々、運び屋として老舗というか名門なんですけど。普通に著名人の家系にも入ってるのか。やっぱり咲耶さんの実家は凄いな。で、あの人もその家と繋がりがあって結婚しようとしてたって事か。毒殺か...そんな事する人かな?」
隼は正座しながら腕を組み、険しい顔をしながら身体を揺らしている。
「そうですよね。私もそんな人には思えません。でも、これが事実だとしたらなんで公になってないんだという話です。とうの昔の事と言ってしまえば聞こえはいいかもしれませんが、少なくとも富士宮家にとっては大事なお嬢さんがなくなってる訳ですから。殿が婿入りするほどの家です。さぞ、豪勢な式をされたでしょうし」
「事件性が高いって事だしな。もしかしたら、その女性が亡くなった以上に後ろめたい事があって隠蔽している可能性もある。その裏で何かの不祥事を起こしたとかな。まぁ、老舗の家って言われたら伝統や華やかさっていうより隠蔽気質で保守的なイメージを持ってしまうのが俺だしな」
「ただ、そんな富士宮家も断絶寸前で咲耶さんの後が続かない。思っている以上に彼と富士宮家には因縁があると言う事か。咲耶さんはこの事を何か知ってるのかな。すみません、ちょっと聞いて来てもいいですか?何か分かったら報告します」
朱鷺田と帰路につく途中、隼はこんな事を言い始めた。
「今日、貴方と話してて勝手に親近感が湧いたというか。実は俺の母さん。朱鷺田さんや旭さんと誕生日が一緒で、11月になると誕生日アピールしてくるんですよ。当日、本人はそれを忘れてて。俺と父さんでケーキ食べてるんですけど」
「そうなのか、良い家庭だな。俺、誕生日があまり好きじゃなかったんだ。家柄的に俺を主役に催し物を開いてさ。でも、主役の俺はそっちのけで大人達は親父と話してる。幼い頃は旭や谷川と一緒にお袋の作ったカレーを食べてる時が一番幸せだったな。今もそうだけど」
「そうか、なんか朱鷺田さんが結婚出来た理由が分かる気がする。当たり前の事を幸せに思える人なんですね。貴方は」
そう言われると朱鷺田は頬を赤らめる。
いつも通り体温が上がったようだ。
「そんな事、初めて言われた。周りからは勿体ない、我儘だって言われてたしな。だから、何もない12月の初め。少し落ち着いた頃が好きだな」
「すみません。その時、俺達。颯先輩と那須野先輩の誕生日でパーティーやってると思います。騒がしくしてたらごめんなさい」
「ははっ、そうだよな。誰かにとってのつまらない、平穏な日常が誰かにとっての大切な日だったりする。ある意味、全ての日が特別とも言えるな。そうか、母親の誕生日ね。隼は俺が母親だとしたら孝行息子だよな。仕事が速い所は旭に良く似てるし。...隼は俺の息子だった?」
「山岸先輩は朱鷺田さんの料理、しょっぱいっていつも言ってますけど俺は大丈夫ですよ。いつでも貴方達の息子になる準備が出来てます」
「はっ!?た、確かに。うちには谷川っていうデカい娘がいるしな。一姫二太郎っていうし次は男の子が理想的だよな。なんか悪いな。俺達だけ幸せになっちゃって。隼は今から俺達の息子だ」
そのあと、2人は何故か軽い抱擁を交わしていた。
...なんか、作者の許可無しに勝手に結婚式を挙げるキャラクター達がいるらしいですよ。
招待状も届いてないんですけど...ご祝儀はまぁ、運賃でいいか。




