第壱話 生き残り
時折、夢を見る。
何かが崩壊していくような、全てを無くしてしまうような。
全てに絶望し、私の希望も虚しく散っていく。
もう、朝日を拝む事も。光を掴む事も。平和の象徴である鳩でさえ何処にもいない。
そんな中に私はいる。
「ねぇ、お姉ちゃん?何処なの?お姉ちゃん?」
こんなのいつもの私ではない。そんな事は分かりきっている。
私は姉を呼ぶ妹ではない。矛盾に聞こえるかもしれないが、私が姉なのだ。
視界が眩む。まるで古ぼけたセピア色の写真のように私の目には映る。
フラフラと歩を進めながら崩壊した建物を見ながら姉の姿を探す。
こんなにも夜が憎いと思った事はなかった。
いつだって、夜空は私の味方であり心の拠り所。
しかしそれを裏切るように家屋が、木や花々達が燃え上がり灰のように散り、去って行く。
夜空はそれにより炎上し、目が霞み、涙が止まらず、喉も痛い。
この光景を何度見た事だろう。
どうしてこの夢は、悪夢は何度も何度も私を蝕むのだろう。
わからない。私は自分の事さえも、全てを理解出来ているわけではない。
時折、思うのだ。自分は無意識に自分を偽っているのではないか?と。
何か隠し事をしているのではないか?と。
しかし、夢の中で意識が遠のき目を覚ます頃にはその事すらも忘れてしまっているのだ。
「…もう朝だ。行かなきゃ」
いつもの日常、少し違うのは異国に行ってしまった弟がいない事だろう。
制服に着替え、殺風景な家の中で包丁の音だけが木霊する。
私、東望海は比良坂町の女学院に通う女子高生であると同時にとある職業に就いている。
簡易的な朝食と学校へと持って行く弁当の準備を終え、職場へと向かった。
「あーあ、また望海が1番乗りか。隼君、今日もぐずっちゃってさ。結局俺が一番乗りになっちゃったよ。本気を出せば隼も早起き出来るんだけどね。望海のようにはいかないか」
私の目の前には仕事仲間の1人である愉快痛快な伊達男である山岸寿彦さんが現れた。
彼のグループのエースでもある松浪隼、彼には弱点があるらしい。どうやら朝が弱いようだ。
「そんな子供扱いするような言い方をしなくても。隼さんも疲れているんですよ。実際に頭一つ抜けた実力を持っていますし、運び屋歴も比較的浅いんです、そんな中で日々のプレッシャーに耐えながらも業務をこなしている。立派な事だと思いますよ」
「それ、是非俺にも言って欲しいな。おっと、引き留めてごめん。これからお互い大事な仕事があるんだ。じゃあ、望海。光莉さんや児玉さんによろしく伝えておいて」
運び屋には日々、厳密なスケジュールが決められている。
特に朝は通勤通学の時間帯。それに関わる任務も多くなる。
これを一寸の狂いもなく依頼人を無事に届けるのが私の役目だ。
この時間帯は自分だけでなく運び屋達も忙しそうにしている。
そんな中で時間を逆行するように仕事を終える運び屋もいる。
比良坂町では特例を除いて2人しかいない。夜間勤務の専門である朝日奈兄妹の事だ。
丁度、7時ごろ。2人は任務を終え、協会へと戻って来ていた。
「よし!やっと任務が終わった!早く家に戻って漫画の続きを読もっと!」
「ちょっと兄さん!報告書、私に擦りつけないのでよ!本当にもう」
妹である瀬璃菜さんは不満げな表情で報告書とお兄さんの後ろ姿を交互にみていた。
そんな2人のやり取りを私は何処か羨ましそうにみていた。
「瀬璃菜さん、お疲れ様です。報告書なら私がお預かりしますよ。丁度、私も提出する所でしたから」
「いいえ、これは私達の大事な仕事の一部ですから。兄さん、幼い頃から妖怪の漫画が大好きで業務が終わるとそそくさといなくなっちゃうんですよ。最近は白兎からも探偵物の漫画を勧められたみたいでそれにドップリ。本当、インドアなんだから。私みたいに運動すればいいのに」
「確か、瀬璃菜さんのご趣味はサイクリングでしたっけ?比良坂町も都市開発が進んで道路も広くなったのでやりがいがありますよね。以前だったらこんな事出来なかったのに」
そう言うと彼女は嬉しそうに目を輝せている。
あの日、比良坂町の全ての壁が取り除かれてから人々の流通が盛んになったそんな事もあり都市開発がすすみ比良坂町も発展。
大きな会社の支社も作られるに至っている。
「そうなんですよ!もう、本当に嬉しくて!サイクリングの後に食べるうどんは最高に美味しいんですよ。兄さんにもその良さを知って欲しいんですけどね。昔から正反対な性格だから無理そうだな」
「先は長いですね」
「ほんとに」
そんな世間話をしていると私はふとある疑問が浮かび、彼女にこう質問した。
「そう言えば、お2人とも夜間に仕事をして昼間はそれぞれ趣味に没頭されて充実しているように見えますけど昼夜逆転生活って大変じゃないんですか?夜中まで仕事をしてる私が言う事ではないと思いますけど」
最後の方は苦笑いをしながら言った私だが、彼女は少し考えた後、首を傾げながらもこう言った。
「私達は時間帯によって仕事出来る範囲が決まってるのでそんな事考えた事ないですね。ほら、望海さん達だって真夜中は念力が切れるから休息しないといけないでしょう?その間は運び屋も一般人と変わりない。以前は夜間に活動する運び屋が多くいて、有名な朝風会長は日中は会長業をして夜間は運び屋をするっていう二足の草鞋を履いていたそうですよ。会長に選抜されるのは夜間専門の運び屋が多いですし」
「じゃあ、お2人や銀河君は将来有望ですね。未来の会長候補という事でしょう?夜間に能力が使用出来る時点で選ばれた人材なのかも」
そう言うと彼女は照れ臭そうにしながらも、謙遜しているようだ。
「偉大な先輩達を差し置いて自分達が選ばれるなんて思えませんよ。今は御三家の皆さんもいますし、でも本当に人気の運び屋が沢山いて。特に肆区には名門富士宮家の令嬢、咲耶さんと突如現れた天才肌の運び屋、速飛タスクのコンビはそれはもう注目の的で!タスクさんは得に隼さんの母親でもあって影響力が計り知れないんですよ。色々な所に顔が効くし!」
確かに、節子さんの手紙も元々は彼女が担当していて私が後継人として引き受けた。
今は引退されて、家族との時間を大切にしているという。
隼さんは慣れない環境に戸惑っているようだが、私には何となくわかる。
表面では嫌そうにしているが心の底ではホッとしている事を。
《解説》前作同様、作中の元ネタ解説をさせていただきたいと思います。よろしくお願いします。
・朝日奈兄妹の元ネタであるサンライズ出雲・瀬戸号の趣味はそれぞれ停車駅もあります鳥取県や香川県を意識しています。
前者は空港の名前にも使用されています鳥取県に縁のある2人が描かれた有名な漫画作品がある為ですね。
特急はくとにも同じく、限定塗装が施されている事から彼がオススメしたという風にしています。
後者は作者が高松に行った時に「なんかチャリ乗ってる人多くね?」と思ったからですね。
これは錯覚でもなんでもないようで、実際に四国全体で自転車の普及率や使用率が高いようですね。
他にも大阪や京都など土地が平坦な場所ほど使用率が高くなるようです。
高松はうどん屋が朝7時に開業する所が多いので有難いですね。
バターを絡めて食べるうどんが美味しくてそれが忘れられなくて、お土産にヤドンの麺つゆを買って家で再現してました。
・富士宮咲耶と速飛タスクの元ネタは共同運行されていました寝台列車の「富士」と「はやぶさ」ですね。
2人の名前ですが前者は富士宮市にあります富士山本宮浅間大社、そこに祀られているコノハナサクヤビメから名付けています。富士山はその美しさから女神視されていると言う事で女性キャラにしています。
後者は鳥のハヤブサの語源が元々「速飛翼」が転じた物とされています。
ただ翼はもういるので、別の読み方として「翼」があると言う事で採用しています。