第拾陸話 一変
朱鷺田がいるのは何故か、とあるアパートの一室だった。
その中にある姿見で自身の服装を後ろ前と確認し、そのあと顔や身体の感覚を確かめるように触っているようだ。
「ど、どうなってるんだよこれ」
赤い髪は健在だが、クリーム色の上着を着ており普段、着物姿の彼とは似つかない格好をしている。
それでも、この制服は特別な物という認識は変わらなかった。
「旭は?谷川は何処だ?」
いつも、誰かと一緒にいる事の多い朱鷺田の為。側に誰かがいないとパニックになるのは明白だった。
「とりあえず、誰かと合流しないと。と言うか、移動出来るのか?それすらも不明なんだが」
意識を集中させ、自分の印の場所を探る。
しかし、そのあと彼は顔を真っ青にした。
点在している自身の印の場所間隔があまりにも可笑しい。
比良坂町は本来、縦横どちらも約20kmに収まっている。
下手をすれば、ひと間隔に20km以上の長さが収まる程に朱鷺田の行動範囲は膨張していた。
「なんだよこれ、担当範囲が膨大すぎる。比良坂町の比じゃないぞどうなってるんだ!?」
室内を物色すると運び屋にとってはマストアイテムである地図が出てきた。だがそれでもなお、帝国本土を全て知る事は叶わない。
それに引き換え、外に海がある事は彼にも理解出来るのだが海岸線があまりにも大雑把であり比良坂町の地図の方がまだ詳細が掴める程に頼りなかった。
しかし、そんな中で朱鷺田はある事に気づいた。
この夢の世界と比良坂町にはある共通点があるようだ。
「比良坂町と同じ地名が結構あるな。忍岡、氷川、和田、それに越後もある。此処はそもそも何処なんだ?」
外の景色を見ると以前、壁に囲まれた当時の比良坂町と似たような景色だなと朱鷺田は感じる。
ただ、石畳の多い比良坂町に対して此方は土道が多いという印象だ。
それと同時に、異文化が入って来ているのか?所々、西洋風の建物も見受けられる。
「...過去に飛ばされた?いや、此処はそもそも夢の中だ。もしかして、比良坂町は此処を模して作られたのか?いや、そんな事...」
だか、あり得ない話ではないのだ。
地名というのは、少なからず歴史を反映させる物だ。
比良坂町の歴史にも詳しい朱鷺田なら、それは十分に分かっている事だろう。それに何処か“懐かしさ”を感じる。
直感的にそれは彼も感じとっていた。
「ようやく、旭と穏やかな日々を送れると思ったのに。もう離れ離れか。まぁ、俺達らしいか。大丈夫さ、別れと出会いを繰り返せばそれは永遠になるんだから。俺たちの仲は永遠だ」
その思いを自分に言い聞かせ、胸にしまうと朱鷺田は動き出した。
とりあえず、比良坂町と同じ容量で人がいそうである忍岡に移動する事にした。
「谷川!!」
いつもの叫び声に彼女も安心したように振り向き直様朱鷺田の方へと駆け寄るが口調は勿論、動作もしどろもどろでぎこちない態度を隠しきれていないようだ。
それほどまでに動揺しているという事だろう。
「ごめんね、みどり君。合流が遅くなって、何か谷川さんの移動範囲が可笑しいんだよ。比良坂町と全然違うの」
「それは俺も認識してる。とにかく、無事で良かった。旭は...見てないか?」
彼は左右を見渡し、旭の姿を探そうとするが今は何処にもいないようだ。
その言葉に谷川は申し訳無さそうに首を横に振る。
朱鷺田は彼女に気を落とすなと労いの言葉をかけた。
そのあとだった、もう1人同じく此方へと駆け寄ってきたのだ。
同じく顔を真っ青にしながら、自分の存在に気づいてもらえるよう大きく手を振る1人の男性がいた。
「朱鷺田!谷川!良かった、無事だったか!?」
「山岸!お前も巻きこまれたのか。これは大変なことになったな。集団で同じ夢を見ているという事か」
「だろうな。ただ、颯と小町がいないんだ。何か夢に入るには特別な条件が必要なのかもな。出来るだけ不来方や千体の方でメンバーと合流してきた。さっきも那須野に会えたしな。皆んな担当場所が変わってパニックになってる。格好も違うのに変えられて...グズっ。隼君とお揃いにしたかったのに。しかも本人も何処かに行っちゃって、俺ウザいって思われたかな」
その言葉に朱鷺田と谷川は呆れながら今後の事を相談する事にした。
「とりあえず、山岸と同じように可能な限り他のメンバーと合流しよう。まずはリーダーである児玉さんを見つけないとな」
「それについてなんだが、まずは協会に行ってみないか?」
その言葉に朱鷺田は目を見開いた。
協会と言えば比良坂町にある施設だ。
それがこの世界にも存在するのかと疑問を投げかけた。
「此処にも協会があるのか?でも、敷島家の屋敷なんてないだろう?」
同じ忍岡にいるものの確かにそのような建物を見る事はなかった。
此処は比良坂町と異なる存在なのは山岸も周知の事実だが付け足すようにこう言った。
「朱鷺田、谷川。見えるか?あの巨城。あれって協会の近くに存在してるんだよ。しかもだ、ある噂話を聞いたんだ。彼処には“殿様”がいるってな」
それと同時刻、児玉と燕は何故かその城の中におり冷や汗をかきながら何処かの居間で誰かが来るのを待っていた。
2人並んで正座をし、お互い小声で何か話をしているようだ。
「どうしよう、玉ちゃん。燕、こんな所にいて良いのかな?瑞穂や咲羅達は何処なの?」
「やめてくれよ。俺を1人にしないでくれ。望海も光莉も側にいないんだ。こんな事、初めての事態だぞ」
そのあと、優雅な足取りで朝風が現れる。
いや、これはもう何かが彼に擬態していると言ってもいいだろう
しかし、完全な擬態というよりも化けた本人が自分の都合の良いように仕草や口調を変えているのだろう。
最早人間関係の上書き、乗っ取りと言っても差し支えない。
しかし、そんな事も知らぬ2人は素直に彼の話を聴いていた。
『顔を上げなさい。そんなに畏まらなくて良い。私の名は朝風暁。皆からは殿と呼ばれている。児玉と燕だな。其方達の事は良く知っているよ』
その言葉に2人は顔を上げた。
顔見知りがいる事に安堵を覚えたらしい。
その中で燕は自身を指差しているようだ。
「燕達の事を知っているの?」
『勿論だとも、信頼の厚い仕事仲間だ。私は一応、運び屋の頭領をさせてもらっている。この帝国に君達の仲間が姿を変え、散り散りになっているのも把握済みだ。“あの病の仕業と見て良いだろう”』
現在、運び屋に起こっている病がこの現象とどう結びつくのかは不明瞭である。
しかし、夢を見る現象自体は比良坂町が解放される以前から個々に起こっていた現象でもある。
何かの拍子に引き金が引かれ、今回の騒動が起こった。
今考えられるのはこのくらいだろうか?
その彼の言葉に児玉は口を開いた。
自分達の目的はただ一つ、この夢から覚め現実世界に帰る事に尽きる。
「俺達は元の現実世界に帰らないといけないんだ。殿、俺たちはどうすれば良い?」
『とりあえず、私の行動範囲的に協会から赤間までは移動可能だ。それは2人も粗方一緒だろう。この膨大な帝国を駆け抜けて仲間を探し出さなくてはならない。出来るか?』
「出来る?じゃなくてしないといけないんだよ。ねっ、玉ちゃん!」
「そうだな。しばらくは燕が俺の相棒になりそうだな、よろしく頼むよ」
そのあと、2人は夜まで小坂で仲間を捜索するも中々巡り会う事が出来なかった。
そんな中で児玉は市民達にある渾名で呼ばれている事に気づく。
呆れる児玉に対し、燕は面白いなと笑っているようだった。
「“愛妻”って。俺は男だぞ、なんでそう言われなきゃならないんだ」
「いいじゃん、玉ちゃん!実際に光莉ちゃんの女房役みたいな所もあるし。なんか、日帰りで玉ちゃんが依頼人を運んでくれるから浮気が防止出来るって意味で愛妻らしいね」
「成る程な。人間って言うのは面白い事を思いつくな。それにしても、何でだ?普段ならここに希輝達もいる筈なんだけどな。比良坂町と此方とでは違うって事なのか?」
「燕だって、担当変わっちゃってるし皆んなバラバラになっちゃたのかもね。...えっ、ねぇ玉ちゃん。あれ、火事じゃない?」
洛陽の方だろうか?山際が真っ赤に染まっている。しかし、周囲で騒いでいる人などいない。
まるでなかったのか?当たり前になってしまったのか?慌てている自分達が可笑しいと思ってしまう程だった。
そんな時だった。目の前に1人の運び屋が現れる。それが剣城だった。
「剣城、無事だったか!所でお前も見てくれないか?あの山、どう見ても可笑しいだろ」
「あぁ、先程越後の方にも行って来たんだ。そしたらどうした事か、目の前に狐火があった。異国の伝承的にな」
“狐火”と聴いて燕はある物を連想したようだ。
「それって、まさか!でもおかしくない?こんな所で見れるの?」
「確かに可笑しな話だ。夢の中とは言えどうなってるんだ?不気味過ぎるぞ」
その不思議な現象に3人は頭を抱えていた。




