【雷帝】追放された黒魔道士。雷魔法を使い一瞬で敵を倒していたがパーティリーダーに「お前何もしてないからクビな」とクビにされてしまう。おい待てよ、こっちはもうアラフォーなんだぞ!再就職とか無理なんだが!
連載候補です。よろしくお願いします。
「カイナ、あんたクビな?」
「......は?」
俺を見る彼の瞳が冷たく光る。
今なんと言われたんだ?
聞き返そうと口を開いた瞬間、聞くまでもなく答えが帰ってきた。
「聞こえなかったのか? あんたはクビ! ク・ビ!!」
「いや、待ってくれ。 なぜだ? 理由を教えてくれ」
「そんなこともわからないのか? これだから......あんた、もう四十近いんだって? 脳みそも老いているとみえるな」
「なっ」
俺は絶句した。確かに俺は三十八を越えたいわゆるアラフォーのオッサンだ。
しかし、その言い方はひどすぎないか?
俺の所属する冒険者部隊、第七【ムラサメ】は日々増加していく魔獣に対抗するべく国により発足されたものであり、四人チームの戦闘部隊である。
俺が入隊した当初は一番年下だったが、いつのまにか最年長となっていた。なぜなら俺たちの戦う魔獣は強力なものがメインであり、必然的に死者も多かったから。
そう、俺より上の人間は皆死んだ。
そしてその死んだメンバーを埋めるように補充されたのがこの若手達。
リーダーを任せられている赤髪のリッズがいう。
「もう隠居したらどう? あんた最近、いっつも棒立ちで戦いすらしてねえだろ。 遠征の時もへとへとだったし......何も出来ねえならパーティーに要らねえんだよ」
......え、なにもしてないわけじゃ。ちゃんと後方で雷魔法使って敵を撃ち抜いてたんだが。
もしかして、リッズ......気がついてないのか?あれ見えてなかった?
隊のヒーラー、マーナがつけくわえる。
「それに、です。 あなたは怪我もおおい。 そのうち命を落としかねません。 なのでそろそろ潮時なのでは......あと腰痛持ちだし」
あー、まあ。確かに衰えは感じる今日此の頃だ。マーナの言う通り腰痛も酷い。
が、しかし、それでも稼がないとまずいのも事実。
親父が残した借金がまだ結構残っていて返済できてない。
次にタンクのダイトが言う。
「なんか噂ではさぁ、君、借金抱えてるって話じゃない? なんの借金かわからないけど、うちらのパーティーでそういうのよろしくないでしょ」
ああ、そうか。それも知ってのことか。
その昔、魔族による被害が多かった頃、親父は民が自衛できるように武器を配り、戦い方を学ばせた。
それには莫大な費用がかかり、いつしか親父が返しきれない金額となってしまった。
......しかしそんな理由は彼らにとってどうでも良い事なんだ。目を見ればわかる。
(......これは話し合っても無駄かな)
この空気の悪さと居辛さ。脂汗がじんわりと出てきて、俺は耐えきれなくなった。
「......そうか」
フッと鼻で嗤うリッズとダイト。マーナは興味ありませんといった感じでうつむいていた。
「そんじゃ、今日でサヨナラって事で」
「お疲れ様でした」
「じゃあなー、オッサン」
しかし、はっきり言われてみて自覚する。確かにそうかもしれない。
どう頑張ったところで衰えが垣間見える。
激しい戦闘であれば疲れで集中力がとぎれる時もあったし、長旅では脚が棒のようになり、進みが遅かったりもした。
......事実、最小限の動きで敵を倒すことばかりを考えるようになっていたしな。自業自得ってやつか。
そうか......俺はもう、冒険者としての寿命を迎えたのかもしれない。
側の木にもたれかかり、沈んでいく夕陽を眺める。
気がつけば沈んでいる。まるで俺の人生と同じだな。
転職、できるかな。俺、冒険者しかしてこなかったけど、まだ仕事できるのか?
農業や鍛冶ならどうだろう。いや、あれは技術が物をいう。今から始めたところで長年やってきた人たちにかなうわけもない。
商人なんてもってのほかだ。売り買いのノウハウなんてあるわけないし、カモにされて終わる。
だとすれば、一人で冒険者......なんてな。無理なことは知っているさ。
魔物被害による死亡事故を減らすべく、冒険者稼業は少なくても二人パーティーからしか認められないと規定で決められている。
「......はぁ」
......もう無理だな、これ。フツーに仕事へついたとしても返せる額の借金じゃないし。
冒険者も一人じゃできないとはいえ、例えやれたとしても、そもそも体がついていかない。
(......人生おわったなー、これ)
まあ、あの子達が自立できたのは良いことか。いつまでもうるさいオッサンと一緒にはいたくないよな。
彼らの新たな門出を祝うとするか。
(にしても......あの泣き虫だったリッズがな。 いまや立派なリーダーか)
自分の置かれた立場をそっちのけて、三人の成長が嬉しく思わずにやにやとしていると、不意に視線を感じた。
「ふふ、......はっ!」
顔をあげるとそこには一人の女性が立っていた。
日が沈み街灯が点る。あたりは薄暗く影を纏うが、その人の銀髪は闇に染められない美しさがあった。
合う瞳は鮮やかなバイオレット。
その笑みは心を融かしてしまえるような優しい色をしていた。
「こんなところで何をしているんですか?」
「あ、いや、えっと......すみません、なにも」
う、美しい......これは、目が合わせられない!
俺があたふたしていると彼女は小首を傾げた。
「もしかして、せんせい......私の事わからない?」
「......え」
「私、フィーネです」
「え、あ、フィーネ!?」
「はい」
「......そうか。 いや、その......なんというか。 とても綺麗になっていて気が付かなかったよ......すまない」
「へ!? あ、き、綺麗!? ......そ、そっか」
髪の先をつまみ視線を泳がせる彼女。
フィーネは十数年前に起こった、魔獣被害の被害者だ。親を殺され行き場の無かった彼女を十二になる頃まで俺が育てていた。
魔法使いの才能があった彼女は俺が少し教えると、その花を開かせ王宮魔道士に引き抜かれた。
あれから十年は経っているから、彼女は今二十二か。月日が経つのはあっという間だなあ。
(......フィーネの外套は白。 特級魔道士になったのか)
「頑張ってるみたいだな。 特級魔道士とは」
「え、あ、うん。 せんせいが教えてくれたから、これくらいは当然です」
「いやいや。 本当に凄いよ......君は昔から努力家だったからな」
「えへへ。 せんせいに褒められるのが一番嬉しいな」
せんせいか。とはいえ、俺は魔法の基本しか教えてないんだがな。
しかし、こうして未だに慕ってくれるのは嬉しい。
「ところでせんせい。 こんなところで何してるの? 冒険者部隊の任務ですか?」
「ん......あー、まあ、そんなところだ」
キョロキョロとあたりを伺うフィーネはその顔に疑問を浮かばせる。
「パーティーメンバーは? せんせいの格好からしてまだ任務中ですよね?」
「え、あー、まあなんというか」
「ふふっ」
「?」
「せんせい、昔から誤魔化すとき『あー、まあ』っていうよね。 ふふっ」
「え!? あ、あー、まあ......って、あ」
「あはははっ」
お腹を抑え笑い出すフィーネ。彼女が元気そうな姿を久しぶりに見たというのもある。しかし、それ以上に家族とも言えるこの子と時間を共有している今、なんとなく不安が消えるのを感じた。
「それで、結局のところ、せんせいは何をしてるんですか?」
「......実は、さ」
家族である彼女に嘘で誤魔化すことはできない。特級魔道士であり多忙のはずの彼女がわざわざ俺の為にこうして時間を割いてくれているんだ。
それに、『心が限界を迎えそうだったから』というのもある。
ああ、いつからこんなに弱くなったのやら。ホント情けない。
俺は冒険者パーティーを追放されたあらましを全て彼女に話した。
「......ってな訳さ。 まあ、なるべくしてなったって事だね。 ははっ」
「よし、彼らの冒険者ライセンスを剥奪してきます。 ちょっとまっていて下さい」
彼女はにやりと悪い笑みを浮かべた。
「ええっ!!?」
「そんな恩知らずは私が懲らしめます」
確かに特級魔道士の彼女であればそれは容易い。だが、俺は別に仕返しをしてほしくてこの話をしたわけじゃない。
「まてまて! 俺は別にそんなことは望んでいない! むしろある意味嬉しいよ」
「嬉しい?」
「俺からちゃんと自立してくれたんだ。 親ヅラをするつもりはないが、彼らが巣立っていくのは嬉しいのさ」
彼女はじっと俺の目を見る。
「君がこうして立派な魔道士になってくれたように、彼らもきっと凄腕の冒険者になる。 それを想うと、嬉しいよ。 少しだけ寂しくはあるがね」
フィーネがふいっと顔をそむけた。
「お気持ちはわかりますけど......せんせいは優しすぎます」
「はは、かもな。 でも、まあ、それに彼らの言うことも一理ある。 体が衰え、魔力も減少してきてるんだ......もう冒険者として戦うのは難しいのかもしれない」
敵の急所を一撃で射抜く。それは、最小限の魔力と動きで戦う、いわば省エネ作戦。
その根幹には『衰えて動けない、多くの魔力を使えない』という理由がある事実。そして俺はそれを受け止めるべきだ。
「なるほどです。 で、あれば」
フィーネはにこっと笑い俺にこういった。
「冒険者やめましょう! 私、いい再就職先、知ってますよ!」
「え?」
「それは、ずばり私の相棒です! せんせい、私のパートナーになってください!」
......え、どゆこと?
「は? それは......どういう?」
「実は私、魔力性質が攻撃にむいてないんです。 魔獣駆除や討滅が多く振られる今の魔道士達においてこれは割りと致命的でして......なので」
「君は、ヒーラーとして引き抜かれていなかったかい? 戦うの?」
「はい。 ......公にされてないのですが、いまこの国では水面下で魔族との抗争が起こっています。 それにより命を落とした騎士や魔道士も多く、戦えるものが少ないんです」
魔族との抗争?確かにレートの高い魔族をよく見かけていたけど、あれはそれが理由だったのか?
「だから、私が戦うためには優秀な騎士、もしくは魔道士がパートナーとして必要なのです」
「だから、俺?」
「はい! せんせいと一緒なら無敵っ! 私たちきっと最強のペアになれますよ!!」
「いやいや、さっきもいったでしょ? 俺は体が衰えてもう......」
「それはご心配なく! 私の力で補えます」
「? ......いや、だとしても」
「せんせい。 この国の裏、そこで起きている戦いであれば、あの頃戦場に立っていたあなたにはわかるでしょう? 多くの命が失われつつあるんです」
フィーナの瞳には想いがあった。
あの頃、失われた家族。そんな自分のような悲しい思いをする人々を生み出したくない。哀色の濃い光。
その気持ちは俺にも痛いほどわかった。
(......親父、俺は)
「こんな......俺でも、役に立てるのか?」
「勿論です。 数多の魔物を屠ってきたあなたの力が必要です」
要らないといわれた俺が必要とされている。
かつての弟子であり家族に。
だったら。
「......わかった、やるよ」
大切なモノの為に。命をかけて。
◆♢◆♢◆♢
――頭のない魔獣が三体。
ぐらぐらと体を揺らし、やがて大きな音を立て倒れた。
「せんせい! 凄いです!! レートB−の高ランク魔獣を一瞬で三体も!! やはりせんせいの雷魔法は素晴らしいですね!!」
「え......いや、すごいのは君の符術だ」
見てもらうのが一番!といわれ魔の森に出たところで魔獣とエンカウント。
唐突に手を握られた時は、何事っ!?と思ったけど。
――彼女の特級能力は、触れることによって力を与える【付与魔法】
「えへへっ。 いつかせんせいのお力になりたい、その一心でこれまで頑張ってきましたからっ! どうでしょう? 私の【付与魔法】はお気に召しました?」
「ああ......まるで若い頃のような、魔法のキレと魔力量だ。 本当にすごいな、フィーネは」
体もとても軽いし、全盛期とまではいかないがそれに近いレベルの力を感じる。地味に腰痛も解消されてるし。めっちゃ嬉しい。
今まで一度の戦闘でクラクラするくらい体力も削られて死にしうになっていたのに。
いくら全力で動き回っても息切れひとつしない......これは、本当にすごい。
それに、この能力......単純な魔力譲渡ではなく、対象の潜在能力を引き出し強化しているようにも感じる。
【魔力付与】【魔力活性化】【魔法威力向上】【身体能力強化】【自然治癒力強化】等、複数の魔法が混合されている。
こんな魔法、いままで見たことがない。......おそらく、この符術魔法はフィーネ以外には扱えない魔法だろう。構成されている術式が複雑すぎる。
「あ、そうそう......ち、ちなみに、実は更に強化できる方法もありまして」
「え、そ、そうなの? それはどうやるんだ?」
これ以上?それはすごいな。ちょっとオッサンひいちゃうレベル。
「そ、それは......あー、えっと、き、き、き......すを、ですねぇ」
「? ごめん、なんかフィーネの言葉がしりすぼみに小さくなったから、聞こえなかった。 なんて?」
「い、いえ! なんでもないです! ......教えてもできるわけ無いじゃん、やだやだ」
ぼそぼそと小さい声で彼女は何かをつぶやいた。
真っ赤な顔で暑いのか顔を手でぱたぱたあおぐフィーネ。
結局、これ以上の強化はできないのか?いや、十分なんだけどね。
しかし、これで。
「だけど、フィーネの符術魔法があれば......俺はまた」
「はいっ! どうです、私とペアに......なっていただけますか?」
にこっと笑うフィーネ。しかしここで一つの疑問が浮かぶ。
「......でも、これほどの符術だ。 俺なんかよりもっと強い奴をパートナーをつけたほうが良いんじゃないのか? 君は特級なんだし、そのくらいの権限だってあるだろう」
「うーん。 まあ、ですねえ......あ、せんせいより強い人がいるとかでなく、確かに聖騎士等からパートナーを募ることは出来ました」
「なら」
「でも、せんせいが良いんです。 ......だって、そのために自由に動ける特級魔道士になったんですから」
「? それはどういう」
「白状すると、近日中にせんせいを引き抜きにお伺いしようとしてました」
「え、そうなの?」
「はい。 しかし、偶然道端でにやにやしているせんせいを発見して、今に至るというわけです」
はずかしい!!道端でにやにやしているオッサンて不審者照合率98%の怪しいやつ!!
内心羞恥心で身悶えながら、彼女の一言がひっかかった。
「けど、俺がいいって......どゆこと?」
「そ、それは......えっと」
言いづらいのか、俯いてしまうフィーネ。
しかし、こんな俺を使ってくれるというなら、使えるというのなら願ってもない。
彼女の魔法にビビって思い直すところだったが、決心がついた。
「ごめん、困らせる気は無いんだ。 君がよければ、改めてよろしくお願いするよ」
「! はいっ! こちらこそお願いしますね、せんせい!」
――ズズズ
「「!!?」」
魔の森の奥、途轍もなく禍々しい魔力を感じた。
「これは......」
「こ、この力......おそらく、S〜の魔族。 一度王都に戻りましょう。 せんせいなら倒せるかもしれませんが、それでも危険です」
確かに、戦えば危険は避けられない。それでも。
「......でも、このレベルの魔物だったら王都に近づければ人々に危害が及ぶかもしれない。 行ってみないか、フィーナ?」
もう、「ああしていたら」なんて後悔はたくさんだ。
「それもそうですね。 確かに......わかりました。 行きましょう」
◆♢◆♢◆♢
――俺、リッズは後悔をしていた。
冒険者部隊の役立たずをクビにし、初の三人パーティーで魔獣狩りに入った魔の森。
以前にも何度か狩りに来て、レートの高めな魔獣が出現する事を知っていたが、それでもB+までだった。
しかし、今眼前にたたずんでいるのは、おおよそSレート以上もある狼型の魔獣、【ヴァルキリーウルフ】
魔界の森に生息しているといわれている魔獣で、集団で狩りを行う。
それが俺たちの周囲を二十もの数で囲んでいる。
「......グルルル」
「ひっ」
「ど、どーして、なんでこんな所に」
「あ......あ、ああ」
他の二人、マーナとダイトも腰が抜けたのか立つこともままならない。
そりゃそうだ。A〜レートの魔物を倒すのには上級騎士団が総出でいかなければ難しい。
それを遥かに上回るSレートが二十......これは、間違いなく殺される。
殺される?
いやだ......いやだ、いやだ!!
まだ死にたくない!死にたくないっ!!
誰か、助けてくれ!!俺は......こんなところで!!
群れのリーダーとらしき一頭がゆっくりと近づいてくる。
奴が纏う魔力量と、その濃度に体がまともに動かない。
「......はっ、はっ......」
息も出来ない。
その時、ヴァルキリーウルフが嗤ったような気がした。
大きくあけられた口。
ぞわぞわと、背筋に悪寒が走る。
俺の頭が失くなるイメージが過った。
「あ」
――死んだ。
パンッッ!!!
途轍もない破裂音。
気がつけば、喰らいつこうとしたヴァルキリーウルフの頭が吹き飛んでいた。
「「「!?」」」
激しい雷光。
「......は、え」
いま、俺......殺され。
魔獣が大きな音を立て、崩れ落ちた。
しかし、周囲を囲んでいたヴァルキリーウルフ達がそれを皮切りに一斉に襲いかかる。
次々に俺たちを喰らおうと飛びかかる魔獣。だが――
黄色い電撃が駆けるたび、一体、また一体と魔獣の骸が増えていく。
「な、なにが......起きてんだ?」
やがて全ての魔物が倒された時。目の前に見慣れた姿がたたずんでいた。
彼は黄金のような雷を纏い、こちらに背を向けている。
「......大丈夫か、リッズ」
「え、あんた......オッサン!? な、なんで」
今までに見たことのない、高レベルの魔力出力。それは特級魔道士や聖騎士を遥かに凌ぐものだった。
「すごい、Sレートの魔獣を一人で全部」
「ありえない......なんて戦闘力なんだ」
マーナとダイトは驚愕し、彼を見つめる。
「あ、いや。 俺一人の力じゃないんだけどね。 まあ、皆が無事で良かったよ」
オッサン、なんで。
「まてよ、俺は......俺らはアンタにあんな酷い仕打ちをしたんだぞ......それなのに、なんで」
憎まれてるはずだろ。恨まれてるはずだろ。
パーティーを外されたアンタがどうなるかなんてわかっていた。それをわかった上で追放したんだ。
そんな奴らに、向ける目がそれか!?
なんで......そんなに、優しいんだよアンタ。
「なんでって、仲間だからだよ。 確かにパーティーを追放された......けど、俺は君たちのこと仲間だと思っているよ」
すごいな、この人は。
「助けてくれて、ありがとうございます。 カイナさん」
「あ、え......カイナ『さん』? ど、どうしたの、急に」
「俺が馬鹿だった。 アンタは......まだ俺らより遥かに強い」
「いいや。 馬鹿じゃないさ。 お前の判断は正しいよ」
俺ならあんな風に追放したやつなんて見殺しにしたいとさえ思うのに。
すげえな、この人。
「さて、帰ろうか。 この魔獣の件を軍に報告して対策してもらわなければ......」
帰ろうとした、その時。その場の全員に悪寒が走る。
「――すげえな、お前」
「え?」
さきほどのヴァルキリーウルフが可愛く思える程の、凶悪とも言える禍々しくも大きな魔力。
この場の誰よりも、強い。そう確信させられるような、圧倒的な存在感。
カイナさんの横に褐色の鱗を纏った魔族が一人立っていた。
「なっ!?」
ドゴオッ!!!
顔面を殴られ、ぶっとばされるカイナさん。木々をへし折り、なおその勢いは止まらない。
「カイナさん!!」
「せんせえ!?」
「「!?」」
仲間の悲鳴、そして奴の高らかな笑い声。
カイナさんの元へ彼と同行していた女性が向かおうとすると、その魔族は静かに静止した。
「動くな。 ......動けば殺すぜ?」
時が止まったかとも思えるような、張り詰めた殺気。
その場の誰もが、息をすることさえ恐ろしくなる。
「ま、どのみち殺すんだけどな。 でも、人生に遊びは必要だろ? 少し時間があるんだ、付き合えよ」
こいつの気分ひとつ。命を手の上で転がされている。
「まずは、そうだな。 自己紹介といこうか。 俺は竜人族のヴァルガ。 よろしくな?」
その言葉を受け、カイナさんの連れてきた女性が言う。
「ヴァルガ!? まさか、魔王軍幹部で大の戦闘狂......闘神ヴァルガ!!?」
「ああ、そーだぜ」
聞いたことがある。闘神ヴァルガは魔王軍の中でもかなりの力を持つ実力者。遥か西にあるラーナ帝国が一夜にして滅ぼされたのはこいつがいたからというのは有名な話だ。
(......単独で八割方の騎士や魔道士を殺し尽くしたといわれる怪物)
SSSレートの中でも更に上に位置する、正真正銘の化け物。
こいつは、うちの国の特級聖騎士がいてもどこまで対抗できるのかわからない。
「俺のこと知ってんならもういいか。 さて、んじゃあ、誰から遊ぶ?」
ヴァルガの腕に魔力が収束する。それは一撃でここら一帯を消し飛ばせるような強大な凝縮された魔力だった。
「おまえ、かな?」
指をさされた俺。奴の目は嗤っている。
ゆっくり振り上げられる凶器とかした魔力の纏う腕。
俺を観察し、顔に張り付く絶望の色を舐めるように楽しむ。
しかし、それは振り下ろされる事は無かった。
――ズドオオンンンッ!!!
ヴァルガは横から放たれた巨大な電撃に吹き飛ばされる。
「うっははっ!! 生きていたか!!」
「......」
額から血をたれ流し、ふらふらになりながらカイナさんはかろうじて立っていた。
今の電撃はおそらく全魔力を使い放った、最後の魔法だろう。
「カイナさん......」
「せんせい、だ、大丈夫......」
流れる血を拭い、彼はにこっと笑う。
「うん、大丈夫。 ......フィーネ、ちょっといいかな」
「な、なんですか」
「今の状況、わかるよね」
「......」
「俺に【付与魔法】を使ってくれ。 そして逃げて」
「で、できません」
「......じゃないと、みんな死んじゃうから」
「でも、それじゃあ、せんせいが」
「俺は大丈夫だよ。 頃合いをみて逃げる」
そんなこと出来るわけない。そこにいた誰もがそう思っただろう。
けれど、カイナさんは続けてこういった。
「俺が嘘ついたこと、ある?」
「......ない、です」
悲しそうに頷く彼女は、カイナさんの手を握りしめた。
◆♢◆♢◆♢
――俺は嘘をついた。
(......ごめんね、フィーネ。 パートナーの話、反故にしちゃったな)
フィーネの手を握り、【付与魔法】を受けた。震える彼女の手ををはなし顔を見ると泣き出しそうな顔。
それは、彼女を王都へ連れてきたときの......別れ際の表情に似ていて懐かしいような気持ちになった。
「さあ、どれくらいもつかな? お前が死ねば次は奴らだからなあ! せいぜい足掻いて楽しませてくれよ?」
皆が逃げたあと奴はこう言った。「これは良い遊びになるな」「まずはお前を殺す。そしてその後、逃げた奴らを殺しに行く。 お前が俺の攻撃に耐え続ければそれだけアイツが逃げられる可能性が高まる......これはそういうゲームだ」と。
......だったら俺の取るべき行動はひとつ。全力で、命を度外視してこいつを
――ドゴッ
いつ、攻撃に移ったかわからない。しかし、腹部に奴の拳が深々と突き刺さっていた。
「がっ!!?」
「はははっ、隙だらけだな?」
幸い腹を貫通し、内蔵が潰れては無かったが、今の一撃をうけるのにフィーネにもらった魔力をかなり消費してしまった。
「まあ、でも、今の一瞬で魔力を腹に集中できてるっつーことは反応速度と魔力操作は上々だなぁ! お前、結構つええよ」
俺はその場に膝をつき、腹を抑え呻く。痛みが腹部から全身へ駆け巡り、死を意識する。
「おら、よっ!」
腕を捕まれ側にあった木に叩きつけられる。
「ぐはっ、があっ!!」
何度も、何度も何度も何度も何度も。
「ぐ!! ぎっ、が!! ぐぶはっ!!」
そして――
「これでよし。 おめえの魔力はもうガードで消費され消えちまったな......さて、じっくり楽しむか」
ぶらん、と脚を持たれ逆さ吊りにされる俺。
「おいおい、気を失うなよ? これからお前をいたぶって楽しむんだからよ〜。 すぐに殺さねえぜ......俺はおもちゃを大切にするタイプだからよ」
「......戦闘......戦いが好きなんじゃ、無かったのか」
「いいや。 戦うのも好きだが、いたぶる方がもっと好きなのさ。 知らなかったのか? ははっ、もうおせえけどな?」
「......そう」
――ゴッ
打撃音が響く。
しかし
それは俺が撃たれる音では
なかった。
「がっ、ぶふっ!?」
ヴァルガの顔面に俺の蹴りが撃ち込まれた音。奴は宙を舞いその場に倒れた。
「ぐっおっ、あ......な、なんだと? お前、もう魔力が無くなったんじゃ」
「ああ、うん。 ......魔力は無くなったよ」
ヴァルガは叫んだ。
「じゃ、じゃあてめえのそれはなんだ!? そのアホみてーな量の白い雷魔法はよおお!!?」
俺の体を真っ白な雷が這うように走る。
「これは魔力じゃない。 生命力による雷魔法......【白神】だ」
その昔、魔族との抗争が激しかった頃。当初一方的に人族が蹂躙されるかと思われたその戦において、人おも超えた力で対抗し続けた者たちがいた。
【死星獣】
死の星というエネルギー核を内包し、それにより引き出すことが可能になる莫大な生命力を使用し戦う者。
その力は大きく、発動すれば肉体に途轍もない負荷がかかり、使用者の体を死が蝕む。
――つまり、力に耐えきれず肉体が壊れてしまう。
......親父から受け継いだこの、【死星獣、白虎】
(あなたと同じ......大切な人を護るため)
......もう一度だけ使わせてもらう。
老いたこの肉体から絞りだされる生命力なんてたかが知れている。
けれど、必ず......こいつを仕留め、逝く。
――立ち昇る白雷は天に吸い込まれる。皮膚が所々割れ、血が吹き出し蒸発する。
その白き雷はカイナの全身を覆い、手には巨大な爪、腰からは尾が伸び、まるで白き虎のような形を模していた。
(......この力は今まで魔力によって封じていた。 けれど、その魔力は枯渇し、解放された)
大地が焦げ、割れる。
「いくぞ、ヴァルガ」
「!!」
ヴァルガはカイナを迎え撃つべく、大地を蹴り突進する。同時に振り上げた爪は魔力を限界まで練り上げた巨大な刀剣のような形を模していた。
しかし、直後異変に気がついた。
(――う、動けねえ!!?)
足が地面に縛り付けられたかの如く、剥がれない。
滞留する磁場により、縫い付けられたかのように白き雷に足をからめとられる。
(なっ、こりゃあ奴の雷魔法の力かッ!?)
――シュパンッ
刹那、光が瞬く間。
最早、ヴァルガの目に捉えることのできない速度。彼は両の腕を斬り飛ばされた。
「ぐぎゃあああっあああ!!? て、てめえっ......ああっ!?」
目の前にたたずんでいるカイナ。この距離であれば噛みつき殺すこともできる。が、しかし――
(......ッ!! この殺気......)
――動けない。
底の見えないエネルギーと、動き。その圧倒的な力の差を目の当たりにし、ヴァルガは動けなくなっていた。
「さよなら」
――パチンッ
「ま、まっ、ぶごあっ!!?」
カイナが指を弾くとヴァルガの頭部が吹き飛んだ。
彼の頭に蓄積された【白雷】が開放され、白き雷が体を焼き始める。
やがて消炭となった黒き骸だけがその場に残った。
「......おわった、か」
膝をつき、地べたへと倒れる。
カイナの意識が遠のきはじめた。
(......もう、力が入らない......)
本来、魔族でしか扱えない力の【死星獣】しかし、人の身ながらもそれを使い魔物を駆逐する者がいた。
全盛期の彼は【白雷】の負荷にも耐え、その驚異的なエネルギーを駆使し、数万の高位魔族を屠ったという。
(......まぁ、老いには......勝てなかったってこと、だな)
けれど、満足だ。
あの子達を護れた......親父も褒めてくれるさ。
――かつて親父が救った、少女。フィーネの泣き顔が頭を過ぎった。
(......さよなら、フィーネ)
◆♢◆♢◆♢
――?
なんだ?体が......熱い。
陽射しに照らされているような感覚。
「せんせい......ひっく」
......フィーネ?
瞼を開けば、俺は医療館らしき場所のベッドの上。そしてそこには涙を流す彼女がいた。
「......どうしたんだ......フィーネ」
彼女は俺のその声に驚き目を見開く。そして怒りの表情へと変化した。
「どうしたんだじゃ、ないっ!! 大丈夫だって、せんせい......いった! なのにっ!!」
「ご、ごめん」
ぽかぽかと俺の胸を叩き泣きじゃくるフィーネ。
心配してくれてたんだよな。俺の命で護れて良かった、なんて結局、自己満足の範疇でしかないんだ。この悲しみを背負わせてしまうところだったんだ、俺は。
彼女の泣き顔をみて、俺は改めてそう実感した。
って、あれ?
「俺、なんで生きてるんだ......そういえば」
「......死なせませんよ。 私がいるんだから!」
「け、けど、俺は......俺の体は限界を迎えて、あれ?」
見れば壊れかけていた肉体が元に戻っている。
「な、なんで......?」
「私の中にはどうやら【再生】の力もあったみたいで......符術をかけたあの後、その力がゆっくりとせんせいの体を復活させたみたいです」
「......【再生】って、【死星獣、朱雀】の......親父は......そうか、だから」
「はい。 私には【死星獣】の力が宿っていました」
あの時、親父が命を落とした戦いの直前、「俺は親友との約束を護りに行く」と言っていた。
おそらく、この子は親父の親友の娘。【死星獣、朱雀】当主の娘、フィーネ。
(......そうか)
巡り巡った想いが、親父が助けたフィーネを俺が護り、そしてフィーネが俺を助けてくれた。
「せんせい」
「ん?」
「これでもう、私達はパートナー。 一生、離れられませんね?」
「あ、ああ」
「......私がずっとせんせいを護りますから......絶対に」
フィーネが強く手を握る。しかし、俺は首を横に振った。
「いいや。 俺がフィーネを護るよ。 一生、命をかけて」
――後に彼は、その圧倒的な力で魔族との紛争を終結に導き、【白神の雷帝】と呼ばれた。
銀髪の魔法使いと共に。
【読者様へ】
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