欧州派兵は可能でしょうか?
二宮飛行器の協力を受けてガスタービン開発が始まった。
周りは新型軽量機関開発に対して奇異な目を向けてくる。
確かにそうだろう。
だが、レシプロや蒸気タービンの様に缶を必要とする外燃機関は余分な容積を要するので小型高速艦艇には不利であるし、高速化するには缶を増やす必要がある。まだまだ高温高圧缶には程遠い。
そんな中で、軽量で高出力の夢の機関があればいう事はないではないか。
だが、そこに協力するのが陸軍出身の人物が起業した海の物とも山の物とも分からない会社というのだから胡散臭い事だろう。
そんな不信の目を余所に開発を始めるが、そう簡単なモノでは無かった。
そして、ふと歴史を全く変えてしまった「彼」に聞いてみた。
歴史をどこまで変えるのかと。
しかし、彼は笑う。
「何を言っているんですか?それならば、河内より早く弩級戦艦を生み出したあなたこそ、どうしたいんです?私はゼロ戦を変えたい。簡単に言えばそれだけが目的ですよ」
と言うのである。
彼も彼で、どうやら架空戦記小説で流行りの日本の未来を変える事には興味がないらしい。
「興味がないと言われると語弊がありますね。貴方は?」
そう聞かれて、たしかに、無いと言えばうそになるとは思う。
しかし、実際に身を置いて、では、朝鮮や関東州を手放せたか?と言うと、それは明らかに無理がある。
よほどの地位に居て、元老などを味方にしていなければ変える事など難しい。
「ええ、そうです。21世紀の価値観を持ち込んで、朝鮮や関東州の売却や列強の参入など、この時代の人には無理でしょう。そこで日本に利益があるとは思えないではないですか」
確かにそうだ。
朝鮮に英国が、関東州に米国が。
そんな小説もあった。
そして、それでうまく彼らと付き合えたというストーリーだった気がするが、さて、どうだろうか?乗っ取られる恐怖が先に立ちはしないか?
いや、現実に乗っ取られそうだ。
「それに、私や貴方にその様な政策変更を行う発言力も権力もないではないですか。ほら、今も世界大戦がはじまりましたが、小説でよくある欧州派兵など可能でしょうか?」
と、聞かれた。
すでに1914年10月である。
たしかに、そんな権限も発言力も持ち合わせてはいない。
そんな日本は戦争景気で湧いていく。
その中で大量の資金投入が可能となり、開発も大幅に加速させることが出来た。
ただ、耐熱鋼の開発や耐久性を持たせるための製品品質が問題として浮上して来た。
そこで、思い切って規格統一や技術面への資金投入を提案したら、好景気と言う事で気前よく承認されることになった。
英米仏から様々な技術や工作機械の導入を行い、国産化への研究も始める。
事態が事態である。英仏はかなり気前よく協力してくれはしたが、当然の様に両国では規格が違う。
それが日本規格の制定と言う方向へ話を持って行く理由ともなってくれたのは幸いだ。
そうした活動の結果、溶接技術も大幅に向上させることに繋がりそうだし、技術開発の前倒しもいくつかできそうである。
そして、どうやら歴史は同じ様に進み、海軍は地中海に艦隊を派遣した。
急造計画により駆逐艦はレシプロ搭載艦の量産も行われている。
もし、ガスタービンがあれば、もっと余裕のある艦が建造できるのではないか。
実験室では稼働できるまでになった試作ガスタービンに海軍は期待を寄せるようになった。
そして、二宮飛行器では欧州と引けを取らない飛行機の開発にも成功し、いち早く艦上機の開発まで行っているという。
「欧州からの技術導入を待つまでもなく、ここは知識チートで我々が着艦装置を開発してしまいましょう。空母の方は準備していただけますか?」
という要望を容れ、現実より早く空母開発へと乗り出すことになった。
もちろん、鳳翔より技術的に進んだ艦とする。
しかし、あくまで新艦種と言う事もあっていきなり大型艦の建造までは持っていけない。
実験艦的な位置づけにはなるが、より安定した艦とするためにある程度幅のある商船規格をベースに開発を行う。
何、失敗すれば転用できるんだという口実の為だ。
こうして、船体は高速貨物船に近いものとし、その上に飛行甲板を載せる。
この船にはメリットもあった。
仮に鳳翔のように巡洋艦を準用した場合にはもっと乾舷が低く、エレベータを中央に設けることになっただろうが、貨物船ベースである事から後付けを装って舷側エレベータを採用している。
エレベーター位置は後のイオージマ級揚陸艦のように左舷中央、右舷後方である。
空母の設計を行っている間に戦争は終わり、世の中には不況が忍び寄ってくることになったが、海軍の期待を注がれた空母と艦載機には関係がない。
ガスタービンも実験室での可動が可能となり、あとは耐久性を実用ラインまで上げれば良いところまでやって来た。
さて、その艦載機だが、本当にガスタービンが必要なのかというレベルで欧州と差がない。
このまま発展させれば日本もマーリンやR-2800の様なエンジンまで行けるのではないだろうか?
そう、彼に聞いてみたが、首を振る。
「好景気を背景に技術や工作機械を導入したからこそです。ここからは地道な開発と膨大な資金が必要ですよ」
との事だった。
そして、何のいたずらか、それとも自然な事なのか、1922年、全く形は異なるのだが、空母鳳翔が完成した。
初の着艦は外国人ではなく、民間人、二宮飛行器二代目その人であった。もちろん、二宮機が日本初の離着艦を行った。