第肆拾肆話 架け橋
望海と野師屋が団地で過ごしている中、旭は雄基にて依頼を受けていた。
彼の担当場所は海に近く、帝都からの物資を運んだりその逆もあるなど海外との接点も多い所であった。
「あの海の向こうはどうなっているんだろうな?琉球みたいに別の国があるのか?」
水平線を見ながら夕陽が沈むのを見届けている。
だが、此処で違和感を感じている人もいるだろう。
そう、向こうの帝国にあった例のカーテンが此方にはないのだ。
時空の歪みか?はたまた、神の悪戯か?
そんな事も知らぬまま、旭はその光景に釘付けになる。
「もうすぐ日が暮れる。帝都に戻らないとな」
そんな時だった、海岸から女性の声が聞こえる。
その存在に旭は恐怖した。何故なら、比良坂町で何度も目にし。その度に傷を負わされた相手だからだ。
「嘘だろ!この世界にも人魚がいるのか!?あり得ないだろ、武器もないのに!?」
海岸には夕陽に照らされる人魚の鱗が煌めいていた。
岩陰に隠れてながら彼女達は旭を見つめている。
『男だ。男がいる』 『若いな。美味そうだ』
『貴重な赤い血』 『絶対に逃してはダメよ』
人魚達は複数人で旭の足を掴み、海へ引きづり込もうとする。
旭はその先の結末を良く知っている。必死に抵抗し、踠くがそれでも尚、人魚達は旭の悲痛な表情を楽しんでいるようだった。
「嫌だ!やめてくれ!いっその事、俺をこのまま死なせてくれ!...嫌だ。...縁」
そのあと、旭は海へと引きずり込まれた。
絶対絶命かと思われたそんな時だった、何故か一瞬にして人魚達が消え失せたのだ。
助かったのかと不可思議な状況に苛まれながらも、次第に意識が遠のいていく。そのまま、凍てつく海水に身を委ねながら旭は目を閉じた。
「...あさ。...あさひ。旭!お願いだ!目を覚ましてくれ!やっと会えたのにこんな」
暖かい海水が旭の顔を濡らす。いや、海水ではなく誰かの涙のようだった。
その声の主を旭は良く知っている。1番大事に思うあの人の声だ。
「...縁?」
「そうだよ。朱鷺田縁だ。お前のトッキーだよ。良かった、本当に良かった。お前が無事で」
その声に旭は安心し、彼の涙を拭った。
「朝方、カーテンの様子を見ようと思って越後の海岸を歩いてたんだ。そしたらお前を見つけた。ほら、薄らとだけど朝日が見えるだろう?」
確かに朱鷺田の指差す方向に朝日はある。
しかしだ、向こうで見た景色と明らかに違うと言う事を旭は良く知っている。
「何だあの不気味なオーロラみたいな奴。あんな物、雄基から見えなかったぞ」
その言葉に朱鷺田は目を見開いた。
「旭、お前一体何処にいたんだ?」
「望海や光莉。後、斑鳩の爺さんと一緒に異国で運び屋やってた。結構楽しかったぞ。だけど、俺が担当してた場所が海の近くでな。運が悪いことに人魚に目をつけられて海に引きづり込まれた」
カラッとした様子で話す旭に対し、顔を真っ青にしながら朱鷺田はその話を聞いていた。
しかし、何処かデジャブのような物も同時に感じたらしい。
それに旭が2人の女性の事を楽しそうに話すのは向こうの事を教える為だと以前彼にも話していた。
それがこの場面だとしたら?
しかし、朱鷺田の脳内には様々な情報が入り乱れており優先順位をつける事が必要だ。
まずは彼の身体の無事を心配する方が先だろう。
「そんなの絶対に助からないじゃないか!?いや、それ以上に...済まない。吐きそうだ。想像しただけで寒気がする。いや、命があっただけ儲け物だとは思うが」
「大丈夫、不幸中の幸いだったんだ。俺は海に引きずり込まれただけ。そのあと、不思議な事に人魚は姿を消してしまった。お前が思うような事はされてないよ」
そう言うと、朱鷺田は安心しながらも涙を流していた。
旭の冷たい手を取り、海岸から遠ざけようとする。
「とりあえず、此処にいるのは危険だ。すぐにでも離れよう。それに不思議な格好をしているな。比良坂町でもそうだが帝国でも見た事がない格好だ」
「向こうでは色んな人達がいて、服装も疎らだった。俺達はこの格好をしてたけどな。もうびしょ濡れだ。直ぐにでも着替えたい」
「分かった。殿なら旭を手厚く歓迎してくれると思う。それ以上にあのカーテンを抜けて此処に来たんだ。旭はもしかしたら此方と向こうの架け橋になる存在なのかもな」
「大袈裟な。だが、この名をもらっている以上。それに相応しい働きはする。トッキー、此処にたどり着いたのは運命だったんだ。この帝国の担当場所になってる。凄い事になっているな、範囲が膨大過ぎる」
二つの帝国を行き来し、もう手慣れているのだろう。
旭は自分の担当場所を確認すると、朱鷺田に連れられ巨城へと向かった。
「谷川は風呂の準備。俺は手拭いと着替えを持ってくる。旭、感謝しろよ。依頼人でもこんな手厚いサービスを受ける事はないんだからな。旭だけは特別だ」
「あ、身体冷えちゃう前にさ。谷川さんと晩酌しようよ!良いお酒が手に入ったんだよね...ういっす。風呂の準備して来ます」
朱鷺田に睨まれた谷川は、気だるげな表情と態度をしながらも風呂の準備に入るようだ。
「海水の中にいたんだろう?肺に水は入ってないか?低体温症になる可能性もあるしな。布団を用意しよう。まずは身体を温めないとな」
「やっぱり、こう言う時。トッキーは頼りになるよな。いつもありがとう。俺の事を支えてくれて。分かってはいたけどさ、いざこう言う場面に出くわすと嬉しいんだよな」
そう言われると、朱鷺田は頬を赤く染めた。
「お、俺だっていつも旭に支えられてるよ。お前がいないとやっぱり寂しいしな。心の支えになってるのは確かなんだ。ほら、直ぐに海水洗い流してこい。ちゃんと湯船にも浸かるんだぞ」
「分かってるよ。それじゃあ行って来ます」
そのあと、旭は至れり尽せりの献身を主に朱鷺田から受けているようだった。
そんな中で、向こうでの話を床に入った状態で始めるのだった。




