第肆拾壱話 彼岸桜
後日、不来方に案内された隼は山岸や青葉と共に目の前で微かに揺れる枝垂れ桜を見ていた。
「これ、凄いだろう?落雷によって割れた岩の間に偶然、鳥が種を落としてそこから芽が出たらしいんだ。なんか、青葉さんのお気に入りの場所らしいよ」
「違います!元々、貴方が此処の近くで寝てる夢を何度か見た事があったの!末っ子君が来るのは初めてね。どう?ご感想は?」
「えぇ、凄い生命力を感じました。...何か新しい力を得るヒントになるかも。そう言えば、俺。植物には詳しくないんですけど。この桜って有名なソメイヨシノとかではないですよね?」
隼が周囲を見渡して、この木に関する情報を得ようと看板やプレートを探すが何処にもないようだ。
そんな中で山岸がこの木の詳細を教えてくれた。
「彼岸桜っていうらしいよ。春の彼岸に咲くからだって。此処に来るとさ、青葉に会えるような気がして。ついつい足を運んじゃうんだよね」
「ちょっと、私を死人扱いしないで頂戴。...まぁ、そうなりかけたのは事実でしょうけど。なに?寿彦さん、そんなに私に会いたいの?私、貴方に愛されてるのね」
青葉が茶化すようにそう言うが、山岸は真っ直ぐ彼女を見つめこう口を開いた。
「会いたいよ、とても会いたい。その為なら彼岸でも死者の国でも何処にでも行く。まぁ、夫が亡くなった妻を迎えに行く話は古今東西。数多に存在するけどね。俺もその1人という訳ですよ」
「それが山岸先輩にとっての悲願って事ですね。でも俺は彼岸も悲願も好きじゃない。やっぱり死者を連想させますし。悲しい願いなら、叶っても嬉しくないでしょう。その前に悲劇が起きてるって事だから」
隼の率直な意見に確かにそうだなと彼は頷いていた。
しかし、山岸の言葉に暫く呆然としていたのか?
珍しく、青葉が無口のまま突っ立っていたが気を取り戻したのか?顔を左右に振り、何かを振り払っているようだった。
そのあと、小声でブツブツと何かを話し始めた。
「違うわ!私は寿彦さんにときめいた訳じゃありません!惚れてない、惚れてない。両親からも言われたじゃない。のめり込むなって」
「青葉先輩?どうかしました?」
「いいえ、なんでもないの!そう言えば、彼岸って。昔は日に願うと書いて日願と言われていたそうよ。それなら末っ子君も気にいるんじゃないかしら?」
「日願桜...そうですね。その方が、前向きな感じがして良い。早く、現実に戻りたいな。でもその為には色々と調べたり、準備しないと行けない。そう言えば、現実世界の経過時間ってどうなっているんでしょうね?もう、2週間近く此処に滞在してる気がするんですけど」
確かに気になる事ではあるのだが、1人を除いてとして現実世界の事など知るよしもない、しかしその中で山岸がある提案をしてくれた。
「でもさ、俺と青葉さんは此処に来るの初めてじゃないんだよ。夢の中で何度も会ってるから。もし、睡眠中ってのを考えると精々数時間単位なんじゃないかな?と俺は思うけどね」
「そうじゃないと、生命に関わるもの。...あぁ、そうだ。数日前の話なんだけど。私、旭さんと阿闍梨さんに呼び出されて。少し話をしたのよ。仲間の中に夢遊病みたいに夜中に勝手に動き出す人がいるんじゃないかって。本人の自覚もなしに。どう?2人はそんな風に思った事がある?この際なんだし、話しておいた方が良いかなと思って」
隼と山岸の反応はそれぞれ異なるもののようで、前者は顔を青ざめ。後者はその場にある桜の木を眺めていた。
「...すみません。青葉先輩の言う事と合っているのかは分からないんですけど。俺、ずっと誰かを探して。フラフラ彷徨ってる夢を見るんです。でも、それが誰なのかも分からなくて。でも、絶対に探さないといけないって。強い使命感だけは持ってて。なんて言うんでしょうね。もっと一緒にいたい。名残惜しい。一度別れた相手をもう一度探してるような感覚だけは残ってるんです」
「俺も隼と似たような感じかな。さっきも言ったけど此処に来たら青葉に会えるような気がして。多分なんだけど、皆んなで同じ夢を見ているのは。お互いを思い合っているからなのかなって俺は思うけどね。会いたい人に夢を通じて会いに行くみたいなさ」
「...お互いを思い合う。意識の集合体みたいな物かしら?それを考えると、この場所って私達が望んだ場所なのかもしれないわね。理想郷のような」
理想郷という言葉を聞き、目の前の2人は各々自分の気持ちを整理しているようだった。
その中で隼は自分の理想について話し始めた。
「俺にとっての理想って、平和な世の中でも、欲しい物が手に入る事ではないと思うんです。そんな中で山岸先輩が行ってくれた、放浪者って言うのが俺の胸にささってて。何処にいても、何をしていても、自分の事を受け入れてくれる。理解してくれる存在がいる事なのかなって俺は思ってます。行動の自由と理解者を俺は求めているのかなって」
「良いね、そう言う考え方。俺は隼とは違うかな。と言うより真逆かもしれない。多分、行動範囲って自分の心理にも影響しているのかなって俺は思ってる。自分の家や、気に入っている場所、落ち着く場所があるなら自然と歩を向けるだろう?それと一緒で俺は今の自分で満足してる。気に入っている。あとはその中でどう緻密に動き回るのか?それが重要だと俺は思ってる」
「2人ともしっかりとした考えがあって良いわね。でも、折角此処に来たんだから何か手土産を持って帰らないと気が済まないわ。私達の時間をこれだけ消費させたんだもの。でも、本当に不思議な事ばかり。この世界の絡繰を全て解くのは難しそうね」
そう言いながら、青葉は目の前にある桜の木を見上げていた。
《解説》
今回登場した桜の木の元ネタは岩手県盛岡市にあります石割桜のことですね。
この、桜は元々エゾヒガンザクラと呼ばれる種類である為にタイトルも彼岸桜となっています。




