表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/58

第肆拾参話 罠

「望海、昨晩の勤務お疲れ様。書類整理は私がやるから夕刻まで体を休めると良い」


「ありがとうございます、野師屋様。お心遣い感謝致します」


朝方、一通りの業務を終え。彼の元に報告書を提出する為、望海は事務所へと訪れていた。

正直言って、得体の知れない存在に恐怖心を募らせてはいるのだが、それ以上に彼の正体を知りたいという好奇心もない訳ではなかった。


望海は彼を観察しようと、どうにか此処に留まる理由を探していた。

様々な案が彼女の中に浮かび、例えば初めて会った時のように組織のリーダーとして、尊敬している。慕っていると言うのが自然な反応だろうと彼女は次の行動に出た。


側にあったソファに座りジッと彼を見つめてみる。

彼と目を合わせると、望海は頬を赤らめながら微笑み。

まるで好意を持っているかのように振る舞う。


しかし、逆に彼は呆れた表情をした。

望海の心理を理解しているのか?ただ単に本物と同じように女性を良く思っていないのかは不明である。


「皆、そうだ。揃いも揃って私を崇拝する。知っているかい?この事務所、冷房が使えないんだ。壊れていてね。直ぐにここを立ち去った方が賢明だと思うけどな」


望海は真偽の為に冷房機を確認する。

確かに「使用禁止」と張り紙をしているようだ。

しかしだ、その紙は不自然に僅かながら動いているように見えた。風が冷房機から漏れているのだろう。

窓も締め切っているはずだが、中は快適だ。

本当に嘘つきなのだなと彼女は思いつつも、どうしてそんな事をするのか疑問に思っていた。


ただ、目の前の彼に聞くより。本物に聞いた方が早いと望海は思った。


「嫌です。この時間は私と野師屋様だけのもの。皆、日勤で外に出ています。今が独り占めするチャンスなのです」


「淡い恋心だね。そうだ、君が摘んできた月下美人。先程、スープの具にさせてもらった。美味だったよ」


その言葉に望海は口をあんぐりさせた。

今まで花と言えば、生け花と同じく玄関や床の間に飾る物と言うのが彼女の習慣であり常識だった。

それを食欲を満たすために使用するなど、あり得ない事であった。

いや、と言うより自分が恵まれているからこそそんな事をする必要がないのだとある意味勉強になった。


「花は部屋に飾る物では?」


「そうかな?私は花を食す事はあっても愛でる趣味はないからね。梅や桜を愛でる物もいるけど。私にはさっぱりだ」


「野師屋様には人の心がないのですか?」


そもそも人なのか?すら疑問なのだが確認の為にも質問を投げかけるが、目を合わせず書類整理をしながら彼は口を開いた。こう言う所は本物にそっくりだと彼女は思った。


「私は運び屋だからね。それ以上でもそれ以下でもない。自分の糧になればそれで良いんだ」


「そんな事言って、いつもインスタント麺ばかり食べてるじゃないですか!?不健康です!身体壊しますよ」


やはりと言うべきか、望海にとって彼は掴み所のない人のようだ。

のらりくらりと質問を交わし、普遍的かつ確信に迫らないような返答をする。

そんな中で彼女は、外の世界についての質問を投げかけてみた。


「野師屋様、聞いて頂けますか?実は私には現実世界で弟がいまして。今、異国で運び屋として頑張っているのです」


「それはそれは、おめでたい事だ。自分の事の様に嬉しいよ。それを聞くと望海も同じ事だろう?今、君は此処から離れ異国で運び屋をしている。そして君は妹だ。何か、親近感が湧かないか?」


偽物の癖に、やけに確信めいた事を言うので望海は逆に感心してしまったようだ。

彼女は崇拝という言葉を聞いて、確かに彼には人を魅了するカリスマ性があるのだと改めて思ったようだ。


「...あ。確かにそうです。圭太は私と良く似ている。向こうで、仲間と一緒に頑張っている。先日、手紙が届きまして。皆から慕われているそうです。そう言われると、帰りたくなってきたかも」


戸惑う望海に対して、寂しげな笑顔を見せながらも野師屋は彼女に近づき。同じ目線まで腰を下ろした。


「それが正常な反応だ。君達は今を生きている。此処で生きている訳じゃない。望海、帰りなさい。元の世界に」


「では野師屋様はどうなるのですか!?この世界が無くなったら貴方は!?」


やはり一番気がかりなのは、本物の存在だろう。

全てを知りつくす目の前の彼に対して、質問を投げかけると身勝手な綺麗事を言われてしまう。


「望海、いつ私がこの世界が消えるなんて言ったんだ?無くなったりしないよ。私は此処にいる。此処で生きてるんだ。君達にはそれをちゃんと理解して欲しかった。私を侮辱しないでくれ。私はいつでも君達の活躍と繁栄を祈っている。側にいられなくても、この気持ちが揺らぐ事はない」


その言葉に望海は目を見開き、大粒の涙を流した。

この会話の流れからして、自分達が助かっても本物の野師屋がどうなるのかが不明なのだ。

おそらく、このまま囚われる運命にあるのだろうと。


「どうして!どうして野師屋様がいらっしゃらないの!こんなにも素晴らしいお方なのに!私達の太陽なのに!」


「望海、ありがとう。私はね、幸せものだ。こうして、幻影であっても君達と会えたのだから。でもね、例え私達が優れた運び屋。異能力者だったとしても、過去に戻る事は出来ないんだ。現実世界の望海が弾丸と言われようともね。時間は必ず経過する。時を取り戻せる訳ではないんだ。それは君も良く分かってるね?」


そう言うと望海は泣きながら何度も頷いた。

思っている以上に事態は深刻なようで、彼の言葉は望海達にとって最高の皮肉となっていた。


「野師屋様、貴方といられた日々は私達の宝物です。それだけは伝えておきたい」


その言葉を噛み締めるように野師屋は頷いた。

そのあと、彼は事務所から去る望海を見届けると一瞬にして邪悪な笑みを見せた。

それはまるで人間の皮を被った悪魔のようであり、口が避けてしまうのではないかと思うほどに笑みを浮かべていた。


「さてと、準備は整ったかな。あと、5日。足掻いてくれよ。ガラクタ共」


事務所から出た望海は涙を拭った後、今出て来た出入り口をチラリと見やる。


「どうにかして、本物を現実世界に戻さないと。本物の方が性格キツイなと思ってたけど、やっぱり偽物の方がタチが悪い。まずは彼に相談しないと」


そのあと、別棟の角部屋の号室へと向かい鍵を開ける。

彼は今日も車椅子生活だが、救出した当時よりも幾分かふっくらとして来たようにも感じる。

ベット側には望海が贈った月下美人が飾られていた。


「こっちの貴方は食べてないんですね。安心しました」


「何の話だ?それより望海、随分と炎が縮んでるな。雨に晒されたら消えてしまいそうだ」


室内の窓からは雨音がしており、天気の情報は彼にも伝わっているようだ。


「えぇ、色々とショッキングな事を聞かされた物ですから。気が弱っているのかもしれません。慰めてください」


「断る。それで?余に何か悩み事でも?女の愚痴は長いからな。幾分か暇つぶしになるだろう」


「長話にならないように善処します。先程、偽物の貴方に仕事の報告をして来まして。事務所の空調も良く効いてまして、冷房が入っていたんです」


「それはまた、画期的だな。しかし、一度壊れたら大変だぞ。修理出来る者も少ないからな。最新鋭の設備には、それなりのノウハウが必要だ」


「ただ、その冷房にわざとなんでしょうね。使用禁止の張り紙がしてありまして。でも、起動しているみたいなんです。これって何かの罠と言うより、理由があるのかな?と疑問に思いまして」


そう質問された野師屋は少し考えた後、ある単語を口にした。


「望海、貴様は気絶のメカニズムを知っているか?」


「えぇ、なんとなく。確か、脳に血液が足りなくなって卒倒状態になる事ですよね?」


「そうだ。低血圧による、血液の遮断によって引き起こされる。そして、この血液だが運び屋においては特に重要視される物だ。何故か分かるか?」


血液と聞き、望海が真っ先に思い浮かぶのは赤い血だ。

そして自分の生い立ちを重ね合わせた時、一つの答えに辿り着いた。


「運び屋の能力は血統で決まると言われています。私はあまり自覚出来ていないんですけどね。両親が側にいないので。血液は運び屋の能力、命そのものです。...ちょっと待ってください。血液が届かなくなると言う事はですよ?運び屋としての能力が使えなくなると言う事ですか?」


その言葉に彼は頷く。それとは反対に望海は口をあんぐりさせた。


「えっと、質問なんですが。順序的にどちらが先なんですか?例えばなんですけど、低血圧になるような。例えば、雪の中とか。寒い場所に長時間いて。その結果能力が使えなくなるのか?それとも、念力を使いすぎてそのダメージとして低血圧になるのか?どちらですか?」


「それは余の友人が研究していた課題でもあった。だが、ある程度結論が出ているようでな。運び屋と環境と言うのは切っても切れない関係らしく。土地柄は勿論、季節、気温、湿度と言った細かい所まで相性が決まっているようだ。それを総称して土地の相性と呼ぶんだがな。因みに、望海。お前はどの季節が快適に感じる?」


「そうですね、あまり好き嫌いはないんですが。特に夏と冬は沢山仕事を頂く事があるんですけど、元気にやらせて頂いてます。逆に光莉は誕生月がある秋は勿論なんですけど。春も好むようで。私とは正反対ですね。じゃあ、もしかして。此処の季節がめちゃくちゃなのは私達を妨害する為?」


今まで過ごしてきた2週間のうち、連続して同じ気候や天気にならなかったと望海は記憶している。

荒れた天気は運び屋達にも影響が出る事を望海は初めて知った。


「その可能性は高いな。特に帝国という別の場所を用意したのも土地の相性を悪くしたり不利にさせる為だろう。血圧という関係上。食べ物も大きく関わってくる。塩分が多い食べ物は高血圧になるからな。冬場であれば、重要になるだろうが」


「じゃあ、私達運び屋って本来は血圧管理をしないといけないんですね。あと、自分に適した環境に行く。...あっ、もしかして。私の仕事仲間の方達が頑張って行動範囲を広げた時、気絶してたのって。そもそも相性が悪いからですか?」


「初めて訪れた土地なら、無意識にでも拒否反応が出るものだ。それを身体や心に馴染ませて、自分の物にしていくのが本来の運び屋だ。徹底的に管理したいなら、自分の担当場所の気候や風土を良く理解しておく事だ。後は食事もだな。そうすれば、最大限の力を発揮する事が出来る。気絶とは無縁の生活を送れるぞ」


「そうですね。...今思うと。私達、城の中とはいえ外は雪まみれの場所で以前戦闘した事があって。あれは力の使いすぎというより。身体が寒さに耐えられなかったんでしょうね。それを考えると雪にも強い旭さんはきちんと血圧管理出来てるんですね。そう言えばあの人。塩分摂取してるし、温泉にも行くし。...もしかして、朱鷺田さんって最強の旦那さんなのでは?ちゃんと血圧管理してたんですね」


「なんの話をしているんだ、望海?とにかく、余が言いたいのはその偽物は擬似的にお前たちを低血圧にして気絶させ、運び屋としての能力を無効化させようとしていると言う事だ。運び屋は環境が悪いと一気に立場が悪くなる。整えられた環境を様々な方法で作り、自分のコンディションを整える。これが出来てこそ、一流の運び屋だ」


「はい!分かりました。精進します。後で旭さんに体調管理の秘訣でも教えてもらおうかな。やっぱり、オーパーツと呼ばれるだけはある。最高のサポートを身近で受けているからなんですね。羨ましい」


しかし、2人が話す水面下で旭に危機が迫っている事など誰も知るよしもない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ