第参拾肆話 坂道
「此処は一体どこなの?こんな坂道、比良坂町にあったかしら?希輝ちゃん!白鷹君!剣城君!近くにいたら返事をして!」
そう大声で3人の名を呼ぶ人物の名は浅間だった。
周囲には霧が立ち込め、数歩先の視界まで遮られており先を進めば急勾配の坂に出くわす。
一応、山登りに適した防寒着や靴を装着しているとは言え地図やコンパスがないのでは迷子になる事も体力を消耗する事も必然であった。
「空気が薄い、高い所にいるのかもしれないわ。何処か休める場所を探さないと。このままじゃ凍え死んじゃう」
そんな時だった、霧に紛れ2つ程の淡い明かりと煙突の煙が見える。
浅間がそこに近づくと、木材で囲まれた家。
所謂、ログハウスが現れた。
それに彼女はホッとし、玄関に向かい扉をノックすると「はい」と女性の声が聞こえてくる。
「すみません、どうやら遭難をしてしまったみたいで。霧が止むまで此処に居させてはもらえませんか?現在地を教えてもらえるだけでもありがたいんですが」
彼女がそう言うと向こうから何故か笑い声が聞こえる。
やがて扉が開くと中からは色白で白金の髪を持つ女性が現れた。
それとは反対色の黒百合の柄の入ったヘアバンドをしているのも特徴的だ。
「どうしたの、浅間?霧なんて此処じゃ日常茶飯事でしょう?なに?私に会いたい理由付け?」
「あっ、いいえそんなつもりじゃ。あの、私と貴女ってお知り合いでしたっけ?町中でお会いした事ありますか?依頼人とか?」
そう言われると目の前の女性は溜息を吐く。
落胆させてしまったかと浅間は思ったが、大きく扉を開き手招きされているのを見て入る許可はとりあえずもらう事が出来たようだ。
彼女は1人でいたはずなのに何故か椅子は2つ分あり。
食器棚を見てもそれは同じで彼女が手に持っているマグカップを覗き全て2つ分揃えられている。
先程の口ぶりや家具の数を見て、浅間は冷や汗を掻いた。
「あの、もしかして私。此処で貴女と生活していました?」
「そうだよ、私は白山百合。貴女は浅間遥名。当たってるでしょう?此処は臼井坂、私達の仕事場所。どう、何か思い出せた?」
その白山の問いかけに対し、浅間は珍しく目を動揺させ俯いてしまう。
以前から彼女には何か思う所があったようで、その事をポツリポツリと話はじめた。
「...私、ずっとソロで運び屋をしていて。それでも同期とか可愛い後輩とかサポートしてくれる人達がいて、なんだかんだ言って1人じゃないんだって凄く心強いなって思ってたんです。ただ、少し違和感もあって。1人暮らしなのに、家具にこだわったり、不釣り合いな大きなベットを買ったりして。まるで誰かにみられてるような気がしてならなくて」
「それ、完全に呪われてるね。そうだよ、浅間。貴女は1人じゃない。私がいる。ごめんね、本当は私が貴女の相方になる筈だったの。協会から後輩の育成をお願いしたいって正式に頼まれてた。書類も比良坂町の私の自宅に保管してある。疑うなら、調べてもらって構わないよ」
そのあと、比良坂町の住所が書かれたメモを渡される。
尾山に家があり、矛盾するような住所ではない事が浅間には分かった。白山なりの誠意という事なのだろう。
「じゃあ、貴女は先輩の運び屋で私の教育係になる人だったって事ですね。どうりで可笑しいと思ったんです。私、相方も全然見つからなくて。研修も進まないし、協会で事務員として働いてて。何処か皆、余所余所しいというか。大きな仕事が入って、緊急で運び屋になってからは突き放すように追い出されちゃって」
ポロリと小さく涙を流す浅間をみて、白山は彼女の涙を拭った。
「もう大丈夫だよ、私が側にいるから。私が浅間を1人にはしないから。それで、浅間は他に何が知りたいの?完全に迷子ですっていう態度だったけど」
「あぁ、そうだった。実は、此処にくる前。私達は協会で会議をしていて。急に眠気が襲って倒れてしまったんです。そしたらこんな霧の中にいて。一番心配なのは私の後輩達です。女の子が1人と男の子が2人。皆んな頭も良くて頼りになるし、十分1人で行動出来ると思いますが、それでも心配で」
そのあと白山は登山着のポケットからメモとペンを取り出している。
「分かった。浅間の後輩は私の後輩でもある。身体的特徴を教えて」
浅間が3人の特徴を口にしている間、白山はこんな事を話し始めた。
「多分、事務員が浅間に対して余所余所しかったのは私が行方不明になったからだと思う。知ってるかな?藤居山の少し外れた場所に不気味な鳥居があるの。彼処から人魚じゃない別の魔物が飛び出してくるんだ。酷いもんだよ、抵抗出来ずに中に放り込まれた。多分、他の連中も同じじゃないかな?」
「...そうだったんですね。私達、一年半前まで何も知らなくて。一年かけてやっと、町の全貌を解く事が出来たんです。
だから、貴女のような被害者を知る事が今まで出来なかった。じゃあ、此処は鳥居の向こう側にある世界って事なのね。でも、なんだが自分の家みたい。懐かしい感じがする」
浅間は周りを見渡し、自分の趣味に合いそうな家具があるなとまるでモデルルームでも見るかのように一つ一つ眺めているようだ。
「浅間はとりあえず、そこの暖炉の側で身体を温めてなよ。私の方でこの子達を探してくるから。他の人にも会えたら、声をかけておく」
「ありがとう、白山さん。戻ってきたら、温かい飲み物を用意するわ。あの、茶葉使って良い?ほうじ茶が好きなのね、希輝ちゃんも和菓子に合うって良く飲んでるわ。早くあの子達の安否を確認しないと」
その言葉に頷き、白山はその場から立ち去った。
《解説》
2人のいる臼井坂の元ネタは群馬県と長野県の県境にある碓氷峠ですね。急勾配の坂として有名です。
それと同じく、駅弁として「峠の釜めし」も有名ですね。
これは元々、碓氷峠を登る為に一度補助機関車の準備をする為に駅で長時間停車しなければならず、その待ち時間に販売されていたのが始まりと言う事です。
余談なんですけど、峠の釜めしって釜付きとプラ容器があるじゃないですか?
それが「ひっぱりだこ」にも同じくあると良いなといつも思ってます。
美味しいんですけどね、蛸壺というか容器を捨てるのに罪悪感があって。でも、持ち帰っても使う用途がないし。
だからと言って新幹線のゴミ箱に捨てるのってどうなの?って言う感じでそう言うのを考えると手に取れなくなりますね。
【お知らせ】
執筆状況について、再度お知らせ致します。
本編が全13章、55話構成でプラス番外編と後書きで完結をさせて頂きます。
投稿スケジュールですが、新連載。「肆ノ式」をキリの良い12/1スタートにしたいと考えているので、修正等を加えまして11月には全ての投稿を終了という形にさせて頂きたいと思います。
宜しければ最後までお付き合い頂けると嬉しいです。




