王都の謎
王立研究所は赤煉瓦の屋根が特徴的で、円環状に何棟もの建物が連なっている。敷地の中には、魔法の研究施設と過去の遺産を保管する博物館もあるという。
フィアが案内されたのは、魔法の研究施設だ。抑制剤が欲しければここに来ればいい、とゼクスは言う。
花の花弁や植物の根、動物の角などを元に魔法の成分を抽出し、リキッドを作っているらしい。
様々な植物からエキスを採取する装置がずらりと並んでおり、フィアは目を見張る。
「すごい、こんなの見たことない」
「装置はともかく、植物はヴォルモント公爵の領地の方が充実しているはずだ。王都に届くのはその一部だからな」
「フランツの領地?」
「なぜか、彼の領地だけ魔法が充実した植物が採取される。彼はただの変わり者公爵ではないな」
「フランツは前戦争で両親を亡くしていると聞いているけれど。普通のガルド人よね?」
「どうだろうな」
数々のリキッドには効果が刻印されている。
身体の回復を促進するものや逆に身体能力を抑えるものなど、効果が刻印されたリキッドが木のホルダーに差さっていた。
「リキッドを使えば、私の苦手な魔法も使えそうね」
フィアはリキッドのビンを一つを手にして見る。そのビンは、「身体疲労回復」と書かれていた。
「苦手な魔法があるのか?」
「介助魔法。私は破壊魔法専門なの。お父様とお母様の力が相まって、制御しなければ恐ろしいことになる」
「ヴォルモント公爵の屋敷では庭園を修復していたと思うが。使い方次第だろ」
「あれは、ゼクスからアドバイスをもらったおかげ。怪力姫。それが母国での私のあだ名だった」
「フィアには通り名が多いんだな」
とゼクスは言う。
多い?とフィアは不思議に思う。
「それにしても、王都には魔力の気配が薄いのね。特に地のエネルギーが少ない。ひょっとしたら、このままだと……」
「このままだと?」
「いえ、大丈夫だと思うけど」
フィアは不意に足元から足を引っ張られるような不思議な感覚を覚えた。思わず床を見るが、タイルの床には何も異変はない。
「フィアに来てもらったのには、いくつか理由がある」
「理由?」
「王都の人間は15年前の戦争において、元々ティアトタン国にあった武器を奪いだしたと言われているようだ。その武器によってティアトタン国はダメージを受け、王都の所在が現在のリュオクス国に移ったとされている。当時のことをティアトタン国側から知りたかった」
「それを今知ってどうするの?あなたは王都の人間で、私たちを攻略した立場よね?」
「王都の人間のほとんどが、前戦争のことを覚えていない」
「嘘でしょ、そんな……。一瞬で国の一部が滅んだのよ」
「記憶になくて申し訳ない。真相が分かりしだい、償いをする。そのために尽力するつもりだ」
慇懃に頭を下げてくるゼクスに、フィアは驚きを隠せない。
「でも、あなたは当時子どもだったはずでしょ?」
「だとしても、フィアの国を蹂躙した国の人間だ。無関係ではないし、責任がある。償うよ」
「敵国へ来てそんなことを言われると思わなかった」
「フィアの敵ではありたくないんだ。そのためには、動くしかない」
「どういう意味?」
ゼクスはそのままの意味だ、と言い話を続ける。
「前戦争について、覚えていることはあるか?」
「私は城の窓の外が光ったのを見ただけ。そしたら、国内のあちこちが崩壊してしまった。あれは、そう。稲妻にも似ていた」
「稲妻は、リュオクス国が盗んだ武器がもたらす力の一つだと言われている。その光は武器が放ったものかもしれない」
「あなたはどうしてそれを?」
「私的な歴史書を呼んだ。ティアトタン国のことも公的な歴史書には見当たらないんだ。当時総督であった父もまた、まったくと言っていいほど話にならない」
「そんなことがありえるの?」
「記憶が消えているか、封印されているか。魔法を感じられないのは恐らくそれが原因だ」
「変なの。勝者が記憶を消す意味があるの?功績を立てた者は、それを誇りに思うものよね?国を治める上で功績による官位を与えるのは定石だと思う。記憶を消してしまえば、功績もなかったことになるし、統率しにくい。記憶を消す意味ってある?」
テオドールもまた、そうして新しい階級制度を作っていた。
「理解が早くて助かる。やはり、フィアとは組みやすい」
「組みやすい?」
フィアが聞き聞き返せば、いや、とゼクスは濁す。
「功績者と今の権力者が異なる場合には、記憶を消す意味はある」
「今はこの国は王政よね?ならば、王は……?」
「フィアじゃないか!」
と声がかかり、振り返れば白衣姿の男性がやってくる。
誰だろう?とフィアが見つめていると、
「彼がルインだ」
とゼクスが紹介してくれた。
「久しぶりだね、フィア。王都に戻って来たんだね」
アリーセに告げたように、フィアの記憶がないことをゼクスが告げれば、ルインは「なるほどね、じゃあアインのことは……」
と言ってゼクスを伺うのだ。ゼクスはああ、と答える。
「ルインというのね、よろしく」
と挨拶をするけれど、ルインはまじまじとフィアの顔を見ていた。やっぱり、アインはフィアに似ているね、とゼクスに言うのだ。
「抑制剤が必要なら、僕に声をかけてほしい。それと、何か魔法に関して気になることがあれば、教えて欲しい」
「気になること?」
「ルインは俺の協力者だ。ヴォルモント公爵の縁戚者でもある。王都にかかっている魔法や封印を探るために、協力してもらっているんだ。何か気になることがあればルインに声をかけてくれ」
気になること、と言われて、フィアは足元を見た。
「そういえば、王都には地下国がないのね」
と不意に言葉が出る。
フィアの国には地下国があった。罪人を幽閉したり、元々の原住民が住んでいたりする、地下の国だ。フィアの母、ライアもまた地下国の生まれだと言われていた。
「地下国?」
「ティアトタン国には地下に国があるの。テオがお兄様やお姉様を地面の下に、落としてしまったけれど。地下国に幽閉するつもりだったのだと思う」
「王都では地下国の存在は、聞いたことがないけど」
とルインが言うが、ゼクスは、存在している可能性はある、と言うのだ。
「誰が記したか分からないが。封印がかかっていた書庫にあった書物には、かつてのティアトタン国に似せて、王都を作ったと書かれていた」
「つまり?」
「王都にも地下国があるかもしれない」
とゼクスが口にしたところで、「やあ」と声がかかり、三人とも口をつぐんだ。
やって来たエアハルトは、「悪評高き西方出の元団長と、醜聞の多い総督様。そして役に立たない研究に没頭する研究員が揃って、一体何の話をしていたんだい?」と言う。
「エアハルト団長はご視察ですか?」
とルインが聞けば、
「総督様が研究所を不義理な子どもの遊び場にしているというお噂があってね。確かめに来たんだ」とエアハルトは言うのだ。
「不義理な子ども?アインのこと?随分失礼な物言いね」
フィアの言葉に、エアハルトは張りついたような笑顔を浮かべる。
「昨日の元放蕩団長様は、総督様の話に過剰反応していた様子だ。子ども本人はおらず、ここへお二人揃っていらっしゃるということは。つまり」
「つまり?」
「シュレーベン総督様の愛妾は、リウゼンシュタイン元団長なのでしょう?」
「一体何を言っているんです?」
「そのままの意味です。お二人の仲をかねてより噂している者は多かったようですよ?アドラースヘルム嬢との婚姻後も、愛妾としてリウゼンシュタイン元団長を囲っておられたのでは?」
エアハルトは本気で言っているわけではない。フィアやゼクスに対して、嫌味の一つでも放り込みたい意図からの言葉だ。
しかし、
「仮にそうだとして、何か問題でもあるか?」
予想外のゼクスの言葉に、言葉を放った本人以外三人の時が止まる。
「リウゼンシュタイン元団長とのご関係を、お認めになるのですか?」
とエアハルトがやや慌て気味に言うのだった。ゼクスは落ち着いた調子で、淡々と続ける。
「正確にも申し上げるならば。アドラースヘルム嬢と婚姻状態にありながら、離婚処置もしていない人妻であるフィアを、略奪し連れ去って来た。フィアを寄宿舎に住まわせれば、俺自身の目的にために都合がいいという理由だ。不義理な上に人道的にも問題がある、十分な醜聞だな?広めていただいて一向に構わない」
「ゼ、ゼクス!何言っているの?私は構うわよ!」
ルインは、
「ゼクス。何を言っているんだ、誤解を招きたいのかい?」
と言って弾けるような笑い声をあげ、エアハルトは唇をわなわなと震わせていた。
「シュレーベン総督様、家の名や役職を汚すおつもりですか?」
とエアハルトは言う。
「この程度の醜聞ごときで汚れる名前ならば、いっそのこと没落すればいい。それに役職が気になるのであれば、貴殿が総督に就任してもらえないだろうか、エアハルト・ビュンテ団長?」
「な、何を言っているのですか?気でも狂いましたか?」
「この後軍法会議がある。ビュンテ団長、早速代わりに出席してもらえないだろうか?」
「無理です、何をおっしゃるんです?そのようなことを許されるわけがない!」
「許されるかどうかは、試してみなければ分からない。少なくとも貴殿には醜聞はないようだ、総督にふさわしいのでは?」
とゼクスがなおも、追及するので、エアハルトはすっかり困り果ててしまう。
「大丈夫なの、これ?」
とフィアが聞けば、
「ゼクスはアカデミー時代から、こうやってやっかみや嫉妬をはねのけて来てるんだよ。あわよくば本気で、家や役職を手放したいから。相手はかなり困るよね」
とルインは囁いた。
「そうなの、面白い人ね」
とフィアは言う。
ゼクスの口撃に尻尾を巻いて去って行ったエアハルトを見ながら、「随分とタイミングがいいな」とゼクスは呟き、ルインは頷いた。
ただ、その日の出来事により、フィアにとっても「面白い」ではすまなくなってしまう。
「ゼクス・シュレーベン総督の愛人がフィア・リウゼンシュタイン元団長である」との噂が広まってしまったのだ。
「噂が好きなだけだ、好きに言わせておけばいい。ただし、差支えがあったら言ってくれ、どうにかする」
と言ってゼクスは物ともしない。
だが、寄宿舎に住まうフィアからすれば、たまったものではない。しかも、リウゼンシュタイン元団長とやらの二つ名もフィアにまとわりついてきている。
「後朝待たずのリウゼンシュタイン団長」の名前を持ち出して、「総督様の元には朝までいらっしゃるのですか?」と下世話な話題をしてくる人物もいた。
後朝とは逢瀬の翌朝のことだ。
なぜ、リウゼンシュタイン団長と言う人物は、朝を待たずに去ったのだろう?とフィアは素朴な疑問を思うのだ。




