第弐拾陸話 夜の女王
「あの、すみません。私達って寝る必要ないんですか?」
「まぁ、念力を大量に扱えば気絶する事はある。だが、使用する事を控えれば回復する。どうしても印を使う以上、自動的に消耗してしまうがな。そのバランスをみて、行動範囲を拡張させたり縮小したりする。それとお前のように夜間適性を持つ運び屋も家系によって存在する。日中は一般人。夜間は個人差もあるが夕暮れ時から早朝にかけて能力の使用が出来る者もいる。あの男も日中は事務作業や研究に没頭し夜間は業務に出ていたから間違いない」
その衝撃的な言葉の羅列に望海は肩を震わせた。
しかし、まだ確証が得られない。と言うより、信じられないのだろう。
もう少し詳細な情報が欲しいと身近な人の例を出してみた。
「私の仕事仲間に生まれつき病弱な方がいて、彼はそれも承知で運び屋に。私達の仲間になってくれました。家柄が特殊なようで、お祖母様が赤い血を持っているんです。かなり濃い物のようで。でも周囲は青い血を持っていて早逝してしまう方も多いそうで本人も寝込む事が多いそうです」
「成る程、その者はかなり祖母の影響を受けているんだろうな。傾倒していると言っても良いのかもしれない。実は友人が教えてくれた事があってな。赤い血は血脈もそうだが、環境も影響されるそうだ。その者は祖母が身近にいないか?或いは教育を受けてないか?すると赤い血の能力を覚醒しやすくなると言われている。それでも、耐えてる方だとおもうがな。例として分かりやすいのは昼間と夜間の運び屋達だな。夜間能力者はその集団に入り込むと同じく、夜間の能力を発動しその能力を活かしやすい」
「ちょっと、待ってください。その言い方だと、例えばですよ?昼間の能力を持つ人が夜間の運び屋に囲まれていたらオセロのように自分も夜間能力を持つと言う事ですか?...もしかして、私って元々昼間の運び屋じゃない?」
彼女の中で様々な疑問符が浮かび上がる。
もし、自分が昼間の運び屋達。光莉や児玉のような仲間に囲まれていたら。そう考えると、背筋が凍った。
今までの自分は一体何者なんだと疑いの目を向けた。
「なんだ、望海は比良坂町で昼間の運び屋をしているのか?大した努力家だな、従来より念力の消費も多いだろうに。自分に縛りでも加えて鍛錬でもしているのか?まぁ、偶にいるからな。適性外の時間に行動出来てしまう者も」
そう言われ、望海は更に身体を震わせる。
何故なら、親子で真逆の行為をしている者がいるからだ。
しかも、エースとして周囲から言われている。
適性外の行為をしているにも関わらずだ。
彼を天才と言わずして誰を天才と呼べば良いのだろうか?
「あ、あの。私の知人にですね。お母様と真逆の行為をしている子がいるんですよ。日中に、壱区ってご存知ですか?そこで運び屋をしていて。親子で合わせると時間帯も地図が全て埋まる人達がいるんです」
「壱区なら知っている、協会。友人の職場がある所だろう?だとしたら、勿体ない事をしているとその者に伝えておけ。望海、お前もだ。お前達の本来の姿はこんなもんじゃないぞ」
その言葉に望海は騒然とし頭を悩ませていた。
やはり、師弟や世襲制度という環境も相まって教える人物の行動にそって自分達も同じ振る舞いをするのが自然の摂理と言う物だろう。
しかし、望海や勿論隼にとってもそれはイレギュラーな行為だと野師屋は教えてくれた。
「は、はい。精進します。でも、どうしようこれから。比良坂町に戻って夜勤をするって言ったってな。今更だし、チームメンバーもいる訳で。体制を変える訳にも行かないし。いや、でも能力を腐らせるのもな」
冷や汗を掻き、悶々と解決しない考えを出している望海を見て彼は珍しく優しい声色で話しかけた。
「望海、大丈夫か?炎が揺らいでいる。心理的ショックがあまりにも大き過ぎたか」
その心遣いに彼女は前向きな気持ちになり顔をあげる。
問題は山積みだが、その中でも分かった事実があるのも確かだった。
その時、ある事に気づき。数日前、会話した瀬璃菜との内容を思い出した。
「ありがとうございます、心配して下さって。貴方の言う通り、今の比良坂町には3人の夜間専門の運び屋がいるんですがその内の1人に色々と質問をした事があって。夜勤は大変じゃないかとか、自分にとってはありふれた話を色々。でも、確かに彼女は休息とは言いましたけど睡眠や寝る事に関しての単語は口にしていませんでした」
「だろうな。おそらく、生活リズムが他の者達とは違うからこそ効率の良い行動を家や周囲から教えられて来たんだろう。改めて、環境の大切さを思い知らされるな」
「そうですね。お兄さんや彼女も日中は趣味を持っていて楽しそうにしているなと感じました。私の周囲は青い血の人が多くて、父からも寝る前に本を読んでもらったりとか昔話を弟と一緒に聞いたりとかしてて、それはそれで楽しい日々を過ごしてました。でも、母親は違くて私に夜中でも勉強を強要したり。弟にも舞台の練習をするように促してたんです。最終的に父の説得で休息も必要だろうと夜間は口出しする事はなくなりましたけど、その分母は焦るように、追い詰められるようになってしまって」
「認識の違いだろうな。母親は赤い血の本質を分かっていた。だが周囲から見れば苛烈な母親だと認識されてしまった。確かに父親の言うように休息は大事だ。運び屋の仕事は精神的に堪える物ばかりだからな。心の平穏を保つ為、趣味に没頭したり青い血の者のように寝る事も必要だ。実際に床に就く事は可能だからな」
で、あればだ。望海の母親はやはり運び屋の家系で生まれた可能性が高いのだが、この彼女も圭太も母親の生い立ちについて知らない事が多い。
しかし、父は何か知っていた。と言うより、母親の味方となり特別視していたなと望海はふと思い出したようだ。
彼女を褒めちぎり、極上の女性。
姉弟は、母親に似て華やかな容姿を持っていると父からも褒められていた。
とりわけ、望海は母に似ていたが瞳の意味合いは違うと不思議な言葉を父に言われていた。
ただ、それも昔の思い出。父はもういない事も合わさり諦めたような仕草で話を続けた。
「言ってしまえば、人間のフリですよね。私、全然自分の事理解出来てなかったな。じゃあ、もしかして私が人間と同じように寝ている間に此処に入り込んでいる可能性があると言う事ですか?」
「あり得るな。夢と現実を行ったり来たりしている可能性が高い。ただ、入り口や出口。その場所や方法を知らない。そうだろう?」
「だったら直ぐにでも此処から出てますからね。過ごしてる期間だけを私達は見てる。この世界に入る前に私は体調を崩して寝込んでいまして、寝落ちと言った方がいいかも知れませんが。この会話から察するに...」
望海は今回の件に対し何かの違和感に気づいたようだ。
本物の彼がこうしていなければ導き出せなかった答えでもある。
「あり得ない、運び屋が風邪を引くなど。確かに、人魚から傷をもらう事もあるがそれがキッカケで感染症になる事はない。あっても傷を負わさせるだけ。死因も老衰か出血性ショック死のみだ。あとは薬物や毒と言った外的要因もあるか。今はもう血が混ざりあって分からなくなっているが本来の赤い血というのはこう言う者達を言う。あとは、如何に青い血の割合が多いかだな。勿論、お前の仕事仲間のように青い血が反応してしまい床に就く者もいる。しかしまぁ、地獄だぞ。寝れないのでは病の完治も遅くなるしな。赤い血の能力で不眠症に近い状態になるだろう。そう言った矛盾点を抱えている者もいると言う事だろうな」
そう断言され、望海は全てを肯定出来ている訳ではないが彼の言葉をしっかりと受け止めるように頷いていた。
しかし、それ以上に怒りの感情が芽生えたのも確かだった。
「じゃあ、私達。誰かに騙されていたんですね。多分、全ての黒幕に。本当にズル賢い奴!全部分かってて、私を騙してたんだ」
「望海、無知なのは罪ではない。最終的に罰が下るのはその無知な人間を利用して搾取してくる奴だ。それがわかれば、もう二度とお前が騙される事はないよ」
「ありがとうございます、野師屋様。お陰で色々な事が分かった気がします。正直言って、私達は雰囲気で自分の能力を使っている事も多かったですし。改めて自分を理解する事ができました」
時間が経ち、団地に戻る頃には夕暮れとなっており望海は彼の世話を他メンバーに任せ出勤する事にした。
真夜中の帝都に望海の姿があった。
自分でも違和感のある行動だと思ってはいたが身体は慣れているのかこの昼夜逆転生活に順応しているようだった。
おそらく、繰り返し起こるループが影響しているのかもしれない。
頼りない淡い光でさえ、彼女にとっては希望の光だった。
それほどまでに、彼女は暗闇の中でも前向きに過ごしていると言う事なのだろう。
そんな彼女を見て、人々は勇気をもらうのかもしれない。
この帝国では沢山のルーツを持つ人々がおり、言語に問題があるように思えたがご都合主義なのか?身体はそれに順応し、自然と相手に合わせていた。
相手の声も店の看板も脳内で勝手に翻訳され、頭の中にスッと入ってくる。
これは目覚めた時にも同じく起きた現象だが、今思えばこれこそ正に異常の産物だと望海は気づいたようだ。
「望海さん、ありがとうございました。夜は危ないですから、お気をつけて」
望海は依頼人が自分の視界からいなくなるまでお辞儀をし彼らを見送る。
望海に与えられた行動範囲は帝都の長春から海も見える東莱という土地だった。
本当に比良坂町とは異なる膨大な行動範囲に望海は困惑しながらも業務をこなしていた。
そんなおり、望海は何かに取り憑かれるようにフラフラと何処かへ行き始めた。
「やっぱり綺麗。夜勤も悪くないな」
落ち込んだ時、望海は花を見る。
それは此方の望海も一緒だったようで夜間に咲く花「月下美人」を見ていた。
「そうだ、これを皆んなに持って行こう。目に見えなくても香りだけも楽しめるよね。...そう言えば、あの偽物は此処の夜を知らないんだっけ。こんなに綺麗なのに、罪な人。いや、最早人なのかすらわからないな。ねぇ、そう思わない?」
そう言いながら望海は目の前の花達に語りかけていた。




