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冷静沈着敵国総督様、魔術最強溺愛王様、私の子を育ててください~片思い相手との一夜のあやまちから、友愛女王が爆誕するまで~  作者: KUMANOMORI
第一部

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失われる記憶

 5年前。


 西方公国立のスクールを卒業し、騎士団の入団式のその日、式典後に「リウゼンシュタインとはお前か」と声がかかる。

 静かな調子で話す声の中には、少しばかりの苛立ちが感じられた。


「お前とペアを組まされるようだ」

 と不服そうに述べる声は、フィアの耳になぜか心地よく響く。入団式で騎士団代表になっていたゼクス・シュレーベンだ。とフィアにはすぐに分かる。


 灰色の髪に灰褐色の瞳を持つ精悍な騎士は、無駄一つない所作とどこか気乗りしない表情が印象的だった。

「初めまして、ゼクス・シュレーベン。私はフィア・リウゼンシュタイン。よろしく」

 握手を求めたのは、礼儀としてというよりも、個人的な興味が中心にあったと思う。

 ゼクスはフィアが女性であることを、好意的に感じていない様子だった。それがかえって気になったのだ。

「ご令嬢の単なる物見遊山ならば、早々にお引き取り願いたいのだが」

 とゼクスは言う。

 女であるから、遊び程度の働きしかしないのだろう、という文脈での語りに少しだけ落胆した。けれど、すぐに力を見せろ、と言って訓練場や闘技場へと誘ってきたゼクスに、驚きと同時に、興味を引かれる。


 多くの男性騎士やスクールの同期は、フィア相手の訓練の際、必ず手を抜こうとしてきた。女なのだから自分よりも弱い、と端から思い込んでいる。フィアの力を目の前にしてから、ようやく気付くのだ。

 意外に強い女かもしれない、と。

「最初から私の実力を見たいなんて言った人、いなかったわ」

 と言えば、

「剣を合わせもしないで、何が語れるんだ?退屈な噂話や伝聞で、実力が測れるわけがない」

 と答える。

 あまりの真摯さにフィアは驚くのだった。そして心が躍るのを感じる。

「どんな風に始めればいい?」と聞けば、

「好きなように」と言う。


 言われるがままに剣を取り、思う様に振るってみれば、ゼクスの目が見ひらかれるのを見た。そして、容赦なく切りかかって来る。

 今まで経験したほどのないような強い力で、剣をぶつけられて、ガルドへ来て初めて剣を取り落とした。

「受けきれていない。相手が悪ければ、もう首はない」

 と言われ、

「では、どうしたらいい?」

 と聞く。

「経験すればいい、あらゆるパターンを」

 と言ってゼクスは再び剣を突きつけてくるが、今度は誘導するように柔らかな剣を振るう。

 言葉ではなく、剣を重ねる経験で覚えろ、と言いたいようだった。

 フィアは思わず口元が緩むのを感じる。

 楽しい、と初めて思ったのだ。フィアはゼクスとの手合わせを心より楽しんでいた。


 その後、伯爵令嬢の婚約パーティの警護として派遣された際に、あちこちから声をかけられているゼクスを目撃したことで、彼の出自を知る。

 令嬢や貴婦人たちのゼクスを見る熱っぽい瞳も印象的だったが、シュレーベン様と呼ぶ声には、どこか別の種類の媚びを感じた。権力を目の前にした媚びのようにも思える。

「有名人ね?」

 とフィアが水を向ければ、ゼクスはため息をついて、

「狭い世界の退屈な戯れだ」

 と言うのだ。

 そしてすぐに、ダンスフロアの華やかな光景に視線を送り、

「ダンスの嗜みは?」

 と聞いてきた。

「スクールで一通り。ご令嬢方の物まねが出来るくらいには上手いと思うけど」

 と答えれば、こちらへ、と部屋へ連れていかれる。連れていかれた部屋には、若草色のドレスがトルソーにかかっていた。

「リウゼンシュタイン、ダンスの相手をしていただけないか?」

 と問われて、驚く。

「どうして?」

「ここの家は父の親戚なんだ。退屈な交流も任務の一環となっている」

 と非常に不服そうに言うのだった。

 フィアは寧ろ好機を貰ったように思って、つい嬉しくなってゼクスの手を取ってしまう。


「ぜひ、踊りましょう?こんな機会はないもの」

 と言った。

 ゼクスが目を見張ったのが分かる。

 ダンスが好きなのか?と聞かれたので、

「ゼクスと踊ってみたいの。剣を合わせるのとはどう違うのか、知りたい」

 と答えた。そうか、と答えた声は少しだけ嬉しそうにも聞こえる。


 着替えをすませて、ゼクスの元へ向かう。ゼクスはフィア姿を見るや否や、

「決して、田舎出の冴えない男ではないな」

 とフィアが少し前に言った言葉を引用して言う。

「褒めているようには聞こえないけど」

 とフィアが笑えば、

「綺麗だ、よく似合っている」

 と口元に笑みを浮かべて屈託なく言うので、フィアは思わず口を開けたまま止まってしまった。笑うのね、初めて見た、とコメントをすれば、鉄仮面とでも思われていたようだ、と淡々と述べる。


「フィア・リウゼンシュタイン、お手をどうぞ」と言い、ゼクスはフィアの手を取りエスコートする。

 ダンスホールでリードを受け、何曲か踊った。ゼクスは一見無骨かと思えば、立ち回りに品がありリードも上手い。令嬢たちが熱い視線を向けるのも無理ない、と思った。

 何より、フィアは欲しいところにリードされる感覚に、今まで感じたことのない安堵を覚える。肩の力を抜いてもいい場所があった、と感じてしまっていた。



 この日、手を取り合い踊ったことによって、フィアはゼクスを特別な存在として意識するようになる。そして、特別危険だ、とも思った。

 もっと親しくなりたい、という思いと同時に、ゼクスは自分が決して触れてはいけない相手だと知ったからだ。

 彼の父が王都立総督府の総督だとその日知った。更に母は王の従妹であると知り、とどめを刺され、手の打ちようがないと感じる。


 王都の人間、とりわけ王族はフィアの国からすれば宿敵だ。フランツいわく、王都の人間のほとんどは前戦争の詳細な記憶を忘れているらしい。誰かが忘却の魔法をかけている可能性を、フランツは指摘していた。フィアは王都の人間を敵としてみなしてはいなかったけれど、瓦礫と化した自分の国を思い出すにつけ、気安い関係でないと感じる。

 そして、自分の正体を明かしたときに、受け入れられるとも思えなかった。


 頭で理解していても、剣を重ねる回数が増えれば、ゼクスのことをもっと知りたいという思いが募っていった。けれど、フィアは気づかないふりをし続ける。

 親しい友人であればいい。

 信頼し合える同僚であればいいのだ、と。


 ガルド人のエナジーを得るために、度々スクール時代からの知り合いとの逢瀬に向かうが、相手のガルド人はフィアからすれば丁重に扱わなければいけない相手だ。

 抑制剤を飲み、力を押さえて、丁寧に丁重に事に及ぶ。

「奔放な団長様に見えるのはご愛敬、これは医療行為のようなものだし」

 とフィアは思う。

 愛する相手と結ばれることは、考えていない。自国に帰ったならば、望まない縁談が待っているのは知っていた。


 ただ、どんな理性的に考えようとしても、騎士団の寮に帰ってゼクスに鉢合わせると、やはり心が乱れ、気まずさが募る。


「お盛んだな、お相手のことを聞いても?」

 とフィアの盛んな交友関係に皮肉を述べて去っていくその背中に、フィアはため息をつく。

 自分がティアトタン国の人間だと忘れていたならば、思いを伝えていたかもしれない。


 ふとした瞬間、ゼクスと距離が近づくと、期待をしてしまうときがある。

 たまたま手が腕が触れる機会があれば、目が合い、見つめ合ってしまう瞬間があった。


――――ひょっとしたら、ゼクスも同じことを思っているの?

 と自分勝手に想像をする。

 想像だけは自由だ、と思った。

 だとしても、恋人のように肌を触れ合わせる想像は罪に違いない、と思うのだ。

――――あなたが触れてくれたらいいのに。

 そんな考えは、バカなことだとすぐに頭から打ち払う。


 意図的に距離を取ろうとすれば、任務によりペアを組むこととなり、接触機会はむしろ増える。

 先の見えない関係とはいえ、ゼクスと軽い会話をかわすだけで、心が軽くなり浮かれてしまう。会話から好意を読み取る魔法でもあれば、きっとバレバレね、とフィアは思った。


 リュオクス国と協力関係にあった近隣小国の災害復興への支援に向かった折に、ゼクスと二人きりになる機会が出来た。

 互いに身の上話をする。

「退屈な出自」

 と言うゼクスの思いは、フィアが国で感じていたものだった。


 常に護られていて、期待を受け、未来が決められている退屈だ。

 同じ思いを持っている、と感じたけれど、皆まで語ることは出来ない。

 話したいのに、話せないことが多すぎた。

 濁しながら出身地の話をする。もし西方地域の王族だと言ったらならば、思いがけずゼクスに不要なものを背負わせることになるだろう。

 国の総督になるゼクスにとっては、攻略すべき敵国だ。

 身の上話から話を逸らしたくて、

「ねえ、指笛遊びをしましょ」

 と言って、フランツから習った指笛を教える。ゼクスが意外に不器用で上手くできずにうろたえていた。

 普段とは違った印象をからかってふざけていたら、肘を小突かれた。

「意外な面を見れて、嬉しいの」と素直に告げれば、ゼクスは頬杖をつき、もの言いたげにこちらを見る。

 訓練とは違う距離感で、何度も目が合い指が触れ合う。

 フィアが思わず笑顔がこぼれてきて、

「内緒の話があったら、指笛で教えてね」と言ってみれば、「ああ、そのときは」とゼクスは答えてくれる。

 そんなときが来るとは思えなかったけれど、あったらいい、とフィアは思った。


 自分の完全な片思いだとは思う。

 けれど、剣を交わすことに関しては、自分以上にゼクスと相性がいい相手はいない、との自負はあった。

 最良の同僚であり訓練相手。こんな軽やかな関係もいいかもしれない、とフィアは思った。


 そんな浮かれた心に現実を知らせてくれたのは、ゼクスとアリーセ・アドラースヘルムとの婚約だ。

 政略婚と騎士団内では囁かれていたが、そんなことは百も承知だった。身分あるゼクスにとっては、逃れがたい婚姻だ。宰相と総督、そして王の関係を円滑に結ぶために。


 色々なことに気づく前にもっと触れていたらよかった、とフィアは折に触れて思う。ダンスパーティで踊ったとき、あの時が最も自然に触れ合えていた。


 時を同じくして、フランツの使いを通して、父が早く帰国しろと言っていると通達が来る。完全な時間切れだった。フィアは、国のために生きるまでの執行猶予期間を与えられていただけだ。

 自分が騎士団ですべきことは、終わった。


 退任パーティで、ゼクスから最後の手合わせの誘いを受けたのは覚えている。けれど、最後の手合わせの記憶自体はない。


 ただ、身も蓋もなく結ばれた夢のような記憶しか残っていなかった。

 甘い声と吐息、熱い体温で充満した部屋で、これまでずっと閉ざしていた思いを吐き出したように思える。

 夢だとしても、とても幸せな時間だった。


 さよなら、ゼクス、と思う。

 ずっと、ずっと惹かれていた。

 きっとこれ以上に惹かれる相手には、二度と会えない。


 ありがとう、愛してる。



※※※



 意識が戻って赤子の泣き声を聞いたとき、フィアはなぜその子が自分の腕の中にいるのか、理解できなかった。


「この子は?」

 とフィアが問えば、

「俺たちの子どもだ」

 とテオドールが答える。


 後に赤子はノイン、とテオドールによって名付けられた。自身の後継者として。


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