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第拾捌話 月夜

「済まない、食事中なのに長話をしてしまったな。このような場所に来て不安な事も多いだろう。富士宮家は君を歓迎する。事態が収まるまで此処にいてもらって構わない。夜間は私も業務に出ているし、何かあれば使用人に頼んでくれ」


「貴女、夜間の運び屋なのか。うちの母さんと一緒だ」


そう言われ、富士宮は動転し自身の持っていた資料の束を落としてしまう。それを隼は冷静に拾った。


「う...嘘だ!何かの間違いだろう、肆区の運び屋なんて私と速飛以外いないじゃないか」


「母さん、職場で旧姓使ってたのか。今は松浪タスク。父さんが壱区の音大の講師をしてて家族で引っ越したんだ。母さんはもう引退して家にいる」


そう言われた富士宮は顔を真っ青にし、今にも倒れそうになる。

タスクは元々、若々しく見える事もあり富士宮は自分と同じぐらいの年だと誤認していたようだ。

家庭の話なども聞いた事がなかったし、結婚し子供がいる事など論外であった。


目の前に20歳前後とかなり大きな息子がいる事に衝撃を隠せなかった。


「...う、嘘だろ。なら、私より10歳か15歳上じゃないと可笑しいじゃないか。なんで何も教えてくれなかったんだ」


「母さん、基本的に仕事人間で家事とか育児とかは父さんとかベビーシッターに頼んでたから俺との時間なんか殆どなかったに等しいし、俺も話せるような思い出もないしな。本当に身体だけ大きくなったみたいな感じだし。俺も周囲から子供扱いされてるしな」


「はぁ、そのような女性を美魔女とでも言うのかもしれないな。確かに速飛は天才肌だった。成る程、その息子という事か。エースと言われるのも案外納得出来るな。...ところで隼。両親が不仲という話は聞いてないか?」


「...いや、そんな話聞いた事もないけど。じゃなかったら、わざわざ母さん引退して壱区になんか行かないし」


「そ、そうだよな。...そうだよな。隼、突然なんだが私の婿に来ないか?速飛の息子なんだろう?血統的にも十分富士宮家の婿に相応しい筈だ!間接的に速飛と結婚出来るしな!」


そのあと、富士宮は隼から鋭いツッコミを受けこの話は一旦なかった事になった。


「貴女が好きなのは俺じゃなくて母さんでしょう?別に母さんは貴女の思いを聞かされても嫌がる事はありませんよ。息子の俺が補償します。だから、身投げするような事はしないでください。貴女が名門の家の出身であるならばもっと堂々としていればいいんです。結果はそのあとにでも付いて来ますから」


「思い人の息子に説教されるのは私以外この世に存在しないだろうな。隼、申し訳ない事をした。何より君の気持ちを()(にじ)る行為だったな」


「本当です。だからまずは交換日記から始めましょう。お互いの事を良く知ってからでないと何も始まりませんから」


「...ほぇ?」


隼の斜め上の返答に富士宮は呆然と立ち尽くしていた。


「お嬢様行ってらっしゃいませ」

「咲耶さん、気をつけて」


「...あ。あぁ、行って来ます」


夜も近づき、広い玄関で使用人と何故か隼に見送られ富士宮は壱区の城へと向かう事にした。


「隼、今日は済まないが留守番を頼む。君の事だ、直ぐにでもこの帝国の運び屋として活躍出来るだろう。本格的な活動はまた明日私からの話があるまで少し待っていてくれ」


「分かった。正直、不気味な事が多すぎて出歩くのは控えたい所だったし、俺としても異論はない。それと貴女の頭に桜の花びらがついてる。本当に時間の流れがおかしくなってるな。向こうはまず桜の季節ではないし。どうなっているんだ?」


彼女から取り除いた花びらをみながら、隼は悶々と考えているようだ。

そんな彼の邪魔をしては悪いと咲耶は立ち去る事にした。



『富士宮、済まないが大変な事になっているようでね。この帝国に比良坂町からの運び屋が紛れ込んでいるようだ。優秀な其方からの協力を仰ぎたいと私は思っている』


「勿体なきお言葉、この富士宮咲耶。殿の右腕として相応しい活躍をしてみせます。実は豊前の方でもそれらしき青年を見つけまして。今、邸宅にて保護をしております。ただ、記憶が混濁しているようで。身分が分かり次第、ご報告させていただければと」


『あい、分かった。青年もこのような場所に来て驚いている事だろう。しかし、此処の月はいい物よ。存分に美しい』


彼は庭から見える月を仰ぎ見る。

その瞳は輝いて見えるが、夢中と言うよりも魅入られてるように富士宮にはみえた。


「...そうでございますね。まるで姫君が月から降りてくるようだ。では、業務がありますのでこれにて失礼させて頂きます」


そのあと、彼女は廊下に出て月を見ながら険しい顔をした。


「この月が美しい?馬鹿も休み休み言え。こんな不気味な物、“本物”の殿であれば嘆き悲しむであろう。まずは正確な地図を手に入れなければ。阿闍梨はいるだろうか?」



それと同じ頃、富士宮家の邸宅では隼が何か読み物をしており後ろから使用人に声をかけられているようだ。


「若旦那様、何やら熱心に資料をお読みになられているようですね。よろしければお茶と由布院(ゆふいん)家御用達の温泉饅頭は如何ですか?」


「...ん?じゃあ、お願い」


集中していたのか?途中何を言っているのか分からなかったが隼は気を取り直し、先程から目に通していた富士宮家にある古い資料を読んでいるようだった。


「今日の夕刊の日付は8月21日。現実世界とも違う。それ以上に気候が完全に春だし、見間違いでなければ昨日も今日も満月だ。月の満ち欠けがない。咲耶さんが此処に来たには約1週間前だとすれば8月14日、又は15日になる」


そうメモ書きをしながら現在の日時や月の満ち欠けを調べているようだ。


「南半球?だとすれば、空の星座がそもそも違う筈。節子嬢ならそう言うのも詳しそうだけどな。良く、博物館に出入りしていると言っていたし。俺は天文学には疎いからな、此処に詳しい人がいればいいんだが本格的に行動するのはまた明日になりそうだな」



そのあと、城から出た富士宮は橋の上で月を見上げる阿闍梨の姿を目にし安堵と同時に驚愕の表情を浮かべた。


「咲耶さん、こんばんは。この月、毎度模様が変わるようですね。本当に気味が悪い。今日は猫のような形をしているようですね」


「1番奇妙なのはこの月を美しいと愛ている者だ。私からすれば一昨日振りだな。隼から聞いている、外と此方とでは時の流れが異なるようだな」


そう言われた阿闍梨は慌てて自身の持っていた風呂敷を広げ、タスクの羽織を見せると彼女は涙を流した。


「これを...何処で」


「これは隼さんの母親であるタスクさんから受け取った物です。貴女も彼女の事はご存知でしょう。実は以前から隼さんが比良坂町の門から此方に出入りしているとお聞きしまして。しかし、私もそうなのですが此方に持っていく事が出来る道具は僅か。おそらく、通常の武器の使用は出来ない。しかし、この羽織であればそれを突破する事が出来ると彼の身を守る為にもこれを運んでいる途中なのです」


「成る程。隼は今、私の邸宅に滞在している。私の方から彼に説明する方がいいだろう。これから、運び屋業務に就いてもらいたいと考えていたしな。一度、預かろう。それと少し話をしたい事があるんだ。夜道を歩かないか?」


そのあと2人は夜風を感じながら城付近を周回するように歩いているようだ。


「私達富士宮家は運び屋の名門であると同時に、会長補佐として代々その役目を請け負って来た。誰よりどの家よりも比良坂町の運び屋を見てきたと自負している。私から言わせればこの城にいる殿、朝風会長は偽物だ。過去に残された文献と彼の特徴があまりにも一致してなさすぎる」


“偽物”という言葉に真実を知る阿闍梨は内心動揺を隠せなかった。

しかし、此処で富士宮の意見に対し簡単に同意するというのも難しかった。

何故なら、偽物である事も重々承知した上で相手が化けている可能性があるからだ。

それほどまでに偽物の正体というのは厄介極まりない。

まず、阿闍梨は質問を投げかける事にした。


「その真偽という物はどうやって見抜いたのですか?」


「殿は自身の(ふところ)を武器倉庫と呼び、多数の武器を展開される。その中でも特徴的なのが写真機と三種の神器だ」


「確か、三種の神器は御三家の皆さんがそれぞれ分けて管理されているそうですね」


「その通り。殿はその全ての開発者であり使用出来る存在でもある。殿の凄さというのは迅速な業務や会長としてのカリスマ性とは異なる。武器開発や研究は勿論の事、優秀な人材を集める慧眼(けいがん)にあるとされている。言えば、開発や人事に特化した人物と言う事だな。ただ、今の殿にはそれがない。研究熱心な姿は勿論、人材をかき集める事もなさらない。違和感の固まりでしかないのだ。それ以上に矛盾点がある」


「矛盾点?」


咲耶はその疑問に応えるように自身の羽織はもちろん、タスクの羽織を広げて見せた。


「殿はこの羽織の開発者であり、それをバラバラにいる自身の子孫に贈ったそうだ。主従関係である富士宮家にも信頼の証としてこれが贈られた。だが、自身は晩年洋服を好み羽織を着込む事はなかった。殿は器用な方のようで自身のコートにその武器達を仕舞われているらしい。だとすれば、あのような和装は違和感でしかないと言う事になる。「殿」という言葉だけで浅はかに城に佇む和装の老人を演じているのだ、忌々(いまいま)しい奴め」


それを聞き、阿闍梨はこの後の予定について話を始めた。

彼は富士宮をある人物と引き合わせたいと考えているようだ。


「もしこの後時間がありましたら、ご一緒しては頂けませんか?本当は女性に見せるな入らせるなと言われているのですが、貴女であれば大丈夫でしょう。殿はお怒りになられると思いますが」


「もしやそれは...大丈夫だ覚悟は出来ている。私を本物の殿の元に案内してくれ!今すぐにだ!」

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