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第拾壱話 牢獄

その翌日、望海は体調が中々戻らず会議に欠席する事になった。

運び屋の顔である彼女が仕方ないとは言え、欠席する事は異常事態の予兆と言っても差し支えないだろう。


そんな中で会議の数分前に到着した旭と谷川はこれから会議室へと向かう朱鷺田を屋上で見送るようだ。


「みどり君、行ってらっしゃい。谷川さんと旭はここで遊んでるからさ。旭、何する?花札?将棋?チェス?便利だよねあの秘密基地、一生遊んでいられるよ。後で此処に持ってこようか」


「鞠理、俺たちは遊びに来たんじゃないんだぞ。でも、そうだな。この前舞子と五目並べをした時危うく負けそうになったからな。練習に付き合ってくれよ」


そう言うと2人は楽しげに囲碁の準備をするようだ。

そんな様子を朱鷺田は呆れながらも笑顔で見ていた。


「じゃあ、会議が終わったら連絡するよ。俺を置いて帰るなよ。先に帰ったら夕飯抜きだからな」


「分かってるよ、オッチャホイ楽しみにしてる。じゃあ、頼んだぞトッキー」


お互い、何事もなく笑顔で見送っていたがこの後とんでもない事になるなど今の旭達は知るよしもない。

その一方で会議室では何故か山岸の大声が会場内に響いていた。


「ダメダメ!これから白衣を着て来るのは禁止!那須野の格好良さが皆にバレちゃうだろ!」


どうやら那須野は歯科医としての仕事を終わらせた後、白衣と青い手術着姿でそのまま出席しようとしたようである。

その証拠に首にはピンク色の紐で吊された歯科医院の名札があった。


「悪い、悪い。着替える時間がなくてよ。良く考えたらそのままの格好で出歩いた方が効率が良いと思ってさ。Dr.黄泉や愛が来るならこの格好でも浮かないだろ」


そんな会話を側にいた青葉や颯など他のグループメンバーは呆れながらその会話を聞いていた。


「別にいいじゃない。運び屋の服装なんて基本的に自由なんだから。何、寿彦さん?朱鷺田さん家と一緒で夕飯抜きになりたいの?今夜の芋煮会は中止かしら」


「だとよ、隼。バーガーでも食って帰るか」


「颯先輩、バニラシェイクも追加でお願いします」


それぞれが気の抜けた会話をする中、何処か余裕のなさそうな表情をする光莉と児玉の姿があった。


「光莉、どうした?顔色が悪いぞ?もしかして望海の風邪が移ったか?後で黄泉に診てもらえ」


「ううん、違うの。自分でも良く分からないんだ。なんか、今朝の夢の感覚が消えてなくてさ。地に足がついてないというか現実なのに現実見がないんだよね。あはは、私何言ってるんだろ。...本当にDr.黄泉に診てもらった方がいいかも」


それと同時刻、自宅でタスクからの手紙を読む阿闍梨の姿があった。

その顔は険しく、一語一句真剣な表情でそれを読み進めていた。


「お兄ちゃん、もうそろそろ会議の時間じゃない?行かなくて良かったの?」


「会議の内容は後日Dr.黄泉からお聞きします。それよりも今朝届いた手紙が気がかりで。…これはまた、思っている以上に深刻なようですね」


その言葉を聞き、実梨も心配し覗き込むように手紙の内容を見ているようだ。


「...尾行。タスクさんわざわざそんな事までしてくれたんだ。しかも、陸奥にも門があったってこれじゃあ誰が何処から出入りしてるのか分からないよ。そして隼さんは真夜中になるとそこに行くんだ。でもその先は分からないと」


「そのようですね。そもそもこの門自体は旧秋津基地のメンバーが作りあげた物です。我々運び屋は何も知らずに生きてきた。それか、潜在的に知った上で今まで利用して来たのか。中々にスケールが大きくなってきましたね。ですが、今からこの門を閉鎖する事は不可能だ。行方不明になった運び屋がこの中にいるのなら尚更」


「お兄ちゃん、私達は元々秋津基地の人達に仲間を人質に取られていたのかな。だとしたら、以前の比良坂町の方が平和だったんじゃ」


そう言われ、彼は深刻な表情で下を俯き考えた後答えが出たのか真っ直ぐと妹の顔を見た。


「いいえ、それは絶対にあり得ません。比良坂町を解放出来た事は素直に喜ぶべき事です。それに夢の中にいた咲耶さんは仲間の事を心配はしていましたがご自身が苦しいとは言ってもいないですし、感じてないのでしょう。ただ、問題なのは私もそうですし、比良坂町の運び屋が夢の世界に入った時、自分の身を守る手段があるかどうか?それが未だに不明なのです。安全の確保が出来ない以上、夢の世界の探索は不可能。そう言わざる負えません」


「確かに、Dr.黄泉の近代的な道具が使えるとも限らないしね。あれはきちんと電波の届く整備された環境だから出来るのであって、彼方の世界では不可能に近いだろうし...」


しかし、実梨の言葉を聞いて阿闍梨は何か思い出したかのように嬉しそうに彼女の手を握った。


「実梨!あの羽織ですよ!マダムが着こなしていたあの羽織!咲耶さんも夢の中であれを使用していた。であれば、あれこそが対抗策となるのでは!?こうしてはいられません、マダムに借りれないか交渉しなければ!」


阿闍梨は直様手紙にも書かれていた連絡先を通じてタスクと再会。

待ち合わせ場所は以前も使用した例の地下室だ。


「別に構わないけど、正直言って私も雰囲気で使ってるから咲耶のように使い方を教えるみたいな事は出来ないのよね。彼女が言うには各々の血統によって能力が反映されるって聞いた事はあるんだけど小難しい話ばかりで」


羽織を渡された阿闍梨は直様着てみる事にしたが感覚は異質な物を着込んでいるという印象はなく、何処にでもありそうな青い羽織という感じだ。


「道具は使えればこっちの物ですからね。さぁ、行きますよ!出でよ!アルティメット!エクストリーム!風!」


「いや、なんで横文字が続いていたのに最後だけ風なの?やめてよお兄ちゃん、覚えたての言葉を使う中学二年生みたいな事しないで恥ずかしい。...という事か全然何も起こらないし」


確かにタスクが首を傾げる程、周囲に変化もなくただ静寂だけが流れていた。

改めて彼女が羽織を確認するがタスクが使うとフワッと浮き上がる程の風がまるで風神の持つ袋のように羽織も膨れ上がっている。

これには兄妹も拍手をする他なかった。


「ブラボー!しかし、門を潜る事が出来ないマダムが使用出来ても仕方ない。それ以上に勿体ないと思いませんか?あれだけの突風と業火を使いこなす運び屋に後継者がいないとは。そう言えば息子さんはこれを使用された事はないんですか?」


そう言われるとタスクは何か思い出に浸るように話を始めた。


「隼がまだ幼い頃にこの羽織に興味を持って私が寝ている隙に着ちゃった事があったの。そしたら急に浮き出して、もう号泣よ。何とか捕まえて、抱きしめたけど一向に泣き止んでくれなくて。懐かしいわ、あの頃は私の真似をしてくれて。「おしごとがんばってね」ってパパと一緒に見送ってくれたけど今はそうじゃないし」


「じゃあ、隼さんはこれを使いこなす素質があるって事だよね。お兄ちゃん、事情を説明して羽織を彼に渡せないかな?」


「渡すにしても現実世界ではなく、夢の世界でないと意味がないでしょう?どれだけ此方で説得しても、現実味もありませんしね。...まさか、私にこれを運べと?」


実梨は手持ちの風呂敷にその羽織を包み彼に渡そうとするが、阿闍梨は冷や汗を掻き一向に受け取ろうとしない。


「いやいや無理ですよ!私、今まで正式に依頼など受けた事がないんですよ!現実に存在しないから幻の運び屋と呼ばれているのに急にデリバリーしろと言われましても!」


「何びびってるの!お兄ちゃん、前に言ってくれたよね?幻は存在するから幻なんだって。私のお兄ちゃんは特別なの!存在するとかしないとか、そんなの関係ない!それを跳ね除けて成田阿闍梨という存在を証明して。お兄ちゃんが向こう側に行けるのは多分そう言う存在だからだと私は思ってる。幻影だからこそ、何処にでも居られる、存在出来るんだよ。自分でも本当は分かっているんでしょう?」


そう言われてしまえばもう彼の意思は決まったも当然だろう。阿闍梨は大事そうにその荷物を受け取った。


「じゃあ、幻の運び屋さんその荷物をお願いね。きっと息子の力になってくれると思うわ。夜勤の運び屋って富士宮家とか朝風の宗家の影響で独特な仕事道具を昔から使うから今の子達とは勝手が違う所もあるのよね。若い子達は近代装備を使ってるみたいだけど。そう言えば、さっきからずっと上で音がするみたいだけど何かあったのかしら?今日って会議室使ってるって聞いてたけど」


確かにタスクの言う通り何か慌てるような足音が無数に聞こえてくる。

その光景に成田兄妹は首を傾げているようだ。


数分前会議の最中での事だ、とある人物の無線機が鳴った。


「朱鷺田、お前のじゃないか?旭か谷川なのか分からないけど」


近くにいた山岸にそう言われ、朱鷺田は慌てて席を外すと顔を真っ青にしながらも大声でこう言った。


「旭が屋上で倒れた!黄泉先生!愛!俺と一緒に来てくれ!」


その言葉に2人は顔を真っ青にしながらも朱鷺田についていくようだ。


「皆さん、落ち着いてください。イレギュラーな事態ですが、お静かに。まだ会議は終わっていません」


そんな中で1人残された初嶺は皆を落ち着かせようと、残された人達を席へと戻した。

しかし、とある人物もまた身体に異変をきたしていた。


「旭!ねぇ、急にどうしちゃったの!どうしよう、意識がないよ!」


谷川が彼を抱き抱え、脈などを測るが次第に弱くなっているのを感じる。

そのあと朱鷺田達も駆けつけると皆、目を見開き黄泉と愛は治療に当たる。

側で見ていた朱鷺田は今にも泣き崩れそうになっていた。


「旭!どうして!急に倒れるなんて可笑しいだろ!なぁ、お願いだよ!目を覚ましてくれ!」


それと同じく会議室でも異変が起きていた。

光莉が急に椅子から倒れ、顔を真っ青にし意識がない。

児玉がなんとか、倒れそうになる光莉を抱き抱えるもののこの異常事態に手は勿論、身体を震わせていた。


「...嘘だろ。おい!おい、光莉!どうなってるんだ!」


「...や」


その時だった、旭も光莉も同じタイミングで目を開けそれぞれ朱鷺田と児玉の胸倉を掴むと訴えるようにこう言った。


「「野師屋(やしや)様は何処だ!頭領であるあのお方は何処にいる!」」


そのあと、自宅にいた望海も同じく床に就き涙を流しながらこう言った。


「....野師屋(やしや)亜門(あもん)様。私達の頭領。崇高なる存在。あのお方は私達の太陽」だと。

            ・

            ・

            ・

『おい、聞こえるか?返事でもしたらどうだ?どうやら仲間達がお前の事に気づいたようだぞ』


何処かも分からぬ地下牢に退屈そうに欠伸をしながら声をかける1人の青年がいた。

左耳にある太陽を模した耳飾りを何度も触っているようだ。


「...うぅ....あぁ」


牢獄の中にいる動物は呻き声をあげるものの会話がまともに成立しない。

次第に姿が見えてくるとどうやら人である事が分かる。

しかし服も髪もボロボロで目の焦点すら定まっていない。

最早、人と言っても良いのか疑うような状態だった。


『全く、俺が直々に潰してやろうと思ったのに勝手に自滅しやがって。“向こう”もそうだ。まぁ、少しは面白い事をしてくるようになったがな。おっといけない。お前の声を忘れる所だった』


すると発声練習をするように何度も単語を呟いているようなのだが不気味な事に全ての声が老若男女別人に聞こえる。

まるで生まれつき喉に変声機を持っているのではないか?と疑いたくなる程だった。


『では行ってくるよ。お前が望むならいつでも出られるようにしておくよ』


そのあと、謎の青年はその場から姿を消した。


《解説》

・オッチャホイっていう謎の名前の料理なんですが、一時期とある映画で流行って騒がれてましたね。

元々は新潟県の郷土料理というか、東南アジア系の料理店で考案された焼うどんの麺はきしめんのような料理ですね。


・同じく芋煮会は山形県や宮城県で行われる季節行事となっています。バーベキュー大会と同じような扱いをされるそうですね。


・那須野が白衣や手術着を身につけているのは、3月のダイヤ改正でやまびことつばさがE5系とE8系で連結するの事が多くなり。なすのがE2系を使用する場面が多くなったからですね。

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