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第5話

「だって私が、こんな素敵な女性を見逃すはずがない」

「はい?」


 聞かされている方が恥ずかしくなるセリフに、正気を疑う。

マートンにさえ、そんなふうに言われたことはない。

私を王女だと知って近づいてくる、どんな男性にもだ。

対応に困る私に、彼は遠慮なく笑った。


「あはは。本当に可愛らしい人ですね」


 背の高い彼がピンと腕を伸ばすと、その手にぶら下げられているよう。

地面から足が浮いてしまいそうになる。


「おっと失礼」


 そうかと思った次の瞬間には、浮いた腰をしっかりと抱きとめられる。

頬に寄せられた唇が、耳元でささやいた。


「どこかで少し、お話しませんか?」

「は? あ、えぇっと……」


 音楽が終わりを迎える。

彼の目つきが明らかに変わった。

手に入れた獲物を撃ち落とすような紅い目に、つい引きずり込まれてしまう。

断りを入れる間もなく、半ば強引に会場である広場から連れ出されてしまった。

迷路のように入り組んだ、植物園の奥へと誘われる。


「姫はこの城のことをよくご存じでしょう? どうか不慣れな私に、城内を案内してください」


 彼からは嗅いだことのない、甘い香水の香りがする。

爪の先まで丁寧に磨き上げられた手が、私の指に絡められた。


「出来れば二人きりになれるところがよいですね」


 口ではそんなことを言いながらも、彼の足はこの庭園をよく知っているようだ。

迷うことなくパーティー会場から人目のつかない茂みの奥へ、私を運んでゆく。

屋外庭園の片隅でようやく足を止めると、彼はくるりと振り返った。

繋がれた手に絡んだ指先が離される。

野性的な紅い髪とは対照的な、紳士な笑みを浮かべた。


「ここならあなたを、独り占めできますか?」

「お、……お話するようなことは、何もないと思いますけど?」

「ははは。あなたと二人きりになれるなら、どこでもよかったのです」


 リシャール殿下は右手を胸に押し当てると、お姉さまにした時と同じように完璧な仕草で頭を下げた。


「初めましてルディさま。レランドの第一王子、リシャールです」


 優雅な身のこなし。

彼は間違いなく、立派な貴公子で紳士だった。

私もこの国の第三王女として、スカートの裾を持ち上げ膝を折る。


「ブリーシュアの、ルディです」


 紅い目に純白の異国の衣装が、午後の日差しを受けて輝く。

夏の終わりのうっそうとした植物園の中で、彼は涼しげに微笑んだ。


「あなたにも、エマさまのような世界樹を育てる力がおありなのですか? 樹に祈りを捧げる乙女の一族の姫よ」

「それを……。異国の方に、お伝えしなければならない理由はございませんわ」


 そわそわとして落ち着かない。

全く知らない人と、突然二人きりにされたせいだ。

ゆっくりと話したつもりだったのに、声まで裏返っている。

今すぐ逃げ出してしまいたいけど、エマお姉さまの招待客を置き去りにするわけにもいかない。


「あぁ。樹の守り姫は時に土地を巡る争いの種にもなるもの。人々が瘴気から守られ安心して暮らすには、かかせない存在です。ましてブリーシュアの王族の姫ともなると、さぞかし世界樹から愛される強い力をお持ちでしょう。それを目当てに近づいてくる男も、後を絶たないのでは?」

「出会う人全てが、そうと限ったわけではございません」

「本当に?」


 返事の代わりに、大きくうなずく。

聖女だとか王族だとか、そんなことが誰かに愛される理由になんてならない。

私は私だ。


「あなたはこんなにも可愛らしいのに、ブリーシュアの男たちはどうかしている」


 紅い目が私を見つめる。

彼の手が私の髪に触れようとするのを、それとなく拒んだ。

花など何も咲いていない生け垣に視線を向ける。


「ルディさまは、緊張なさっているのですか? 私が怖い?」

「そ、そういうわけではごさいませんわ」


 リシャール殿下は、ずいぶんと背が高い。

そのせいで体格もよいのに、スラリとして見える。

彼の前にいると、自分がとても小さく感じてしまう。


「どうすればあなたに、気を許していただけるのでしょう。こんなにもお近づきになりたいと思った女性は、他にいないのに」


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