第参拾肆話 夜会
「うわぁぁぁん!隼君!無事で良かった!お父さん、凄い心配したんだよ!」
あの茶番の後、多少の混乱はあったものの、予定通り集会を行う事になった。
あれからというものの、全国に散り散りになった運び屋をなんとか連携しながらかき集める事に成功したようだ。
そんな中で隼は山岸に捕まり、抱きつかれているようだ。
無理もない。1人だけ羽生られたように別の場所へと飛ばされてしまったのだから。
「済みません、心配かけて。ただ、瑞穂さんや咲羅さんが側にいてくれたので俺としては心強かったです」
その言葉を聞いて、山岸は2人にお礼の言葉を伝えた。
「不思議っすよね。隼は俺達とは別の担当場所が与えられて、しかも夜勤だし。小町ちゃんもそうなんすけど、颯もいないんすよね。本当に不気味過ぎる」
「私も担当場所が全然違くて。何か、寿彦さんと翼君の橋渡しをするような行動範囲になってるの。合流出来ただけまだマシと思うしかないわね。那須野さんも範囲が更に狭くなって身動き出来ないって言ってたし」
青葉と翼はやはり、この世界に対し戸惑い恐怖しているようだ。
那須野も青葉と目を合わせ、苦しげな表情で頷いていた。
そんな時だった、児玉、燕、剣城が現れた。
夜が更けてきたのに合わせ、以前と同じく小坂で合流し剣城を迎えに行っていたようだ。
「小坂がこの世界にもあって良かった。児玉さん達とも何とか合流出来たし。ただ、俺の仕事は23時59分で終わるのが美徳だと思っていたんだがな。まさか夜勤に回されるとは」
剣城の姿を見て安心したのか希輝と白鷹がすぐさま駆け寄り、そのあとに浅間が笑顔で彼に近づいた。
「剣城君、無事で良かったわ。白山さんにも手伝ってもらったんだけど。どうしても見つからなくて」
「そうなんだよ、剣城!浅間先輩、相方がいるんだって!面白いよね。でも、黒百合みたいに神秘的で素敵な人なんだよ」
「白山なのに黒百合なのか。たしかに面白いな。行動範囲が特殊すぎてな。まるで比良坂町の担当範囲を綺麗に無視したような印の配置になってるんだ。朱鷺田さんや児玉さん達の方が連携がしやすかった。希輝や白鷹もそうだろう?」
「朱鷺田さんに協力してもらえなかったらここに来れてないしね。越後は自分達が考えるより要所だと思う。今回の会議でも話さないといけない事もあるしね」
白鷹が朱鷺田に目配せすると、後輩に慕われて嬉しかったのか照れながら此方へ手を振っているようだった。
それを谷川が呆れた表情で見ているという状況だ。
『皆んな揃ったね。いやはや、ご苦労。ご苦労』
最後に朝風が登場し、彼を議長として会議を始めた。
側には富士宮もおり、秘書として彼の側で鎮座している。
様々な疑問や議題がある中、最初に意見を出したのが児玉だった。
「まず、メンバーの把握をしておきたい。と言うより、この帝国にいないメンバーの整理だな。光莉、望海、旭、颯、小町。それと黄泉達3人は確定か」
「児玉さん、それについてなんだか希輝達がある可能性を提示してくれた。西海岸にあるあの“カーテン”あの向こうに旭達がいるんじゃないかってな」
朱鷺田の言葉に希輝と白鷹は頷き、その他全員は目を見開いてた。
朝風に関しては顎に手を当て、考え事をしているようだった。
「殿、俺や燕も把握してるがあのカーテンはいつから現れたんだ?」
『正直、私にも不明なのだ。私がこの帝国で生を受けてからアレは常に存在し、私達の生活の一部になっていた。あの帳の向こうに何があるのか?様々な噂が流れたがその真実は明らかになっていない。だがそれがもし本当なら、此方の人間が助かったとしても彼方の人間を助けると言うのは難しいだろう』
その言葉に児玉と朱鷺田は目を見開き震え出した。
ずっと一緒にいた仲間が離れ離れになり、もう二度と現実世界で会う事は叶わない。それだけは何としても避けなければならないのだ。
その言葉を傍らで聴いていた富士宮は、言葉は発しないが彼を睨みつけた。
あの、オーロラの真偽は確かに不明だが。
もし、偽物である彼が設置した物であるならばこれ以上詮索するなという抑止力を与えている可能性が高い。
ただ、そんな重い空気を切り裂くように隼はある意見を出した。
「...こんな場面で言う事ではないかもしれないけど。以前、颯先輩から見せてもらった本に「月下美人」を薬用に使えばどんな病でも治せるって書いてあったんだ。だから、この世界でそれを服用すれば」
「俺達は戻れるかもしれないって事か。それか、現実世界にいる誰かがそれに気づいてくれるかのどちらかだ。確か、倒れる前。颯と小町の声を聞いた気がするんだ。もしかしたら、2人は現実世界にいるのかもしれない。颯は特に赤い血に詳しいし、何か手掛かりを持っているのかも。それ以上に隼の見た本は颯の所有物だしな」
寂しげにいう山岸の言葉に隼は頷いた。
「「月下美人」って夜に咲く花よね。末っ子君はこの世界だと夜勤者だからそれに気づけたのね。だとしたらよ、もし向こうに末っ子君と同じ存在がいたら気づいてくれないかしら?」
「...望海?」
児玉は自分でつぶやいた言葉に自分でも驚いているようだった。
ただ、その言葉を聞いて隼はしっかりと頷いた。
咲耶と望海の関係に粗方検討がついているからこその態度なのだろう。
「望海を初めて見た時、凄い光莉と対称的な子だなと思ったんだ。ほら、光莉は昔から悪餓鬼の問題児だったしな。でも、明るくて昼間の太陽みたいな子だった。間違いなく、彼女は俺の光だった。反対に望海は夜のように静かで、優等生のような子だった。でも、生い立ち的に所々影があって月のようだなってずっと思ってたんだ。多分、いや確実にこの帝国での隼のようなポジションにいるんだろう」
「俺はさ、山岸先輩もそうだけど周囲からも望海と比べられる事が多いんだ。“運び屋の顔”と“運び屋のエース”として。姿形は変わってしまっても“名前”は変わる事はない。そして俺達は運び屋として存在している。だとすればだ」
「隼君が夜の王であるのと同時に、望海ちゃんも夜の女王という事よね。これって、何かの因果が働いてるのかしら?偶然にしては出来過ぎているように感じるけど」
不安がる瑞穂に対し、隣にいた咲羅は口を開いた。
「瑞穂、迷うな。迷えば、後退りは出来ても前に進めなくなる。それだけ分かれば十分だ。後は望海を信じて、此方は此方で出来る事を探せば良い」
「そうね、咲ちゃん。こう言う時こそ、私達の絆が試されるのよ。比良坂町での出来事だって、1人でも欠けてたら絶対に真実に辿り着く事は出来なかった。例え離れていても、引き剥がされても、目的は違っても全員同じ場所に辿り着く。屋上で見た朝日のようにね」
その言葉に児玉と朱鷺田は覚悟を決めたように目を見開いた。
集会は終わりを告げ、それぞれの担当場所に戻る者もいる中。
朝風はある3名を手招きし、着物をしまうような大きな黒塗りの入れ物の前に集わせる。
そのあと、側にいた富士宮が確認の為と朝風に何か見せているようだった。
「殿、洛陽の職人に作らせました伝統の青い羽織でございます。富士宮家に縁のある者に依頼致しましたので信用出来るかと。これを瑞穂、咲羅、剣城この3名に贈りたいと考えているのですがよろしいでしょうか?」
『勿論。いやはや、仲間が増えるのはおめでたい事よ。この羽織はそれはもう特別な品でな。ワシも入手するのに苦労した物よ』
そんな会話を遠目で見ていた隼は冷めた表情をしていた。
しかし、羽織を握りしめる手は強く。
水面下で怒りの感情が生まれているのも確かだった。
「何が入手するのに苦労しただ。これは既存品じゃない。本物が作った物なのに。...なんであの人は何も言わないんだ」
そんな様子を側で見ていた青葉はこう声をかけた。
「ねぇ、末っ子君。その羽織とても綺麗ね、年季が入ってるけど色褪せない魅力を持ってる。ちょっとで良いの、触らせてもらえないかしら?」
衣服に興味のある青葉はこの羽織について知りたいようだ。
そんな彼女の願いを叶える為、隼は自分の羽織を彼女に渡した。素材や縫い目など専門的に事細かに見ている。
そのあと彼女は3人が来ている羽織と朝風が来ている羽織を見て何かに気づいたようだ。
そのあと、彼女は隼に対しこう耳打ちした。
「ねぇ、末っ子君と3人の羽織って同じ人が作ってるわよね?なんでお殿様だけ違うのかしら?敢えて本物を着てないとか?」
「青葉先輩そんな事も分かるんですか?まぁ、手の内を見せたら行けないでしょうし。スペアとかフェイクはあるでしょ」
「そうだけど、これミシンとかじゃなくて手縫いなのよ。だからその人の手癖が出て来るの。これを作った人、かなりの凝り性よ。糸も特殊な物を使ってるし、材料から拘るタイプね。で、それを寸分狂いなく同じ製法で仕上げている。寿彦さんもそうなのよ、材料とか料理器具とか凄いこだわりあるでしょう?」
「分かります。軽量スプーンでさえ使う時のリズムって言うんですかね?自分の身体に合う物を選んでるらしいんですよ。毎日使う物なので別に良いと思うんですけどね。青葉先輩なら服占いとかも出来そうですね。小町が好きそうだ。他に何か分かることあります?」
「確か、末っ子君のって本来お母さんのなのよね?だから、何年も着続けられるように世代交代しても色褪せないように工夫されてる。多分だけど、末っ子君のって結構古い物だと思うわ。ほら、富士宮さんの羽織よりこっちの方が色褪せてる」
そう目を輝せて言う青葉に隼は癒されていた。
それと同時に彼女の豊富な服の知識は思っている以上に頼りになる物であると実感したようだ。
後で、お礼にカーネーションでも贈ろうかと考える程であった。
「先見の明って言った方が良いのか。でも、意外です。咲耶さんの家って1番古い家らしいんですよ。なのに俺の方が古いってあり得ますか?渡す順番が違ったとか?」
「そうね、それは作った本人の事情でしょうけど。まず、製造が末っ子君の物が1番古いのは確実ね。それを考えると凄いわね。だって、世代を超えて末っ子君の元に届いたんだもの。作った人は未来を見ているのかもしれないわ」
「未来ね。あぁ、そうだ。その服を見て心変わりがしやすいとか分かります?恋占いとか出来ますか?小町が凄い喜びそうなので」
彼がそう言うと、青葉はクスクスと笑い出した。
「何か可笑しな事言いました?」
「いいえっ、末っ子君から恋占いって言葉が出るんだなと思って。大丈夫、寿彦さんには内緒にしておくから。で、恋占いの話?断言しちゃって良いのかしら?この人がもし、寿彦さんと同じタイプだとしたらちゃんと本命がいるタイプよ。信じてもらっても良いわ」
そう言われると隼は珍しく吹き出し笑いをした。
そのあと、青葉を軽く抱きしめている。
山岸はその光景を見て叫び声をあげていた。
「すみません。俺の母さんはこんなに可愛い人なんだなって考えたら嬉しくなって。後でカーネーションプレゼントさせて下さい。いつもありがとうございます」
「あ、ありがとう。ちゃんと、本物のお母さんにも渡してあげてね。寿彦さんって、フラフラしてるように見えるでしょう?それはね、きっと照れくさいからなのよ。自分の気持ちを伝えられないの。ほら、この前話した事覚えてる?」
「勿論。料理がキッカケで仲良くなったのは良いけど、会話が出来なくて交換日記から始めたって。基本的にレシピしか書いてなかったけど。俺、それにあやかって咲耶さんと交換日記をする約束をしたんです。ほら、結果的に2人が上手くいってるからそれにあやかろうと思って」
それを聞いた青葉は山岸と隼を連れて富士宮の元に謝罪をしに行った。
「本当に!本当に、ウチの寿彦さんと隼がご迷惑をおかけしました!ほら、2人とも謝って」
「嫌ですよ。別にやってる訳でもないし、それに成功例を真似する方が1番効率が良いんだから」
「そうだ、隼の言う通り。青葉さんだって、膝枕とかベタな事しようとしたじゃない。それと一緒だよ」
「あれは妻としてちゃんと休息出来てるか知りたいと思っただけです!夢の中だからって浮かれてたとかそんなんじゃありません」
そのあと青葉は怒ってしまい、2人から遠のいてしまった。
「隼、後で一緒にカーネーション買いに行こっか。俺達の可愛いお母さんの為にさ」
「珍しく気が合いますね。そうだ、青葉先輩の鑑定によるとこの羽織を作ったの山岸先輩みたいな人だって青葉先輩が言ってて。真偽はともかくとして、もしそれが本当だとしたら何か裏があると言うか。本心と矛盾した行動をとっているように思えて。俺はあの人を理解出来ないし、山岸先輩なら分かりますかね?あの人の気持ち」
「何?そんなに気になる相手でもいるの?そうだな、ヒントをあげるとすれば。人ってさ、絶望すれば絶望するほど頭が冴えて先の未来を考えようとするんだよ。未来って明るいより不安定だったりネガティブな事を先にイメージするだろう?もし、隼にこの羽織が届く事を願ってたとしたら、あらゆるネガティヴな可能性を考慮しないと行けない訳だ。それでも考え抜いたって事はさ」
「...それ以上の絶望を味わったって事か。確かに、ネガティヴな事を考えるのって負担がかかるし。ちょっと質問して良いですか?山岸先輩って青葉先輩が戻って来てくれるってずっと考えてました?」
「それは勿論。忘れた事なんて一度もないよ。その為ならなんだってするしね。何か分かったかい?」
隼は少し考えた後、確かに朝風の行動にはある一貫性があるように思えた。
しかし、仮にそうだったとしたら恐ろしく口に出すのも躊躇う程であった。
「...えぇ、ただ。それ以上に怖いなと思ってしまいました。多分、あの人は自分の子孫を守ろうとした。良いや、違うな。自分の悲願の為に俺達を利用しようとした。多分、これが答えなんだと思います。俺が咲耶さんに惹かれるのは最早運命です。ただ、引っかかる事もあって。富士宮家を守りたいならすぐさまこれを渡さないと行けないのになんで出来なかったのかが不明なんです」
「うーん、隼君の考えは難しすぎてお父さん分かんないな。でも、君は自分が運命の囚われだと思う?良くドラマとかで言うじゃん、結ばれる運命にあるとかさ。もしさ、こんな天才肌でクールでカッコイイ隼君を手駒みたいに扱ってたとしたら君はどう思う?」
自分の中で運命という言葉について改めて隼は考えているようだった。
確かに自分は生まれた時からあらゆる運命を背負わされて来たと彼自身も自覚し考えているようだ。
確かに、苦労は絶えなかった。それは否めないが、それと同時に喜びもあり、今の自分もそれなりに満足していると隼自身は思っているようだ。
「...手駒。単純に許せないなんて俺には言えません。言う権利もない。俺は貴方や仲間に会えて本当に良かったと、幸せだと思ってますし。その先に未来があるなら受け入れようと思います。なんなんでしょうね、本当に。俺ってそんな無責任な奴だったかな?自分でも考えてるつもりなんですけどね」
「強いね、君は。だから選ばれたのかもしれないね、その羽織に。あっ、隼。君を呼んでるよ。そうだ、今度俺とデートしない?綺麗な枝垂れ桜を見つけてさ。不来方にあるんだけど、夢から覚める前に目に焼き付けておきたくて」
「昼間なら良いですよ。夜間は俺も業務に入るので、夜桜はお断りですけど。...それを考えると向こうが恋しくなるな。でも、此処での自分も割と気に入っているんですよね。母さんの相方である咲耶さんにも出会って。自分のルーツというか生い立ちもしれて。後は、母さんとも向き合えたらと前向きに考えてるんです」
「いいね。俺、素直な君が大好きだよ。隼、お前は何処に行ったって俺の可愛い息子だ。それが揺らぐ事は決してない。良いじゃないか、決めなくても。定まらなくても。そうやって、自分の好きな場所を彷徨い歩く放浪者みたいなのも俺は素敵だと思うけどな」
放浪者という言葉を聞いて、隼はハッと目を見開いたようだ。
どうやら、自分に相応しい言葉を見つけたらしい。
「放浪者...あぁ、確かに。俺、ずっと居場所がなくて。でも、周囲は誰かと一緒にいたり何かに属してて。俺もそうしないといけないのかなって。ちゃんと社会の枠に嵌まらないと行けないのかなって思ってました。でも、そうする必要はないし。俺もそれを望んでない。すみません、俺。本当に裏切り者かもしれない」
今まで支えてくれたメンバーを自分は裏切ってしまう。
そんな風に隼は考えたようだが、山岸はそれに対し前向きかつ背中を押すような言葉を彼に伝えた。
「違うよ、隼。そうじゃない。言ってくれただろう?恋しくなるって。隼はちゃんと分かってるんだよ、大切な場所が。それが沢山あるだけ。それはとても素敵で素晴らしい事なんだ。ちゃんと心から思っている事に従えば、君は俺達の元に帰って来てくれる。必ず。その時は出迎えるよ。ザンギでも作ってね」
「ありがとうございます。山岸先輩。そうですね、俺は必ず貴方達の所に帰って来ます。貴方達と過ごす今も、未来から見たら立派なルーツになる。遠くに行けば行くほど、恋しさや有り難みを持つようになりますから。じゃあ、皆の所に行ってきます」
「あぁ、行ってらっしゃい。そして帰っておいで。隼」
そう言うと隼は子供のように嬉しそうな笑みを浮かべた。




