初夏
女は空を見上げ、月にはうさぎがいるのよ、と言った。
男は、本当かい、と言い、自分も空を見上げ、煙る月光に目を細めた。
女は、月のうさぎはそれはそれは美しい月の少女が育てているのよ、と言った。
男は、それは君よりもか、と尋ねた。
女は、そうよ、と言った。
男はまた、本当かい、と尋ねた。
女は、そうに決まってるわ、と言った。
男は、そうか、と言った。
しかし、男はこの女より美しい女がいるものか、と思った。
ある夜、男は散歩に出かけた。
池のほとりを歩いていると、水面に白くたゆたう月が映っていた。
男は、綺麗だなと思い、それを眺めていた。
すると、一人の女が池のほとりへやってきた。
男はふと目をやった。
そして男は、女の途方もない美しさにあてられた。
女の肌は雪のように白く、艶やかで、木炭のように真っ黒い髪をいじらしく結っていた。
男は漆黒の眼差しに身体を焼かれた。
男は、月が綺麗ですね、と言った。
女は、そうですね、と応え微笑んだ。
男は女に、月にはうさぎがいるんだ、と教えた。
水面に逆さに映えるスイレンの純白は、飛花を告げていた。