黒耳
少し遠出をした日の夜のことだった。帰り道で『黒耳』と書かれた看板を見つけた。
この道はたまに通るのだが、この看板は見た事がなかった。少なくとも前に通った時はなかったはずだ。
駐車場が8割ほど埋まっている。繁盛しているのだろう。
黒耳が何屋なのかは分からなかったが、新しい物好きの私は入ることにした。
駐車場に入ってから気がついたのだが、ここにはただ駐車場があるだけで肝心の店舗がなかった。隣にビニールハウスが2つあるが、それ以外に建物らしきものは見当たらなかったのだ。
みんなここに置いてどこかへ歩いていったのだろうか。だとしたら、この駐車場のどこかに地図があるはずだ。
そんなことを考えていると、視界の端に人影が見えた。すぐに人影が見えた方を向いたが、そこには何もいなかった。
助手席に老婆のようなシルエットが見えた気がしたのだが⋯⋯
まぁ、十中八九見間違いだろう。今日は遠出して疲れてるからな。
喉が渇いたので水をひと口飲み、私は車を降りた。
ふと隣の車を見てみると、運転席に男性が乗っていた。この人も私と同じ客だろうか。笑っていたように見えたが、家族と来ているのだろうか。
あまりジロジロ見るわけにもいかないので、私は地図を探して歩き始めた。
が、地図らしきものはどこにも見当たらなかった。
困ったなぁ。
帰るか。
そう思って車に戻る途中、停まっている車に目をやると、女性が満面の笑みで運転席に座っていた。
顔の半分が口なのではないかと思うほど口を広げ、両目をぎゅっと瞑り、心の底から笑顔を作っていた。
他の車の運転席にも同じ表情の男女が乗っていた。
なんだか仲間外れになった気分だったので私はすぐに車に戻り、運転席で最高の笑顔を披露した。
恐らく、ここにいる全員が私のようにその場のノリに合わせるタイプの人間なのだろう。
最初のひとりがその行動を取り、それを見た者たちが続いていく。類は友を呼ぶというやつだ。
こういう系の怖い話って、実は全部こうなんです。みんなノリでやってるだけなんです。合わせてるだけなんです。なのであなたも混ざってください。日の出まで。