第肆拾伍話 適性
「旭、体調の方はどうだ?会議の最中に倒れたのもあるしな。本当に怖かったんだぞ。勿論、お前本人が一番怖い思いをしているのは承知の上だけど。それでも、大切なお前に何かあったらと思うと」
そう言いながら涙目なる朱鷺田を見て、旭は何も言わず彼の手を握った。
幼い頃から、彼が泣くとこうして手を握り慰めていた。
朱鷺田自身もそれで涙が引っ込むのだから、魔法のようだと昔は思っていたようだ。
「ごめんね。一応、倒れた後。みどり君に連絡を入れて黄泉先生とか愛ちゃんに来てもらったんだけど谷川さんもみどり君も倒れちゃってさ」
「良いや、ありがとう。お互い大変だっただろうしな。本当は寒いし、その上眠気も酷いんだが。このまま寝たら、ほぼ気絶と一緒だからな。身体を温めないと。なんとか会話を繋げて、俺の気を持たせてくれ」
うつらうつらする旭を見て、朱鷺田はすぐさま行動に移した。
「待ってろよ、旭!!俺が身体を温めてあげるからな!!」
何故か朱鷺田はこれが1番効果があると旭の布団に潜り込み、彼を抱きしめているようだ。
しかし、当の旭は苦い表情を浮かべた。
「...トッキー、暑い。クソ暑いからやめてくれ。汗で身体が冷える」
朱鷺田に旭は細々とした声でツッコミを入れていた。
とりあえず、朱鷺田が彼の手を握る事で事態は落ち着いたようだ。
体温も戻ってきたのか?意識もハッキリして来た頃。
改めて旭は向こうでの出来事を話す事にしたようだ。
「そうだ、お前たちに言っておかないといけない事がある。俺達がいた帝国に野師屋様に扮した偽物がいた。本物はかなり過酷な環境に身を置いててな。身体も痩せ細っていて目が見えないし、身体を動かす事もままならない状態だった」
「それは酷いな。野師屋ってたしか、倒れた後に旭が口にしてた名前だよな。向こうの人って事か。...ちょっと良いか旭。お前と同じように向こうの事や現実世界の事を知っている奴がいる。全てを知っていて、俺たちを欺いている奴がこの帝国にもいるんだ」
そう言われると旭は苦虫を噛み潰したような表情をした。
真偽を確かめるため、起きあがろうとするが2人によって制された。
「無理しないで、旭。一年半前だって、あれだけ頑張ってたしさ。今は休みなさいって神様が言ってるんだよ。確か、最初に隼君が鎌掛けて分かったんだっけ?」
「あぁ、本人は全てを教えてくれた訳じゃないけどな。元々、殿に対して不信感を持っていたらしい。俺の考えが正しいなら隼は本物を見た事がある可能性がある。だけど、それを大っぴらに言う事は不可能だった。だから、集会前に俺達に頼んで茶番劇を仕掛けた。自分が殿に不信感を抱いていると直接言う為にな」
「勇気あるな。俺も無茶はして来たつもりだけど、隼以上となると難しいかもな。それで、その鎌を掛けたっていうのはどう言う事なんだ?」
それについて、谷川の口から説明された。
「ほら、望海ちゃんって変装が出来るでしょう?だから、自分は隼君に化けた望海ですっていう風に演技をしたんだよ。大事なのは、業務中に変装が解けないまま隼君の姿で此処に来てしまったっていう所かな?確かその時に向こうがそんな事はあり得ない。望海は向こうにいる。床に伏せているから動けるはずがないって言ったんだ」
「...完全に真っ黒だな。普通に考えれば殿は望海を知らないしましてや病で倒れた事を知らないはず。三視点で物事を見てるって事になる。ボロを出したな」
「あぁ、それで旭が此処に来た。改めてもう一度、向こうと此方の状況を確認して起きたい。頼めるか?」
その言葉に旭はしっかりと頷き。再度、朱鷺田の手を強く握った。
「勿論。本当に向こうで起こった事は夕方の業務の時間までしか伝えられない。俺の考えも入ってるから全てそのままというのは不可能という事を念頭に置いて欲しい。向こうではまず、全員が野師屋様が偽物である事を知っている。望海や光莉は慎重に動くべきだと口を揃えて言っていたな。まずは安全の確保と夢の世界から脱出する方法を見つける事が大事だと考えていた」
「それには俺も同意見だ。敵の正体が不明な以上、無闇に近づく事は控えた方がいい。そうか、他には何か言ってなかったか?」
「あぁ、この世界の構造についてだな。まず、2人は同じ夢を同じメンバーと見ている事を前提としてそれが一定期間。恐らく、2、3週間を目安にループしている事に気づいた」
「おい、待て!谷川、今日は何日だ?」
「今日は8月29日だよ。もう夏休みも終わっちゃうね。2、3週間なら、確か此処に入った日付が8月の15日?16日とかだからもうすぐ2週間か。長い事、向こうをお留守にしちゃったね」
「良いや、まだ分からないぞ?その偽物は望海が病で倒れてるって言ってたんだよな?それに俺たちも倒れてるはずだ。もしこれが現実世界と同じく、2週間も動かなかったら完全に周りは大混乱だぞ?」
「確かに。なら、現実では数時間の可能性が高いという事か。...いやっ、ちょっと待ってくれ。それって睡眠時間にも当てはまらないか?例えば、現実で7時間寝てた事にしようか?その間、俺が今と同じように旭を救ったとする。そして、望海や夢野さんの話しを聞く。この時点で2週間分だったとしたら?」
朱鷺田の考えに2人は目を見開き、谷川は素早く計算をし始めた。
「ほら、ループしてるって旭が言ってたでしょう?それをみどり君が夢の世界での一周を現実換算で7時間で見たとするじゃない?そのあとってどうなるの?現実世界に戻ってくるの?」
そのあと旭は手を動かし、何か物欲しそうにしている。
いつも手帳を持ち歩く彼の事だろう。
何か書き物が欲しいようだ。それを朱鷺田は直ぐに察知し紙と筆記用具を持ってきた。
そのあと、旭は図や言葉を書いて2人に説明をしているようだ。
「いやっ、逆なんじゃないか?ループするって事は記憶をリセットするって事だろう?俺やトッキーは夢の世界での記憶を忘れる為に一回現実世界に戻るんだ。あるいは自分の意思で行き来が出来る適性があるって事だな。仮にそれを夢適性とでも言おうか?それを持っているのが今回、巻き込まれた運び屋なんじゃないか?と俺は思ってる」
「なるほど、それは盲点だったな。適性か。そうだ、実は他にも囚われてしまった運び屋達がいてな。長年、行方不明になってた運び屋がこの世界にちらほらいるんだよ。それは言ってしまえば、夢適性がない。現実と夢を行き来出来ない存在という事で良いのか?」
「まぁ、この世界は不明瞭な事ばかりだし。自分達で名詞をつけようと考えるとそうなるかもな。ただ、それを考えるとそれぞれの脱出方法が違う可能性がある。例えば、俺達は一周して現実世界に戻れると仮定した場合。これだと一定の期間過ごせば、ミッション完了だ。だが、適性のない人に同じ方法は不可能だ」
「じゃあ、私達は時間までにその人達を救う手立てを考えてあげないといけないって言う事だね。でも、それを考えるとラッキーだったんじゃない?救えるチャンスが出来たって事なんだし」
「逆に言えば、その人達を餌にして巻き込まれた可能性も十分あるけどな。そうか、それも隼は言ってくれてたな。「月下美人」夜間に咲く花か。夢適性とどう関係あるんだ?」
朱鷺田が首を傾げていると、旭は阿闍梨にも教えた花言葉を思い出し。ふっと軽く笑った。
「言葉遊びだよ、トッキー。月下美人には人の夢が入ってるからな。トッキーに似合うと思って調べた事があるんだが、まさかこんな所で役に立つとは思わなかった」
「あぁ、なるほど。儚いって事ね。なんで、みどり君そんな嬉しそうな顔してるの?」
「だ、だって。月下美人と言われちゃな。夢から覚めたらプレゼントしてもらわないと」
「だから、渡してないって事は俺が辞めたって事だよ。花鳥風月っていうだろう?月下美人には他にも花言葉があって、ただ一度だけ会いたくてとか、真実の時とかがあるんだ。やっぱり、儚なさは否めないし。俺はトッキーが側にいてもらわないと困るからな。綺麗だからと言って、何処かの姫さんみたいに月に帰られたら困るだろう?」
「あ、旭!俺は何処にも行かないからな!ずっと、旭の側にいる!」
その言葉が嬉しかったのか?朱鷺田は飛び跳ねるように彼に抱きつこうとしているようだ。
「だから、暑いってトッキー。なんでそんなに体温高いんだよ。昔から思ってたけど、全身湯たんぽだよな」
「旭、知ってる?鳥類って体温が40度から42度あるんだって。だからみどり君、いつも顔を赤くしてるしあったかいんだよ」
「風呂の温度と変わらないって事じゃないか。どうりでいつも長風呂だなと思ったら。トッキー、俺の湯たんぽ係を命ずる。精進するように」
任命された事が嬉しかったのか、直様朱鷺田は自分の仕事に取り掛かった。
「分かった!ふふん、やっと旭と一緒に寝られる。良い夢が見られそうだ」
「みどり君は起きてて良いんだよ。あと、旭に余計な事をしたら谷川さん警察がくるからね。魔神や死神と呼ばれたこの谷川さんに適うものなんかないんだから」
「わ、分かったから!そんな怖い顔をするな!実際、お爺さんもそう言われてたらしいしな。俺を怒らせるより、谷川を怒らせる方が怖いか。でも1番怖いのは旭で決まりだな」
《解説》
谷川が魔神や死神という単語を口にしていましたが、これは名前の由来となった谷川岳が「魔の山」「死の山」と呼ばれている事に由来します。
やはり、危険な山と言えば実際に多くの登山家が命を落としている世界最高峰のエベレストのイメージが強いですがそれ以上に死者数が多く、自衛隊の救助要請が多いのがこの谷川岳です。
谷川の実家は軍人関係ですが、軍人=自衛隊とも結びつけそうですね。
その理由としては天候が変わりやすい事やルートによっては断崖絶壁を登る必要があるため、都心からアクセスしやすい事も相まって軽装備で登山をしてしまう方々が多い為ですね。




