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第参話 黄昏

「はぁ。もう、忙しい忙しい!瑞稀お嬢様は何処へ行ってんねんや?今日は旦那様が帰って来るって話やのに」


参区、小坂にある風間邸では瑞稀の乳母である御堂が庭の見える客室の一室の清掃を行っているようだった。

しかし彼女の作業を止めるようにインターフォンがなる。どうやら客人が来たようだ。


「はい、ただいま!」


玄関を開けると階段下には1人の老人がいた。

彼の正体は瑞稀の養父にして、協会の先代会長でもある風間逢磨その人であった。

手元にある杖は手を煩わせる必要がないという意味の富裕層の象徴そのものである。

瑞稀にも類似したダークグリーンの背広と黄色のネクタイを上品に着こなしている。


「旦那様、お帰りなさいませ。瑞稀お嬢様はまだ帰ってこんで、何処に行かれたのやら」


「構わん。年頃の娘と老耄では話も噛み合わんだろう。手土産だけ贈れば後は用無しよ」


「そんな事言われへんでも、瑞稀お嬢様は旦那様の事を尊敬されていらっしゃいますから。要らん心配せんでもええと思いますけどね。さぁ、中へどうぞ。直ぐにお茶をお持ちします」


逢磨は自分も以前は住んでいた風間邸に足を踏み入れるものの、落ち着かないようである。

それは間取りは同じものの外壁や家具など家主である瑞稀に合わせたものだからなのだろう。

しかし、ある物をみると彼はふと優しい目をした。


「お養父様、お帰りになられてたんですね。お迎え出来ずに申し訳ありません。玄関にある大きなテディベアも貴方がくれた物でしょう?いつもありがとうございます」


今、邸宅に戻って来たのだろう。

瑞稀は余裕の笑みを浮かべながらも早歩きで彼の元へと向かった。

ソファに鎮座している小さなテディベアの数々は、幼い頃両親を無くし、心の拠り所を失った彼女を慰める為、逢磨が贈った物である。


妻子のいない逢磨には莫大な遺産と立派な屋敷があった。

その後継者争いによって、親戚筋であった彼女の両親が巻き込まれてしまったその罪悪感から彼は彼女を養子として引き取ったという経緯がある。

しかし、不器用な彼は父親として彼女にどう接したら良いのか分からないのが常だった。


彼女の言動は時に彼を混乱させる。

突然、見目麗しい令嬢だった彼女が自身の贈ったピンクのドレスを脱ぎ捨てて自分と似たような服装をし男装の麗人として振る舞っているのが一番の要因だろう。


「...瑞稀、お前は私のようにはなるな。黄昏のように存在しているのかも分からぬようになるぞ。噂には聞いている。屋敷を解放して運び屋達を招き入れているとな。しかし、自分の身を案じなさい。誰がいつお前を狙うかも分からぬのだからな」


「お養父様のご忠告痛み入ります。ですが私は二代目としてこの家を繁栄させる義務がある。お養父様はいつも私になんでも与えて下さった。私を門前の天使のようだと良く口にしておられた」


そんな会話を聞き、トレーに紅茶と茶菓子を乗せ運んでいる御堂はクスリと笑っているようだった。

彼女は良く知っている、逢磨が不器用ながらも瑞稀の心に寄り添い愛情を注いでいる事に。


「はぁ、まぁ良い。世間話も疲れた。話の内容は以前、手紙で伝えた通りだ。先代会長として武曲や五曜は勿論、他の運び屋の捜索も行ったが一向に手がかりすら掴めん」


そう言われ、瑞稀は神妙な面持ちで考え事をしながらソファに腰かけた。


「引退する運び屋は大勢いれど、行方不明となれば話が違うでしょう。比良坂町は悪い噂が絶えない。運び屋の行方不明事件もその一つと言っていいでしょう。目撃者もいないのですか?」


「時間帯は明け方である事が分かっている。というよりも消去法だがな。最後の依頼人から時刻を割り出す事しか出来ぬ。皆してそれ以降、依頼人の元に辿り着いていない。真夜中では人魚が騒ぎ出し、人も彷徨く事はない。それ故に目撃者も難しい、手がかりを得る事もな」


「あったとしても同じく夜間に活動する運び屋という事ですね。しかし、今も朝日奈兄弟、時には銀河も手伝いに来てくれますがそれでも3名、貴重な人材になってしまいました」


「それだけに夜間に能力を使える事が異質という事なのだろう。頼みの綱と言えば、あの才媛(さいえん)だろう。今は壱区にいるようだが、なんでも息子も優秀と聞く。鳶が鷹を産むのとは訳が違う。隼の子は必ず隼から生まれる。単純明快なように見えて難しいものよ」


最後の方で彼が嬉しそうにフッと笑みを溢すのをみて瑞稀も同じく嬉しい気持ちになった。


「そうやって、代々繋いでいく物という事でしょう。お養父様はご自身を黄昏と言うが、それで良いと思うのです。少なからず、何でも起こる比良坂町は常に逢魔時に晒されている。そんな町を私はこよなく愛している。朝昼晩などとハッキリ決める必要はないと私は思います」


そんな言葉を言われ、逢磨は何も返答せず何か考え混みながら紅茶を口にし、瑞稀の瞳をみた。


「それはお前がただ単に事変めいた物を好んでいるだけだろう。敷島のお嬢さんもそうだが、黄昏の娘も中々のヤンチャ者だと噂になっておるぞ。慎めとは言わん、私はお前を甘やかし過ぎた。しかしだ、瑞稀。お前達は良くやってくれた。皆で力を合わせ、長年町を隔てていた巨大な壁を貫いたのだ。私が現役であれば直々に表彰していた事だろう。だが、私にもやらなければならない事がある。この町はまだ仮初の平和に浸っている、実際に皆浮ついている事だろう。しかし根本的な解決には至っていない。調査を進めなければ」


「この半年で比良坂町は大きく発展を遂げました。人も物も豊かになった。だがそれ以上に私達は無知過ぎる。その人や物が何処から来ているのかすら把握出来ていない。外の世界がどうなっているのかすら不明なままだ。お養父様の言う通り、用心しなければなりませんね」

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