停戦要請
ノインは、見ず知らずの少年を背中に乗せて飛んでいた。王立研究施設を飛び出し、王都から飛び立つ。
ノインが羽ばたけば、烈風が吹く。自分の姿を見て、周りから悲鳴のような声があがるので、ノインは少し恐ろしくなる。右も左も分からない場所で、母から、少年を護るように言いつけられたのだ。ノインはすっかり混乱状態になり、闇雲に飛んでいた。
ノインが王立研究施設の機密施設を破壊してしまったことにより、エアハルトの兄や姉の封印が解かれてしまう。エアハルトがチャンスとばかりに、兄や姉を解放したので、大蛇や有翼馬、人面鳥などが二人めがけて追いかけてくる。彼らの目的は、フィアのカフスだ。
母であるフィアに、護るように言われた少年・アインは、「あー皆出て来ちゃった。せっかく捕まえたのになぁ」とぼやく。とてものん気だ。
「お前、足止めくらいしろよ!」とノインはアインに言う。
「えー?」
と言って、アインは剣を振り回して、追いかけてくる者たちへ烈風を送り込む。強すぎる風に、ノインはバランスを崩した。
「下手くそ!」
とノインが吐き捨てれば、「分かった、次はもう少し上手くする」とアインは言う。
どこに行けばいいのか、どこに逃げればいいのか、ノインには分からない。ノインはティアトタン国から出たことがなければ、アインもまた王都から出たことがないのだ。
「どこに逃げればいい?」とノインが聞けば、背中のアインは、
「わかんなーい。あの人たち、どこまで付いてくるかな?」と言う。アインがあまりにのん気なので、ノインはイライラしてくるのだった。
「少しは考えろよ!使えない奴だな」と吐き捨てても、
「じゃあ、お父様の気配を探してみようかな?フィアはどこかなぁ?」といとものんびりと言うのだ。
のんびり屋のアインに、心配性のノインと、二人は性格が真逆なのだった。
王都から南の地域には、モントリヒト公国をはじめとして小国がある。闇雲に飛ぶノインはモントリヒト公国へと近づいていた。
一方、残されたノインの片割れは、今ティアトタンの地下国にいる。地下国の青銅の門より中は、夜が支配する都だ。
そして青銅の門より中は、地上人からすれば、何が起こるのか分からない空間だ。
ノインが闇雲に王都を目指してたどり着けたのは、ノインがティアトタンでの記憶しか持たなかったからだった。記憶の層が厚ければ厚いほど、地下国は複雑なものを見せてくる。地下国の者であっても、何が起こるか分からないため、滅多に動き回りはしない。
地下国のノインは、コトスやレオス、ギュスいった地下国の友人と共に暮らしていた。この三人は兄弟で、何本もの手を持つ。異形の姿を持つライアの家族だ。前王であるラヌスはその姿を忌み嫌っており、地下国に押し込んでいた。
彼らは、ノインを自分の子どものようにかわいがってくれる。彼らはライアの娘であるフィアのことも知っていたし、フィアの息子であるノインのことも好意的に受け止めてくれていたのだ。
ただし、地下国に圧政を行うテオドールやラヌス王に対しては、敵対心を燃やしている。
そして、ラヌス王とその妻たちの間に生まれた十二人の息子と娘たちに対しても、敵愾心を持っていた。
テオドールにより、フィアの兄姉たちが地下国に閉じ込められて以降は、地下国内で、ライアの家族たちと、フィアの兄姉たちの戦いが繰り広げられている。いずれも怪力を持ち、山を切り崩す力をも持つ。
熾烈な戦いを繰り広げているが、戦いは拮抗しており、終わりは見えない。地下国が崩壊していくと、土地のエネルギーが循環せずに、地上の田畑や木々が育たなくなる。それを危惧して度々地下国を統制するのが、ラヌス王のやり方だった。
かつて、地下国の暴動の制圧に当たっていたのはテオドールだったが、今ではテオドールに代わる人材がいない。軍の司令官になったギルバート・エメリッヒは、魔力こそ持っていたが、一人で圧倒できるほどの魔力はない。軍に魔道部隊を配置して、地下国の争いの仲裁に入ろうとするが、手を焼いていた。
ティアトタン国周辺は、エネルギーが枯渇しはじめている。そして、近隣のモントリヒト公国もまた、その余波を受けていた。本来、魔力の宿る樹木や草花が豊かな土地であったはずの、ヴォルモント公爵の領地にまで、荒廃が広がりかけている。
モントリヒト公国周辺を飛んでいたノインとアインは、樹木が枯れかけている様子を眼下に見た。
「こんなに魔力が多い場所は初めてだなぁ」とアインが呟き、
「別に多くない、かなり少ない」とノインが言う。
「王都ではこんな魔力がたくさんある場所は、研究所以外では見たことなかったよ?」
「ティアトタンでは、こんなもんじゃない。特にお父様の魔力は……」
「へー!キミのお父様も魔法が使えるんだね」とアインが言う。
「キミじゃない、ノインだ」
「ノインのお父様も魔法が使えるんだ?王都ではお父様くらいしか、魔力に匂いがしなかったなぁ。あとはフィアくらいかな」
「フィア?お母様のことを、何て呼び方しているんだよ」
「お母様?フィアはノインのお母様?」
「そう。お父様が国から追いだしてしまったけど」
「フィアはお父様のいい人だと思ったんだけどなぁ」
「いい人?」
「そう。僕の本当のお母様は、お父様のいい人」
「いい人って何だよ」
「好きな人、愛しい人だよ。お父様のいい人は、力が強い怪物レベルだって、お父様は言っていた。謎が多くて怪しい所も、たまらないんだって」
「お前のお父様の趣味って、変」
「あははは!」
「ところで、お前。なんで僕の姿が怖くないんだ?この姿は怖がられるから、隠さなければいけないって、お母様が言っていた」
「ノインの姿はカッコいい。それに、機密施設を壊せるくらいにパワーがある。怖くなんかないなぁ。僕もその姿欲しい」
「お前もちょっと、変」
「お前じゃなくて、アインだよ」
そんな会話をしていたとき、地上から矢のようなものが飛んでくる。咄嗟にノインは避けるが、おびただしい数の矢の一本が、その鱗を突いた。その瞬間に、矢から刺のようなものがあらわれて、皮膚に深く絡まって来た。
「痛っ」
と声を上げたノインを見て、アインは矢の方向を見定める。城壁の上に複数の投擲機械のようなものが見えた。そこから矢が放たれているようだ。
「あれだな!」
と言って、アインは烈風を浴びせようとするけれど、距離があるせいか、数台の機械を倒す程度だった。
「ちょっと壊してくる」
と言って、アインはノインの背中から降りていく。くるくると風と遊ぶように降りていき、城壁の上に降りたつ。
「え!?おい、ダメだって」
と言うノインの静止の声は、アインには届かない。フィアに頼まれた手前、アインを放置しておけない、とノインは使命感で思うのだ。旋回して、アインの元へ降りていく。アインは剣で機械を壊していくが、そうしているうちに、有翼馬や人面鳥に囲まれていた。
「ヤバぁい!」
とアインはどこか嬉しそうに声をあげる。何してるんだよ、コイツ、とノインはややげんなりしながら、どうやってこの状況を切り崩そうか、と思うのだ。
とりあえずは、目くらましをするしかない、と判断し、口から焔を吐く。そして、アインをくわえて背中に乗せる。そして、さて飛び上がろう、としたところで、
「やあやあ、とても素晴らしい身なりの方々。少々手荒な真似をして申し訳ないね。ぜひご協力いただきたいんだ」
と言う声が聞こえた。
城壁に立っているのは瀟洒な衣服を着て、蛇の化石の首輪をつけている男性だ。手には紫水晶のバラを持っていた。世にも奇妙な取り合わせに、ノインもアインも、一時時が止まる思いがする。
「私の愛する国や、庭園が悲しいことになっているんだ。力を持っている方々、ぜひ、魔法を注いでほしい」
と言うのだ。ノインもアインも何を言われているのか分からなかった。そして、二人の元に、光の檻が降ってきて、閉じこめる。有翼馬と人面鳥はすんでのところで、避けていた。
「おや、そちらの君はフィアの?」とアインの顔を見て、男性は言う。
「フィアのことを知っているの?」とアインが言えば、「友人だよ」と男性はいい、「フランツと呼んでくれ」と言うのだった。
「お母様の友達?」とノインは呟く。ノインの反応を見て、男性はこの少年とドラゴンの出自を理解するのだ。
「なるほど、もう一人の子どもがここに。とても興味深いね」と言う。そして、
「ちょうどいい、二人には少し働いてもらうよ」
と言うのだ。光の檻は男性が触れると徐々に小さくなっていき、あっという間に手のひらサイズになる。
追いかけて来た有翼馬や人面鳥は、その様子を目の当たりにしながら、自分たちも問いこめられては困ると思ったのか、逃げていったのだ。この男性、フランツ・ヴォルモント公爵は光の檻を手に持ち、自分の屋敷へと帰っていく。
かつてフィアが寝泊まりしていた屋敷は、再び荒廃していた。ヴォルモント公爵の領地は、エナジースポットとなっており、地下国のエネルギーを吸い上げて魔力をため込む土地となっている。
これまでは魔力を含んだ植物が育っていたが、地下国の戦いにより、今では直接的な被害を被っていた。屋敷についたのち、光の檻を開いて二人を解放する。そして、灰色の土と白く固まった樹木や草木ばかりの庭園の様子を見せて、
「土地がどんどん生気を失っていくんだ。どうにかしてほしい」とフランツは言う。
「どうにか?」
と二人は合唱する。それぞれ王都とティアトタン国内しか知らない二人は、ガルドの土地の事情などまるで分からない。
ただ一つ、二人に分かることがあるとすれば、魔法のありかに対する嗅覚だ。
「たくさんのエネルギーが地下にはあるのに、ちゃんと上がってこない。ぐるぐると同じ場所で潰し合いをしているね」
とアインは感じたままに言う。
「地下国で戦いが起きているんだ。お母様の兄弟とおばあ様の家族が戦っている」とノインは言うのだ。ノインに至っては半身が地下国に残っている。
「フィアの兄弟とおばあ様の家族?それは家族同士だよね?争う意味ってあるの?」とアインは疑問に思うのだった。
「意味はあるのか、分からない。でも、そういう国だ、ティアトタン国も地下国も。争いだらけなんだよ」
とノインは言う。父親であるテオドールもまた、常に戦いの中にいる。ノイン自身もテオドールを倒そうとしたことすらあるのだ。ティアトタン国は争いの国だと、ノインは思っていた。
「なるほど、この頃のエネルギーの枯渇は地下の争いのせいなのか。それなら、争いを止めて欲しい」
とフランツは言う。二人は唖然として、静止する。
「地下国の争いにより、私の領地も庭園もこんな姿になってしまった。だとすれば、争いを止めるのが一番簡単で、スムーズだよ」とフランツは根が白く変化してしまった樹木の肌を撫でる。
「簡単でスムーズかなぁ?」アインは首をかしげる。
「簡単でもスムーズでもない。ギルバートも手を焼いているし。お父様でも制圧出来た試しはないよ」とノインは言うのだ。
「私は君たちのお父様を知っているよ。選ばれし者の証を持ち、王に命じられたにも関わらず、一人だけ攻撃に加担しなかった天邪鬼な子どもだ。この屋敷に剣を置いていこうとしたから、やめさせた。そして、お母様も知っている。身分を隠して、母国を飛び出したじゃじゃ馬の怪物姫。そんな興味深いご両親がいるんだ、君たちならできるよ」
二人はフランツが何を知っているのか、分からなかった。ノインは自分の父親が、この場所に来たことがあるとは信じられなかったし、アインは母親が母国を飛び出したなんて話は聞いたことがない。
「というわけで、行っておいで」と言うのだ。フランツが紫水晶のバラで一定の形を描けば、庭園に魔方陣が浮かび上がった。
「えぇ!?どうして!?」
「魔方陣?なんで?」
と二人は驚きの声をあげる。
私が庭園の守り人だからだよ。とフランツが言う声は二人には届かなかった。浮かびあがって来た魔方陣が、アインとノインを吸いこんだからだ。




