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第5話

「いや、予約は入れていない。急ぎの用で来た」

「かしこまりました。ではこちらへ」


 予約がないと聞いて、店員はやや表情を緩めた。

大口の客でなければ、相手をしても面白くないといった様子だ。

勧められたテーブルに向かい合って腰を下ろすと、男は早速切り出した。


「今回はどういったご用件で?」

「シルグレット含有率15%以上の試薬セットを頼まれている。すぐに用意できるか」

「あの、お客さま?」


 呆れたのと驚いたのと、その両方を上手く隠しきれないまま店員は不自然な笑顔を浮かべた。


「シルグレットというものが、どういう品なのかはご存じで?」

「白銀竜の鱗だろ。角や爪でもいいが。それを削って試薬に混合すると、本来の薬効がさらに増強される」

「えぇえぇ。角でも鱗でもかまいませんがね……。あ! 分かった。お客さまはボスマン研究所の、所長さんのお使いですか? でしたらそう言っていただけたら……」


 突然彼は、商売人特有の媚びた笑みを浮かべた。


「どれくらいご用意いたしましょう。手に入り次第、こちらからご連絡さしあげますよ。申しつけくださったら、こちらからお伺いしましたものを……」

「いや、ボスマン博士の使いではない。そこの研究員に頼まれたのだ」

「個人でご購入を希望されると?」

「あぁ。頼む」


 店員はゴホゴホと笑い声を誤魔化すような不自然な程咳払いをし、そこからピンと姿勢を正した。


「かしこまりました。こちらがそのカタログです。商品が決まりましたら、在庫を確認いたします」


 テーブルの、店員側にある引き出しを開け、中からカードのようなものを取り出す。

紙芝居の一枚絵ほどの大きさのそれには、シルグレットの含有率別に、いくつかの種類の試薬が描かれていた。


「シルグレットそのものをご所望でないのなら、ご自分で調合されるということではないのですよね。研究所からお越しということは、世界樹に関する実験でお使いなのでしょう。こちらがよく使われる基本的な試薬を、あらかじめ選んでセット販売しているものです。シルグレット以外にも、品質と効能は落ちますが、黒グリスリンの牙を含んだものもご用意しております」

「いや、彼はシルグレット以外のものは望んでいなかった。15%以上というのは、最高級品か? それをくれ」

「最高級品というよりは、実験に必要な最低ランクといったところでしょうか。それほど世界樹研究というのは、繊細なものですので」


 そう言うと、店員はシルグレット15%以上含有の試薬セット一覧を見せた。


「どれにいたします?」

「これにしよう」


 その中から、リシャールは一番セット数の多いものを指さした。


「かしこまりました。お値段は1,200万ルピーとなりますが、よろしいですか?」


 1200万ルピー? 確かに安い買い物でないのは、確かだけど……。


「そんなにするものなのか」


 1,200万ルピーといえば、貴族の使用する装飾のついた高級馬車が一台買えるくらいの値段だ。

天幕街の露店で先ほど売っていた、パンの価格が一つ150ルピー、ミルク一瓶が200ルピーなことを考えると、確かに一般庶民には手を出せない値段だ。

だけど……。


「まあ、高い買い物ではあるが、買ってやると約束したのだから仕方がない。一ついただこう」

「ほ、本気ですか? どなたのお使いです? ボスマン博士の、新たな支援者ですか?」

「違う。私が個人的にプレゼントする相手だ」


 店員が、初めて私の顔をのぞき込んだ。


「もしや、こちらのお嬢さまが新しく入所されるのを記念して?」


 彼はそれまでと打って変わって、生き生きとしながら別のカタログを取り出す。


「だとしたら、他にも色々と揃えるものが必要でしょう。あそこはいつも資金不足で困っていますからね。必要な器具や装置も、自由に使いたいと思ったら共用のものではなく、個人で持ち込んだ方が実験は捗ります」


 そう言った彼が取り出したのは、実験用の水を作り出す装置のカタログだった。


「こちらのミリクア水製造装置は、中に入ったシーホースの肺で水を濾過することで、魔法薬を作るのに適した水を精製する装置でございます。もちろんボスマン研究所にも同じ装置が設置されておりますが、私がお勧めするのはテーブルサイズの小型のもので、これがあれば3日はかかる精製水の製造が……」

「それはおいくらかしら」


 私はすっぽりと被っていたフードを落とした。

アプリコット色の巻き髪が顕わになる。

彼はムッとした様子で私のグレイの目をのぞき込んだ。


「……。500万ルピーでいかがでしょう」

「高いわね」

「なら、入所祝いとして460万ルピー。1,200万ルピーの試薬セットとの割引き価格です。これ以上は譲れません」

「高い」


 そう言い切った私に、リシャールの手が割り込んだ。


「その魔法水を作る装置があれば、実験ははかどるのか」

「それはもう間違いありません」

「ならいいだろう。それも一緒に……」

「お待ちなさい」


 言い値で買おうとするリシャールを、私はにらみつける。


「このミリクア精製装置は、ヒッター社製のものね。それでこのお値段? ミリクア精製装置といえば、キュアポア社製のものでないと。研究者はみな、キュアポア社のものを使用していますわ」


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