第弐拾参話 理由
「お2人とも、此方です」
先程訪れた道を、再度望海は案内しながら3人で歩を進める。
事前に説明は聞いていたが、育ちの良い2人はこの光景に慣れていないのだろう同じく苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「なんだか、ホームレスとかがいそうな場所だな。その地下に例の奴がいるって事で間違いないか?」
「女性を異常に怖がるという事は、母親や周囲の女性達から酷い目に遭わされてきたのかもしれないね。育児放棄や性的暴行、色んなケースがあると思うが本人が会話出来ない以上はどうする事も出来ないか」
「出来る事なら衛生的にも此処から出して、着替えや食事を与えたいと思います。あの団地は空き部屋も多いですからそれも可能かと」
そのまま地下に降りると、今度は相手が待っていたようで檻の近くにおり、項垂れているようだった。
「これはまた強烈だな。まるで見せ物小屋、動物園みたいじゃないか。おい、大丈夫か?俺達が望海の仲間だ。名前は旭。よろしくな」
旭が挨拶代わりに手を伸ばすと、まるで大事な物を包むかのように手を握り返される。
これは旭本人もだが、他2人も驚いているようだった。
そのあと、斑鳩も相手の視線に合わせしゃがみ込む。
「もう、大丈夫だ。此処にいては更に体調が悪化するだろうし、安全な所に避難しよう。今は何も言わなくて良い。今まで良く頑張ったね」
そう言われると相手は口角を上げており、反対に望海は項垂れているようだった。
男女でこんなにも対応が違うと落ち込む他にないだろう。
そのあと、団地まで移動するとエントランス付近に光莉の姿があった。
「なんだよ、皆んなしてどっか行っちゃってさ!...っていうかその人?最早、人なの?誰?」
「すみません、私が見つけてきたんですけど相手にされなくて。女性を怖がっているみたいなんです。だから、お2人に頼んで救出の手伝いをして頂いてました」
「へぇ、だとしてもそんな格好じゃ家に上げられないでしょ?それなら、望海。私達で服とか石鹸とか買い出しに行こう。団地内に店舗が入ってるとおもうし。理髪店はやってないし、また明日かな」
そのあと、風呂や着替えを旭や斑鳩で行い食事の準備を光莉と望海で行い役割分担するようだ。
買い出しを終え、自宅のキッチンで料理をする光莉と望海の姿があった。
どうやら鍋でお湯を沸かしているようである。
「そういえば、野師屋様ってまだ事務所にいらっしゃるんですかね?」
「いや、真夜中だしもう帰ってると思うよ。でもさ、ミステリアスだよね。何処に住んでるのかも私達知らないしさ、でも噂じゃ御曹司とか皇族出身とか言われてるらしいじゃん?やっぱ大きな豪邸にでも住んでるのかね?」
「光莉は夢を見過ぎですよ。でも、野師屋様には大きなお城が似合うと思うんですよね。きっと今頃、豪勢な食事を楽しんでいるんだろうな。私達とは違って」
「悪かったね、袋のラーメンで!これと高い卵しか売ってなかったんだよ!そうだ、この麺を砕いてアイスに乗せようよ!甘酸っぱくて美味しいよ」
普段から利用する事務所を集合場所にし、5人で夜食を食べるようだ。
「どうやら、栄養失調で視力が殆どない状態みたいだ。鈴を付けた杖を彼に渡してある。可哀想に、誰がこんな事を」
どうやら、救助された人物は盲目の青年のようだ。
足も細く、一歩間違えば歩行困難に陥っていたかもしれない。
彼は旭や斑鳩に支えられながら事務所へと入ってきた。
それと同時に光莉は右耳に太陽を模した耳飾りがある事に気づく。
髪に隠れて今まで気が付かなかったのだろう、それは野師屋が普段付けている物と瓜二つだった。
「それって、野師屋様と同じ物じゃん。今、流行ってるの?」
「そんな話聞いた事もありませんけどね。でも、偶然にしては出来過ぎてますよね。なんか、目の前の彼と背丈も似てませんか?もしかして実は双子で入れ替わってるとか?」
そう言われると青年は怯えてしまい旭の後ろに隠れるように彼女から離れる仕草をした。
「おい望海、詮索ならそれぐらいにしとけよ。彼も怯えてるじゃないか。そんな発想何処から出たんだよ」
「偶然ですよ。以前、私が圭太に変装する場面を見せた時に節子さんが楽しそうにミステリー小説のように物語の途中で双子が入れ替わってるみたいだと言われまして」
「それ、私も聞いた。まぁ、安直なトリックではあると思うけど案外読んでる最中は気づかなかったりするんだよね。結果だとそうなってたっていうのが一番多いとおもうし。それで、名探偵望海はどんな推理をしたの?圭太君お墨付きのその直感で何か分かった?」
光莉の問いかけに望海は少し困った様子ながらも自分の考えを述べた。
「そんな推理と言える程の物ではないんですが、後で自宅でお話しします。では、今日はこの辺でお開きにしましょう。それではおやすみなさい」
《解説》
野師屋がこうなってしまった理由なんですけど、これでも元ネタよりマイルドにはしてるんですが。
旧満洲国の皇帝である愛新覚羅溥儀とその妃である婉容がモデルとなっているんですが、後者の人生だったり波瀾万丈で。
2人の夫婦生活は冷え切っていて、婉容はそれに耐えられず土地柄もありアヘンに手を出してしまうんですね。
その為か錯乱、幻覚を見る事もあり会食の際の北京ダックを鷲掴みし、そのまま頬張るといった妃らしからぬ行動をとるようになったと言われています。
彼女の最後は言ってしまえば胸糞悪い物で夫や家族にも見放され、敗戦後、捉えられ彼のように化粧は勿論、衣服も髪もボロボロで周囲も見てられない。
一国の妃の姿なのかと言われていたそうです。




