第弐拾仇話 原始の島
「お2人とも、わざわざ来て頂いてありがとう。申し訳ないけど、早速解読に取り掛かりたいの。頼めるかしら?逢磨前会長も来て頂けるなんて光栄です。宜しければ助言をお願い出来ますか?」
協会から敷島邸に戻った節子は一番手がかりになりそうな朝風会長の日誌の解読を瑞稀や亘に協力を仰いだようである。
そんな中で瑞稀と共にいた逢磨も同行する形となった。
母親や執事はその様子を見守っていた。
「構わんよ、この年寄りが役に立つのならな。では、一つ物は試しだ。この、日誌の復元を行おう。七星の末裔ならそれも可能だと思うが」
「なるほど、花紋鏡か!そうだ、そもそも朝風会長は三種の神器を使いこなす存在。であれば、わざと燃やしてそれを隠そうとした。そう考えられそうだ」
「逆に言うと、その燃やされている箇所にこそ大事な内容が書かれていると言う事になるね。やはりこれは、三つで一つ。御三家が手を取り合うように運命付けられていたと言う事だね」
瑞稀の言葉に節子は微笑み、鏡で写し出された日誌の解読を急いだ。
その中で仲間を集めるに辺り、ある道具を使用していた事が記されていた。
「写真機、このレンズを通して異能力者か否かを知る事が出来る。とある“男”は瞳に炎を宿していた。色鮮やかに見える炎を。その男は盲目なれど、私の事を見透かしていた...これってどう言う意味かしら?」
「何かの比喩表現か、或いはそのままの意味か。お嬢さん、その続きは何が書いてあるんだい?」
「えっと...私は、その男を保護し。側に置いた。彼の傍らにはいつも、幼い少女がいた。彼とその少女は叔父と姪という間柄らしい。しかし、数年後。その男は行方不明に。その少女は自分が引き取り、数多の発明品を作って見せた。成長した娘は愛する存在を見つけ、家を出て行った。名前は伏せられているけど、朝風会長は誰かを引き取って家族として過ごしていたのね。待って...これって誰かに似てない?」
節子はもう一度文を読み、何かを確認しているようだ。
注目すべきなのは「瞳に炎を宿していた」と「数多の発明品を作って見せた」という点だろう。
それに逢磨は気づき、ある人物の名を口にした。
「黄泉幸慈、彼に良く似ているな。で、あればこの文面にある少女というのは彼の高祖か」
「流石はお養父様、ただこの日誌が燃やされている事や名前を伏している時点で絶対に本名を知られたくない存在と言う事が分かるね。それだけに重要人物と言う事だけど。この、2人が一体何処から来たのか?それも知れると良いけれど」
今度は場所や地名に関する単語を拾う事に専念するようだ。
しかし、どれだけ探そうにも出てこない。
と言うより、ありふれた名前が多いのだ。
比良坂町の地名が多く、差異を見つけるのが困難と言っても良いのかもしれない。
そんな時だった。ページの最後付近、もう諦めかけていた4人の前に不思議な単語が写る。
「...ねぇ、自凝島って何処の事?そんな地名聞いた事あったかしら?でも、朝風会長は此処で余生を過ごしたと書いてあるわね。きっと、素敵な場所なんでしょうね。行ってみたいわ!あれ?皆さん、どうされたの?」
何かに気づいたのか?瑞稀は勿論、亘も青ざめながら下を向いていた。
そのあと、逢磨は優しく節子にこう投げかけた。
「ゴホンッ、では私から問題を出そう。島というのはどう言う地形を指すものかな?」
「はいっ!お父様にも教えて頂いたわ!海や湖に囲まれた土地の事を指します!どうでしょう?」
「よろしい。では比良坂町の地形はどう区別されるかな?」
「えっと、まず川と池があって少し高台にある地域もあるわね。そして周囲は海に囲まれて...まさか、私達の住む場所って自凝島にある比良坂町って事!?えっ、では以前出てきていた協会は?長門という地名は此処の事ではないの!?」
「そうなると、全ての前提が壊れてしまうな。日誌の後方にこの地名が出てくると言う事はそれ以前の地名は別の場所を示している可能性が高い。一体、朝風会長が以前は何処にいたのか?それを順番に解読していく必要がありそうだ」
節子はメモを取りながら、時系列を皆と共に解いていく。
「多分、自凝島以前の地名はきっと此処を指している訳ではないと言う事は理解出来るわね。少し待って...此処に比良坂町の由来が書かれてる。これって凄く大事な所だわ」
節子は文字を辿り、その文言を瑞稀が読み上げる。
「帝国が敗戦し、窮地に陥った時。私達の目の前に建比良鳥と言う名の鳥神が現れた。私を含めた複数人の運び屋はそれに印を託し、遠く離れた自凝島への転移を見事に成功させた。まもなく、その救世主の名に乗っ取り比良坂町と命名された。確かに、今も運び屋達は偵察や印を運ぶのに鳥類を使ってるね。こう言うご縁があっての事だったのか」
「そういえば、鳥の名前を持つ苗字や名前の者が多いと思ったが一括りにすれば縁起が良いんだろうな。この、鳥神と結びつける事が可能だ。海鴎や燕もそれに当てはまるしな」
「この出来事があって、改名した家もあったりするのかもしれないわね。あるとするなら朱鷺田さんや白鷹さんの家かしら?翼さんや隼さんも鳥を連想させるわね。家柄が古いと本人達は自覚はなくとも周囲がそう言った名前を付けたがると言う事なのかしら?」
3人の会話に逢磨は感心したようにうなづいていた。
思っている以上にこの日誌は重要な手がかりを自分達に教えてくれると皆、メモや各々の考察を書きながら読み進めていく。
「なるほどね、では帝国という場所に比良坂町と同じ地名が存在すると。と言うより、逆なのね。帝国出身の人達が混乱しないように以前から親しみのある地名をつけた。そうよね、誰もが故郷を大事に思っていただろうし、此処にも区画整理や人口の管理がしやすいようにと書かれているわ」
「今は亡き故郷の中で、僕達のご先祖様は慎ましくも運び屋の団体を作り、頭領として存在していた。富士宮家はその時からの右腕であると書かれているな。かなりの老舗なのが分かるな」
富士宮家は歴代会長の専属秘書として協会で役職をもらっていた。
それは前会長の逢磨にも当てはまり、瑞稀は彼に質問を投げかけた。
「お養父様は確か会長就任時、富士宮家の方に秘書をして頂いてましたよね?どんな方なのですか?」
「あれは私ですら畏まる程に特別な存在だ。お陰で背筋は伸びたが、表情が硬いと彼女からいつも言われていた。ただ、名門故に悩みが尽きないようでな。皆からは孤高の存在と言われ、親身に相談出来る相手がいなかったと呟いていた」
その話を聞き、亘は更に彼に対し質問する。
「“いなかった”というのは現在はいると言う事ですか?」
「あの才媛、速飛タスクが現れるまではな。初めてだったそうだ、自分が心を開き一緒にいたいと思える存在と出会えたのは。ただ、日が落ちるのも目に見えていたそうだ。依頼が減って、自分を必要とする人がいなくなった時。何を残す事が出来るのか?と深く悩んでいた。ただ、その答えを出す前に行方不明になってしまったがな」
「富士宮さんは孤独だったのね、凄く。それを解きほぐしてくれたのがタスクさんだった。特別な存在や物って時に自分の足枷になって不自由にさせてしまうものなのね。先生方もそうだったのかしら?...私、本当に何も知らないのね。敷島家の人間ってこんなに頼りない存在なの?もっと、英雄みたいな物だと思ってた」
「お嬢様さん、それは私も同じだよ。私も、お養父様のように素晴らしい存在になりたかった。この勾玉を守れる程には強くなりたいと願っていた。昔の私はお養父様にくっ付いて側を離れようともしなかったからね。良く噂されていたよ「夕凪の天使は黄昏と共にやってくる」お養父様を呼ばないと私が出て来ないから家に会食や集会の招待状が沢山届いていたのを今でも覚えてる」
その事を逢磨も思い出したのか、苦い表情を浮かべた。
自身の杖で何度も軽く地面に突いているのを見るに、嫌な思い出を消し去りたいという思いが強いのかもしれない。
「お陰で休息をとる暇もない。それに、瑞稀の行動は周囲を混乱される。夜会で一休みしたいと言えば、料理を持って来て勝手に私の口に運んでこようとするのだから。私は介護が必要な程、老いぼれてはおらんぞ。それに周囲のあの目、どう考えても普通の親子ではないと皆。口を漏らしてた」
「そんな事は百も承知ですよ。実際に親戚とは言え、本当の親子ではありませんから。私はずっとお養父様、貴方のようになりたいと思っていました。貴方に育てて頂いた恩を自分なりに返したいと思ったのです。その結果がこれなのです。どうかご理解頂けませんか?」
「私はまだ、完全にお前の事を認めた訳ではないぞ。夕凪の天使が黄昏の貴公子になったと言われて直ぐに飲み込める者などいないわ。決まり通り、決闘で後継者に認めてやった。それだけで感謝しなさい」
どうやら、この親子には複雑な事情があるようだ。
血の繋がりが無いが故にお互いの感情が交差し、噛み合っていないように節子は思った。
口論になりそうな2人に対し、彼女は瑞稀に対してこう言った。
「瑞稀さんなりの愛情表現と言った方が良いのかしら?大切な人の真似をしたり、演技をしたりするのが貴女は好きなのね?私は素敵だと思うわ」
節子が味方になってくれたのが心強く、安心感を与える物だったのだろう。以前、文通していた時。
瑞稀の本心に触れるような内容を目にしていたのが大きいのかもしれない。
彼女には憧れの人がいると何度も手紙のやりとりで知っていた。
時より、舞台や演劇を見に行ったと書いてあったのでそう言った“演じる”存在に憧れているのだと節子は思っていた。
しかし、逢磨が交わるとそうではないように思えてしまう。
そんな時、彼女の過去に触れるような発言をされた。
「ありがとう、お嬢さん。お養父様本人には中々理解してもらえないんだけどね。両親を亡くしたショックで私は長年、失声症に苦しんでいたんだ。そんな私をお養父様は支え、育てて下さった。親孝行の仕方は沢山あると思うんだ。自分も縁談があってね。相手の中には医者や緑豊かな土地を持つ地主もいた。そんな中で昔のお養父様の写真を見つけて、自分の本当の思いに気づいたんだ。そんな事をしている場合じゃないってね」
「まぁ!では、瑞稀さんの親孝行と言うのは男装の麗人となって黄昏の名を受け継ぐ事なのね。でも、以前の貴女も見てみたい気もするわ。夕凪の天使は何処にいらっしゃるのかしら?」
節子の純粋で素直な言葉に瑞稀は目を丸くする。
そんな彼女に感謝をこめて、瑞稀はある決心をしたようだ。
《解説》
・この作品の舞台は基本的に日本神話をモチーフにしています。
自凝島はイザナギとイザナミが一番最初に作った島とされています。日本列島よりも前ですね。
なんか、以前比良坂町は硫黄島説を唱えていたんですけど。
設定は生える物と言う事でご了承下さい。
・健比良鳥も実際に鳥神として名前があります。
「比良」は世界と世界を行き来する存在という意味があるようですね。
黄泉比良坂はあの世とこの世の境目、入り口に相当するので同じ意味を持っています。




