第弐拾漆話 調合
富士宮から花束を受け取り、民家へと戻ってきた朝風を阿闍梨は出迎える。
「和尚さん、今帰った。ほい、お土産の抹茶バームな」
「おぉ!これがかの有名な!殿、有り難く頂戴致します。その花を持っていると言う事は、話をお受けになると言う事ですか?」
「女子の頼みなら断れんからのぉ。側には隼もおったが。しかし、まぁ。月下美人とは。灯台下暗しと申すか。ありふれた花じゃな。もっと特別な物が必要かと思っておった」
確かに、日々夜間業務を行う朝風たちにとってはこの花も造作もない物なのだろう。
阿闍梨は苦笑いしながら頷き、ある質問を投げかけた。
「ですが、殿には薬学の心得はあるのですか?確かに素晴らしい発明をされておりますが、医学や薬学となると専門外では?」
「まぁ、ワシも万能ではないからな。ただ、薬学は昔かじってた事があって少しだけなら知識があるんじゃ。医学と言えば、聞こえは良いが。正式には人類学じゃな。赤い血についてなら昔から学んでおるし、研究もしていた」
「自己理解の為にという事ですね。流石は殿!やはり知的な方だ。何かお手伝い出来る事はございますか?」
「勿論!薬の調合というのはそんな短調な物ではない。あらゆる組み合わせで効果が変わる物。和尚さんには実験体になってもらわんとな」
そう言われると阿闍梨は冷や汗を掻いた。
そのあと、朝風は自身の懐から本や調合に使う器具を取り出し準備を始める。その様子を見て阿闍梨は目を輝せていた。
「ふむふむ、なるほど。殿、毒キノコの世界は深いですね。今の季節はドクツルタケに注意!だそうですよ」
まずは知識を身につける所からと机の上にあった本の中から一つ抜き取り、読んでいるようだった。
「この世界に季節もあったような物じゃないがな。...やっぱりダメか。既存の材料で組み合わせても何の効果も得られんとは。仕方ない、アレを取りに行くか」
「アレとはなんですか?」
その質問に対して、朝風はある事を教えてくれる。
それは以前の比良坂町の立地なら手に入らない代物であった。
「人魚の鱗じゃよ。元々、肉には不老長寿の効果があると言われてきた。その鱗もまた、傷を癒やしたり美容効果があると言われている。いずれにしても、砕いてこう言った錠剤に含ませる必要があるがな。良く、海岸に落ちている所を見かけられているし。高価な薬が買えない一般市民はそれに頼る者も多い。ただ、殆どはそれを餌にして人魚が目を光らせてるがな」
「なるほど、比良坂町もそうですが此方の人魚も知的なようですね。殿、私は貴方の近くで隠れておりますのでちゃんと守ってくださいね!」
「はいはい。では、赤間に行こうか?遠いが海流の流れもあってよく鱗が打ち上げられてるし、人魚も陸に上がってくる事は滅多にないからのぉ。比較的、安全地帯か」
そのあと、2人は赤間の海岸に向いまるで潮干狩りをするように浜辺を掘り返していた。
「おぉ、見つけた。ほれ、和尚さん。これが見本な」
灯篭により、周囲が明るくなるその光の先にあったのは文字通り鱗であった。
キラキラと七色に光り、手のひらサイズと思っている以上に大きい。
「これは身体の中でも上半身に近いな。下半身に向かうに連れて小さくなる。調合に使うから大小は問わない、探して見てくれ」
「はい!」
そんな時だった、水面から女性の声が聞こえてくる。
言葉に合わせ、水泡が浮き上がっているのを見るに海中からその声を届けているのだろう。
そのあと、ノイズに混じり声が聞こえて来た。
しかし、阿闍梨は何処か不思議と聞いた事のあるような声だと思ったようだ。
似たような声帯を持つ女性がいたなと考えるものの答えが出て来なかった。
『この裏切り者!よくもこの私を!朝風暁、私は貴方を許さない!』
「和尚さん、下がっておれ。此処はワシが片付ける」
「わかりました、どうかご無事で」
阿闍梨は素直に灯篭に導かれるように浜辺から遠ざかろうとする。しかし、人魚の意味深な言葉に心を奪われ足を止め其方に向き直った。
『そこの僧侶も良くお聞きなさい。朝風暁は運び屋界の裏切り者よ。本当に傲慢な奴だわ!元々、富士宮家との婚姻が決まっていたのに他の女に目が眩んで私を毒殺したのよ!』
「...え?毒殺。殿が?」
そんな時、先程見ていた毒物に関わる本。
それと薬学をかじっていたという話から、朝風には毒の知識があり。それを使って殺害したのではないか?
信じたくはないが、新たな可能性を阿闍梨は見つけてしまった。
しかも、その言葉に何も返答しない朝風がいるのだから尚更説得力があった。
『そうよ、私は高貴なる名門富士宮家の娘!朝風暁はお父様の門下生で、優秀な運び屋だった。だからこそ、婿として招き入れる予定だった。なのに!なのによ!祝言の日、盃に毒を盛られて私はそのまま亡くなった。これがどう言う意味をなすか分かる?』
「...殿が富士宮家との縁談をなくす為に娘である貴女を殺害したと?あり得ませんよ、そんな事」
人魚の声と言うのは大きな括りにしてしまえば幻聴だ。
しかし、その根幹には相手の記憶や心理に関連している場合が多い。
朝風にとって、それが都合の良い幻聴か?
はたまた、悪い幻聴なのか?は本人のみぞ知る所である。
その会話を聞いて、今まで何も発して来なかった朝風もようやく口を開いた。
「そうじゃ...そんな事、あり得えん。あり得んよ」
『ふふふっ、あははははは!!!なんとまぁ、歯切れの悪い言葉ですこと!殿様が聞いて呆れる。くたばりなさい、朝風暁!!貴方は生きてちゃいけないのよ!!大人しく、地獄に落ちろ!!』
そんな時だった、朝風は激しい目眩と頭痛に襲われながらもある言葉を思い出し。正気に戻る。
「暁さん、私の分も長生きしてね。約束、約束よ」
彼は重い身体を無理矢理動かし、懐から天叢雲剣を取り出し、カッと目を見開き振りかぶる。
暴風により海面が二つに割れ、水面には黄色いモヤが浮かびやがる。
人魚の声は聞こえなくなり、皆底に沈んでいったようだ。
「殿!?」
それと同じように朝風もその場で崩れ去り、頭を抱えながら呼吸を荒くする。
その異変に素早く阿闍梨は気づき、駆け寄った。
「あぁ、済まん。ワシもいい歳じゃからな、立ちくらみが。なんじゃ、そんな顔して?...分かっとるよ。あの言葉の真偽じゃろう?」
「私は短期間ではありますが、殿の側にいて貴方の事は少しは把握しているつもりです。貴方は女性を殺したりする方ではありませんよね?どれだけ、理不尽な場面に立たされても」
顳顬を手で抑えながらも、顔を左右に振り朝風は立ち上がった。その表情は以前にも増して苦しそうに見えた。
「分からんよ?人の感情という物は。ひょっこり悪魔が顔を出す事もある。まぁ、でも。これはワシのご都合主義の幻聴じゃからな。真実はもっと悲惨よ。にしても、富士宮の娘は皆して一流じゃな。ワシの心を捉えて離さない。罪深い女達よ。人魚の幻聴であってもな」
阿闍梨の中にも様々な考えがある。
しかし、真偽は不明なままだ。
朝風自身もその続きを喋る事はなく、目的も終わり夜明け前に帝都に帰還した。




