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第7話

「はは。何も恥ずかしがることなんてないさ。俺は助かったと言ったんだ。うちも財政難だからな。無駄な出費は出来るだけ避けたい」


 そうは言うものの、馬車一台が買えるような出費を、現金一括払いしてしまったのだ。

リシャールのあの研究員に対する期待は、本物なのだろう。


「マセルには、私の分も頑張っていただかないと」

「そう言っておくよ。商談の上手い王女さまのおかげで無事買えたってね」

「もっと賢ければよかった」

「俺のことか?」

「違います。あなたはそんなこと、考えたこともないでしょう?」

「考えるさ。俺よりもずっと上手い値段交渉をしたと思ってるよ」

「それは誉めておりますの?」

「もちろん」


 彼はこちらに背を向けたまま、ふらふら歩いている。

いま私が、どれだけその顔を見たいと思っているのかなんて、想像もつかないだろう。


 夜の石畳を歩く足取りが重い。

彼について来なければよかった。

リンダのために来たのだもの。

リンダと一緒にいればよかった。

大人しく先に宿に戻って、もっと別な、他のことを考えていればよかった。


「なぁ。あの店員どもの顔を見たか?」


 不意に振り返った彼が、私の手を取った。

腰に腕を回すと、腕をさっと引き上げダンスへ誘う。


「君がただ俺について来て、施しを受けるだけの人間じゃないと分かった瞬間の、驚いた顔!」

「ふふ。滑稽でしたわ。これだからお忍びの外歩きはやめられませんの」

「だけど、よくあんなことを知っていたね」

「偶然ですけどね。火事で色々ありましたので」

「そんなお姫さまなんて、見たことねぇよ」


 彼の紅い目が笑った。

心から楽しそうに朗らかに笑うと、軽快なステップでくるくると私を回す。


「君はこの国では、随分な変わり者で知られているんだな」

「あなたに言われる筋合いはございませんわ」

「君がいなければ、俺はテーブルにナイフを突き刺していただろうな」

「まぁ! それではちゃんとした話し合いに、ならないではないですか」

「あはは」


 誰もいない夜の大通りで、外灯だけが私たちを照らしていた。

灰色の制服の上にかけられた焦げ茶色のローブが、ヒラヒラと宙を舞う。

ゴツゴツとした石畳のステージでも、ステップはどこまでも軽やかで揺るぎない。


「王女自ら、入札価格の設定に参加しているのか」

「まぁ、それも仕事の一つなので」


 リシャールは抑え切れない笑い声をかみ殺しながら、苦しそうに絞り出した。


「自由過ぎるだろ」

「だから、あなたにそんなことを言われる筋合いはないかと!」

「ふふ。面白い奴だ」

「それは褒めておりますの? けなしてますの?」

「どっちだと思う?」


 紅い目が急接近したかと思うと、ニヤリとイタズラな笑みを浮かべる。


「だいたいですね、あなたはって……、きゃあ!」


 反論しようとした私の手を、高く持ち上げる。

その勢いで、くるりと一回転させられてしまった。

被っていたローブがずれ落ち、髪があらわになる。

灰色のスカートの裾が、夜道に翻った。


「もっと着飾ればいいだろ。そうすれば騙される男も増えただろうに。なぜそうしない。あの赤いドレスも、悪くなかったぞ」

「で、ですから。私は聖女ではありませんが、気持ちは常にそうでありたいと思っておりますの。自分からこの服を脱ぐことは絶対にございません。たとえ頭がおかしいと笑われても、全く気になりませんんの。自分がそうしたくてやっているのですもの」


 リシャールの紅い目が、柔らかく微笑む。


「この制服を着ていることに、誇りを持っております。これが私にとっての、一番の正装ですわ。そ、それに……」

「それに?」


 このままの自分でもいいと言ってくれる人を、待っているから。


「マ、マートンが、似合うと言ってくれましたので!」

「マートン? あぁ、あの男か……」


 リシャールの紅い眉が、不機嫌に眉根を寄せた。


「俺の腕の中にいながら、他の男の名を語るとは、いい度胸だ」


 握っている手が、強く引かれる。

夜空の下、私たち二人にしか聞こえない音楽に乗って進むステップが、大きく乱れた。


「ちょ、あぶな……!」

「ふん。俺がそんなヘマするかよ」


 転びそうになった私の体を、彼の腕が支える。

軽やかなステップから、ゆったりとしたスローステップへと変わった。

星空と石畳のステージはまだ続いている。

リシャールは私の手をしっかりと握ったまま、放そうとしない。


「ルディ。俺の国では……。まぁ、恥ずかしい話だが、聖女の地位は低い。未だに奴隷扱いと言った方が正確だ。だから、その……。王族である君が、聖女でもないのに聖女の格好をして歩いていることに、とても驚いている」


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