表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/58

第弐拾陸話 変わらない物

「...あの。俺に何か用?」


夕暮れ時、これから業務だと筑紫に向い周辺の地図を見ていた隼に海鴎が近づくのだがそれを見たままジッと動こうとしない。

そのあと、上目遣いをし子供のように甘える仕草をする彼の姿があった。


「隼様、その地図。私にも見せて頂けませんか?ちょっと!ほんのちょっとでいいのです!お兄ちゃん!」


「誰がお兄ちゃんだ。これ、一応借り物だから。使ったら元に返さないといけないし。そのまま持って行かれたら困る。一度、渡したら返ってこないのは良く知ってるし」


そうキッパリ断られると海鴎は珍しく不機嫌な顔をした。


「ちぇ。貴方、今のままでは天罰が下りますよ。天から神の鉄槌が下りて来ても知りませんからね」


「悪口を言う神父に言われたくないな。海鴎って絶対に親に甘やかされて生きてるだろう。欲しい物とか全部買ってもらえるんだろうな」


「良く分かりましたね!この前もファティにおねだりして、うさこちゃんの絵本とぬいぐるみを買ってもらいました」


「それって最早、子供というか赤ちゃん扱いだな。...はぁ、肆区の運び屋って癖が強いな。俺、此処でやって行けるかな」


頭を抱え。珍しく弱音を吐く隼に対し、海鴎は目の前でガッツポーズを作り彼に励ましの言葉をかけた。


「隼様、ご心配には及びません。何処に行っても強烈な運び屋だらけですから。最早、逃げ場は存在しません。潔く諦めてください。そして、自覚がないだけで貴方もその中の1人。同じ穴の狢です」


「何言ってるんだ?俺は比較的まともな方だぞ。母さんとかの方が酷いからな。言う事も適当だし、俺の方が話は通じる」


「そう言う人程、まともではないんですよ。自覚症状がないだけで」


そのあと、日没に合わせ海鴎は姿を消した。

これからは青い羽織を持つ者達が行き交う、闇夜の世界だ。


「隼さん、ありがとうございました。また、機会があればよろしくおねがいします」


「...いや、当然の事をしたまでなので」


望海と同じく、真夜中の帝都に隼の姿があった。

彼は違和感を覚えながらも依頼人を協会の近くまで届けている。

側には咲耶の姿はなく、彼女は別の依頼をこなしているようだ。

この2人は帝国の中でも一ニを争う膨大な範囲を担当しており、地図がなければ記憶力の良い隼ですら迷う程であった。


その為に何度も阿闍梨の地図に頼る事も多く、その詳細で鮮明な地図は隼の助けになっている事は間違いなかった。

素直にはなれないものの、隼も内心では感謝している。


「母さんもこんな感じだったのかな」


隼は自分が母親の追体験をしているようだなと感じていた。

ただ、自分と母親は違う訳で。

現実世界の仲間達と合流したいのだが上手く行かないというのが実情だった。


焦りは勿論、不安や恐怖に駆られこれからどうすればいいのか?それすらも不明確。

そんな中、隼に付き添ってくれたのが瑞穂と咲羅だった。


2人とも夜間の運び屋をしており、現在世界でも幼少期。

隼と親しくしてくれた間柄でもあった。


「隼君、お疲れ様。本当に凄いわ。夜勤なんて大変でしょうに」


「そう言う瑞穂さんだって、ちゃんと自分の仕事をこなしてる。立派な事だ」


そう言うと瑞穂は嬉しそうに笑みを浮かべる。


「でも、少人数とは言え。咲ちゃんや隼君と合流出来て良かったわ。海鴎君も筑紫の方で朝方見つける事が出来たし。それにほら、私達って何気に同期なのよね。地理的に離れてたから実感も湧かないけど。今、こうして隼君と話してると落ち着くのよ」


優しい笑みと瞳に見つめられ、隼はホッと胸を撫で下ろす。

瑞穂の言葉と同じように隼も彼女と話す事で安寧を得ているのかもしれない。


「俺も、何か“懐かしい”感じがするなってずっと思ってた。気楽に会える訳ではないけど、心の底では繋がってるんだ」


そのあと、業務を終えた咲羅とも合流し3人で筑紫の街並みを歩いていた。

と言うのも、以前隼が幼少期住んでいる所に似ている事や七星家の屋敷の近くにも似ている所からの発想だった。

この状況下という事もあり、出来るだけ散らばらないように4人の集合場所としても利用していた。


「でも、面白い事もあるわよね。私達も自力で協会まで行けるんだもの。びっくりしちゃったわ」


「だが、デメリットもある。夜間にならないと念力を全力で使えなくなる。昼間は一般人と相違ないと言う事だ」


「だろうね。だとしても夜明け前には行動しておきたい。他のメンバーがどうなっているのかもわからない以上。此処は行動あるのみだと思う。山岸先輩達も何処にいるのかわからないし」


そんな風に寂しい顔をする隼を2人は慰めた。

隼としても2人が側にいてくれて助かっている部分もある。

どんな因果なのかは分からないが、隼はこの出会いに感謝していた。


「大丈夫よ、きっと見つかるわ。私も最初パニックになってたけど、嬉しい事もあるのよね。やっぱり自分の天職は運び屋なんだって。この世界でもちゃんとやってるんだなってそれだけは凄い安心出来たの」


「確かに、俺達が運び屋という事は今後も揺らぐ事はないだろう。それだけ分かれば十分だ」


「2人は凄いな。...でも、きっとそうなんだろうな。場所が変わってもどれだけ真逆の事をしていても根本は変わらないんだ」


そんなおり、3人も夜に咲く花を見つける。

同じく「月下美人」だ。


「隼君、どうしたの?」


隼は何かに取り憑かれたように其方へと向かった。

2人は異変に気づき、慌てて彼の元へと向かう。


「...この花。何処かで見た事ある気がする。何処でだ?」


隼は何かの記憶を手繰り寄せ、ある人物とのやりとりを思い出した。丁度、今夜のように桜の咲く季節。

自分は本を借りに彼の元に訪れた筈だ。

そんな時だった、何処からか声が聞こえた。


『隼、心配するな。兄貴が助けてやるから』


「...颯先輩。そうだ、颯先輩に以前見せてもらった本に書いてあった。夜にしか咲かない貴重な花。それがどんな病も治す薬だって」


隼はその花達を手に取る。

茎の部分に合わせ、手で包丁を切るように叩くと羽織から真空波が現れ、器用に切断する。

そのあと、花束を一つに束ねているようだ。

その様子を瑞穂は首を傾げながら見ていた。


「綺麗ね。その花、どうするの?隼君ってお花好きだっけ?」


「ちょっと調べたい事があるんだ。あの人なら相談に乗ってくれるだろうし、協力してくれる筈。何か良い手がかりが掴めたら報告するよ」


そのあと隼は城付近にいる咲耶の元に訪れ、その花束を渡した。

それに彼女はクスリと笑い、花束と隼を交互に見ていた。


「月下美人だな、美しい。これを私に?私に相応しい素敵なプレゼントだな。ありがとう、隼」


「あっ、いいえ。そう言うのではなくて、貴女に手伝って欲しい事があるんです。この花を薬に出来る薬剤師とか技術者をご存知ありませんか?以前、本で読んだ事があってこれで病が治ると書いてあったんです。もしかしたら、これで夢から覚める事も出来るんじゃないかと思って」


咲耶は感心したように頷き、持っていた花束を大事に抱え込んだ。


「薬剤師は無理だが、技術者なら当てはある。博織な方だし、一度相談してしてみよう。花は此方で預かって構わないか?今から実物を彼に見せて交渉してみよう」


咲耶は、朝風の元に行こうと歩を進めようとするが隼に何故か阻止されてしまう。

何度も、足を動かすが前で壁を作られてしまうのだ。

その様子に彼女は首を傾げた。


「咲耶さん“彼”って誰ですか?俺にも紹介して下さい。博識な人なら尚更興味があります」


「いやっ、ちょっと問題があってな!隼には会わせられないんだ。女癖も悪いし、ヒモのような生活をしている人でな」


そう言うと、隼は地雷を踏んでしまったのか?

ブチギレ、真顔で咲耶に詰め寄った。

これには彼女も恐怖し、思わず力んでしまったのだろう。

大事な花が潰れそうだった。


「はぁ?なら、尚更ダメでしょ。俺、浮気とか論外なんで。咲耶さん。男を見る目、養った方が良いですよ」


「わ、分かったから!別の意味で私をドキドキさせないでくれ。心臓に悪い。しかし、隼に彼を紹介して良いものかどうか?まぁ、ポーカーフェイスそうだし大丈夫かな。では、ついてきてくれ。案内する」


そのあと、小さな平家の目の前に立つと前と同じくフラッシュとシャッター音がする。

耳の良い隼はその音に気づくものの、何処からの音なのか?が分からなかったようだ。


「富士宮です。戸を開けては頂けませんか?」


そのあと、向こうから足音が聞こえ丸い頭をした人影が見える。どうやら阿闍梨が留守番をしていたようだ。

彼の顔が見えたと同時に隼は不機嫌そうな顔をした。

反対に彼の顔を見た富士宮は安心したような表情をする。


「阿闍梨、夜分遅くに申し訳ない。殿は今どちらに?」


「今夜は洛陽で舞妓さんと過ごされると聞いてますよ。あっ、隼さん。お母さまからの羽織、良くお似合いですよ。貴方に届いたようで良かった」


無事に羽織が隼の所に届いたのを確認し彼は安堵の表情を浮かべた。

それに対して隼は真顔で、軽く礼だけは口にするようだ。


「まぁ、感謝だけは言っておく。ありがとう。咲耶さん、帰りましょうか?」


「待て待て!実は、隼がこの花を見つけてな。これが夢から出られる手がかりになるのではないか?と意見をくれたんだ。殿にこれを渡し、薬に出来ないか頼みたくてな」


阿闍梨は目を見開き、その花を凝視している。


「月下美人ですか。そう言えば、以前旭さんが花言葉を教えてくれた事がありまして。「儚い美」や「儚い恋」という意味があるようですね。美人薄命の代名詞とも言われています。夜間にしか咲かない花から取られていますね」


「そうだろう?だから、隼にこの花を渡された時。まるで私のようだと思ったんだ。我が家、富士宮家も過去の存在。儚い存在になるのではないか?とね」


咲耶が冷静にそう言うので2人は何も言い返す事が出来なかった。

しかし、隼はそれに付け加えるようにこういった。


「この花はあくまでも薬用で貴女への贈り物ではありません。それに花言葉なんて無数にあるし、前向きな意味を持つ物もあれば後ろ向きな意味を持つ物もあるでしょう。解釈の問題ですよ。と言うか、渡すなら洛陽に行かないと。その殿って人、随分と偉そうですね。俺と咲耶さんをこき使って、悠々と女遊びですか」


「怒るなよ、隼。何と言うか、君は不思議な子だな。案外、人見知りか?私の前ではそんな素振りも見せないのに」


「俺は望海みたいに全ての人と仲良くする事は出来ませんから。俺は咲耶さん、貴女を認めてる。それだけです」


そう言われた咲耶は苦笑いを浮かべ、側にいた阿闍梨は腹を抱えながらゲラゲラと笑っていた。


そのあと、場所を変え洛陽へと訪れる。

舞妓がいる場所といえば、やはり彼処だろうと提灯が華やかなに並ぶ八坂(やさか)という地域を2人は歩いていた。


「大丈夫か、隼?瞬きが多いが、此処は眩し過ぎるか。速飛も目が良すぎて、明るい所が苦手だったしな。上を見ておきなさい。少しは楽になるだろう」


隼は素直に上をチラリと見るも、上空にも大きな満月があり周囲と空の明るさは変わらなかった。


「あの、俺や母さんと一緒にいて面倒だなって思ったりしないんですか?少し、思うところがあって。貴女は1人でも十分、卒なくこなせる。突き放すつもりはありませんけど、1人でも活動出来ましたよね?」


「そうだな。実際に長らくは1人で活動していたし、速飛とコンビを組んだのはキャリアの中でもほんの少しの期間だったんだ。その頃、山岸は勿論だが光莉や児玉と言った素晴らしい運び屋達が日中活躍していた。その影響もあってか、私達の仕事は減っていった。まさに光と陰のような存在だったと思う。だからこそ、隼。私は君を誇りに思ってる。君は速飛の息子だ。皆、君を思い出せば自ずと母親の事も思い出すだろう。それが堪らなく嬉しいんだ」


「...じゃあ、咲耶さんは?」


彼女は首を傾げ、何度も隼の方を見ている。

時折、目を伏せ悲しい顔をしているのを彼は見逃さなかった。


「さあな、皆揃って「富士」の名は特別だと言うんだ。亡くなった父上からも皆の心に聳え立つ、志しのような物だと教えられてきた。だが、私はそれを知らずに今まで生きてきた。皮肉な物だよな、正直言って焦ったよ。後継者として周囲から期待を寄せられ、切迫詰まっていた時に君の母親に出会ったんだ。君達親子は私にはない視点を持っている。今もそうだろう?夜空は綺麗か、隼?」


「いいえ、月があまりにも大き過ぎて不気味です。街中も眩しいし、貴女の側しか休まる所が無さそうだ」


その言葉に咲耶はクスリと笑うが、それと同時に近くの路地から探していた人物の声がすることに気づき其方へと足を向けた。

《解説》

・海鴎が地図を見せて欲しいとおねだりしていましたが、これは彼の母親の元ネタになったシーボルトが引き起こした「シーボルト事件」に由来します。

元々、阿闍梨が持っている地図は千葉県出身の伊能忠敬が制作した日本地図、伊能図が元ネタです。

現代では人工衛星等を使用して地図を制作するのですが、彼は自らの足で各地を計測しこの地図を完成させました。その正確性は有名ですね。


しかし、彼が存命中にこの地図が完成することはなく死後は弟子達によって制作が進められました。

阿闍梨がこの地図を召喚した際に【画竜点睛】となっていたのは本人が存命時に完成する事がなかった為ですね。

そんな伊能図に魅了された1人がシーボルトであり、その写しを母国に持ち帰ろうと盗んでしまうんですね。

しかし、当たり前ですが国家防衛の為にも外に地理の情報が漏れる事があってはいけない訳です。

シーボルトは処罰を受け、そのまま日本から追放されてしまいました。


・彼の好きなうさこちゃんは本場のオランダ語での名前ですね。口が×になってるキャラクターです。

オランダというか、良くハウステンボスと親和性があってコラボしている印象があったので入れました。

海鴎にはまだ、元ネタとなった人物がいるのですがそれは肆ノ式でご紹介出来たらいいなと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ