第弐拾捌話 知恵
「隼、心配するな。兄貴が助けてやるから」
それと同時期、現実世界では颯がベットに横たわる隼にそのような言葉を送りその場を後にしていた。
「悪い、ちょっと散らかってるけど緊急事態だから勘弁してくれ」
颯の実家に5人で向かうと、隼がいつも本を借りている離れの書庫へと向かった。
広さはあまりないが、壁の本棚にはビッチリと詰まっており蔵書量も豊富で一生で全てを読み終えられるか分からない程だった。
しかし、設備面で老畜化が進んでいるのか?
淡い裸電球や、机の上にあるランタン、軋む床と人からすれば奇妙に思う場所だろう。
しかし、颯は勿論隼は共通して暗く狭い場所を好み雨音がすれば尚更良いと喜んで使用しているようだ。
それに加えて勉強熱心なのだろう、室内にある机には付箋が貼られた本が積み重なっていた。
「ラボの方にも資料はあるだろうけど、多分こっちの方が専門性も高いと思う。隼も知識を詰め込むのが好きだからな。良く入り浸ってるよ。静かだから居心地がいいんだと」
「凄いの、天井までびっしり!でもこれ全部、見る訳にも行かないしジャンルは絞らないと。有りえるのは歴史が医学ね。颯、何処にあるか分かる?」
小町は颯に案内されながら手がかりを探すようだ。
「隼の奴だったら記憶力も良いだろうから覚えてるのかもしれないが、颯様もそこまで本の内容把握してる訳じゃねぇんだよな。こういう時、アイツが羨ましく感じるわ」
そんな時だった。颯の真上に一冊の本が落ち、その拍子に開いてしまったようだ。
颯は「なんだ?」と思いつつその本を見やる。
「...おいこれ!?成る程な、これは盲点だった。俺達は夜間勤務なんてしないしな。だけど、この花。そもそも比良坂町に存在するか?」
本を手に取りながら、颯は苦虫を噛み潰したような表情をした。
それは隼が以前読んでいた、運び屋と植物に関わる本である。開いたページには月下美人の名が記されていた。
だが、残念な事に夜に咲く花を比良坂町で見つける事は容易ではない。
そんな時、近くの本棚から震えるような声が聞こえた。
「うんしょ、うんしょ!ぐっ、やっぱり手が届かないの!」
歴史のジャンルが集められた本棚の前で小町は精一杯背伸びをし何かを取ろうとしているが、背が低い為か届かないようだ。
それを隣で見ていた颯が脚立を持ってくる。
「これ使え、なんか気になる本でもあったか?」
「これ、隼が良く見てたなと思って!多分、昔あったスポーツの大会の奴だと思うの。大友の事が書かれてるから、参考になるって」
どうやら、小町が手に取ったのは古めかしスポーツ雑誌のようだった。
大友が大会の開催地だった事もあり、当時の状況が書かれた特集が組み込まれた内容のようだった。
「あぁ、光莉や児玉のおっさんが持ってて俺達にくれたんだよな。大友まで範囲を広げた記念にって。…いや、それ以上に返してもらうもんあるだろ」
実はまだ、あの3人が借りパクした品の数々があの喫茶店に残っているのだ。
小町の傘も未だに返却されておらず、彼女は頬を膨らませている。
「夢から覚めたら返してもらわないと!でも、いいな。小町もこう言うイベント参加してみたいの。きっとお祭りみたいで楽しいだろうな。この聖火を持ったり、点火させたり。隼と一緒なら最速でお届けするの!」
「いや別に速さを競う所じゃねぇだろ。競技でやれ、競技で。…ん?」
小町と共に当時の写真や文章を読む颯はある事に気づいたようだ。
その疑問に思った場所を読み上げている。
「…当時の警備体制について。地元の運び屋の協力は勿論だが、海岸線沿いに松明を配置。聖火と同じく、社に保管されている物を使用。その効果は的面で開催中人魚が寄りつく事はなかった」
「すごい!この当時から、人魚に効果があるって分かってたのね。凄く綺麗なの。海面に炎が乗ってるみたいで寿ちゃんの亡霊火みた…ん?」
小町は雑誌の背表紙に書かれた年や日付を確認する。
ざっと50年前とマニアがいれば喉から手が出る程欲しいプレミア物だ。
しかし、以前の比良坂町は閉鎖的で情報媒体がなかった事も合わさって人々は新聞や雑誌に頼り、大切に使用してきた。
それ故に、今でも年季のある家具や家電、紙媒体が数多く残っている。
これもその一つなのだが、小町はこれをみて違和感を覚えたようだ。情報が最新までとは言わないが、新しすぎるのだ。
「ねぇ…颯。これが仮にもし。150年前の雑誌だったら小町も納得がいくの。情報の矛盾もないから。でも、これが50年前だとしたら。この海岸もこの聖火も何処からきたの?」
「小町も気づいたか。やっぱり可笑しいよな?壁が取り除かれたのってつい最近だろう?なのに50年前にこんな事出来るのか?って話だ。まぁ、許可を得て外で撮影した可能性も十分あり得る。それに大会と言っても一部開催で完全な物じゃない。別会場の写真って事もありえる。それ以上に社にある聖火ってなんだ?そんな物見た事も聞いた事もない」
「この書き方だと、身近なように、当たり前のように聞こえるけど少なくとも小町達には身近じゃない単語ばかり。あぁ、もう!考えても仕方ないの。今は気持ちを切り替えて何か手掛かりになりそうな本を探さないと」
2人が作業を続ける傍ら、黄泉は椅子に座り楽しそうに読書をしていた。
「黄泉先生、何してるんですか?今は本を読むタイミングじゃないでしょう?」
「分かりませんよ?Dr.黄泉が興味を持たれるという事は世紀の発見である可能性もありますから」
黄泉の持つ本は勿論、颯の所有物でもある。
愛と初嶺のやりとりを聞いて、2人も其方に向かう。
チラリと表紙を見ると比良坂町七不思議と書いてあった。
「あっ、それ。なんか斬新な内容かと思ったら既視感のある内容しかなくて買って損した記憶しか残ってないな。下町の青い一族とか。狼を祀る神社とか。あの事に便乗して書いたとしか思えなかった」
「そうかな?僕としては中々興味深い内容ばかりだったよ。多分、颯君ならこれも知らないんじゃないかな?」
そう言いながらページを開いた先にあったのは秘密倶楽部と書かれたタイトルを有する項目だった。
その内容を簡単に黄泉は読み上げる。
「比良坂町の何処かに秘密倶楽部と呼ばれる場所があるそうだ。昔、要人の接待場所として使われていたと書いてあるね。その倶楽部の入会記念グラスやカトラリーを持つ政治家や経営者がいる事から実在していると考えられているらしい」
「凄い!そんな場所の料理なら絶対に高級食材が食べ放題なの!小町の好きな親子丼だって食べ放題!なんか涎が出て来たの。ジュルリ」
「そこはきりたんぽ鍋じゃねぇのかよ。だとしても、その倶楽部と運び屋は関係ないだろ?例えば、そのオーナーとか会長が運び屋でもない限り。入会も出来なそうだしな。とりあえず、本をざっと見た感じ月下美人が今後の手がかりになりそうなのは間違いないな。だとしても問題は入手方法だ。一回、協会に戻るか。じゃあ、急ぐぞ」
《解説》
隼と颯が暗くて狭い場所を好む理由なんですが、トンネルに由来しています。
青函トンネルは日本は勿論、世界一の海底トンネルとしても有名ですが「はやぶさ」「はやて」は運行ルート上、日本の1から3位までの長いトンネルを通過する事になります。
2位が八甲田トンネル、3位が岩手一戸トンネルとなっています。
青函トンネルに入ると「青函トンネルに入りました!!」っていう電光掲示板が流れますよね。
晴れてるのに中の湿気で窓ガラスが濡れる事があるので、雨の日を2人は好んでいます。
他にも、リニア中央新幹線もトンネルを多用することになると言う事で多分零央も隠れられそうな秘密基地を作ると思います。隠れんぼも好きそうですね。
・小町が親子丼が好きなのは、秋田はきりたんぽ鍋もそうなんですが比内地鶏も有名で作者が実際に秋田に行った時に食べて美味しかったなと思ったので描写しています。
きりたんぽ鍋にも入ってて、香ばしいというかジューシーで美味しかったですね。




