瀬戸内のモナコ
「原井さーん」
俺を呼ぶ声がするのでケータイから目を離して辺りを見回す。
どうやら見慣れた環境に帰ったらしい事を実感しながらも、違和感も同時に味わってしまう。
持っている端末は外国製の通信機器ではなく、塩飽印に替わっている。スマホという呼び名もこの世界には存在しない。いや、どこか他の国にはあるのかもしれないが、日本ではケータイと言えば塩飽電装が発表したコレの初代モデルからずっと基本デザインは変わらない。
日本はソ連崩壊によってようやく高度成長期を迎えることになったと言ってよく、1980年代まではどこに行くにも電車が主力であった。
1994年に初めて道路の本格整備が打ち出され、翌年の震災で耐震化や送電網の地中化が決まった。
結果、見慣れたはずの街の光景はまるで別物に変貌している。
それまで何とか軽トラがすれ違える程度の道であったところが四車線規格の道路へと変貌する事になり、電柱が無くなり送電網が地下へと埋設されていく。
さらに電力不足の時代に塩飽造船が工業用自家発電として小型原発を各地の工業地帯に売り込んだモノが地下送電網とともに新興市街地にも広まり、スマートグリット化へと進んで行った。
日本では原爆投下が無かった事で原子力への拒絶反応がなく、艦艇用原子炉をベースにした小型原発を工業地帯に設置する事に違和感がなかった、それが市街地にまで及んでいる訳だ。
東北での大地震の際にも工業地帯が被災したが、元が艦艇用原子炉だけあって重大事故に至っていない。
東京や大阪、名古屋にも原発が普通に存在するなんて、記憶をたどると俄かには信じられないが、こうも変わるもんかね。
そして、周辺情勢も大きく異なる。
ソ連の崩壊でテーハンが分離独立の武装蜂起を行い、中華人民軍が支援に入るが、ロシア軍との衝突に至り、満州を巡る戦いへとさらに発展していく。
人民中華は発展の活力源だった満州の油田を破壊され、鉱工業地帯も戦闘で荒廃して経済発展の原動力を失う事になった。
5年に及んだテーハン紛争はロシアが日露戦争以前の権益を取り戻し、勢いで参戦した中華民国が華北沿岸部領域を更に獲得するという事で、弱った人民中華の崩壊で幕を閉じた。
国際的な批判がロシアや中華民国に浴びせられていたが、どこ吹く風の両国は全く影響を受けずにいる。
まあ、結果として中華大陸の経済的躍進と言うのは起こりえない状況になり、単に米国が旧来利権として上海を中心に民国経済を掌握し、英国が香港を拠点に華南を事実上支配しているような状態だ。
香港返還?
そういえば、そんなものが行われた記憶もあるが、ここでは人民中華崩壊後の混乱に紛れて英国系国家が華南に生まれているので永久租借となっている。
そして、上海と北米を結ぶ航路の中継点として栄える日本。
米国にとってはチャイナドリームを手に入れた事で不満はないのだろう。積極的に中華民国投資にのめり込んでいるが、所詮は独裁者の懐行きだ。国民が潤う事などこれっぽっちも無く、大陸で必要な物資はすべて日本からの買い付け。
笑いが止まらないね。戦後70年も同じこと続けているのに、いつ気が付くんだ?米国は。
そんなこんなで日本は遅れてきた高度成長を謳歌している。
軍事技術が民間へと転用され、さらに高度な技術が民間で花開いているのが21世紀を迎えた日本だ。
その礎を作り上げたのは二宮、香西両氏である。
あの二人と戦争まで共に歩んだはずなのに、なぜ俺はここに居るんだろうね?
そして、いま居るのは瀬戸内の島ひとつをレジャーリゾートとして改造した中に建設された塩飽サーキットだ。
元は塩飽造船の本拠地であったが、設備の老朽化で移転。コンクリートに覆われた島となったその立地は自然に戻すよりも今の好景気に乗ってと言う事で複合リゾート施設へと変貌している。
通称、瀬戸内のモナコなんて呼ばれてもいる。
そんなサーキットのピットへ降りていく。
「お疲れ様です。車両の調整をお願いします」
呼びに来た人とは別の人物が話しかけてくる。
その目の前にあるのは二コ自動車が25年もモデルチェンジせずに販売を続けるご長寿車種、二コスポーツだ。
国民車メーカーが満を期して送り出したスポーツカーで、エンジンは二コ自動車のコンパクトカーに搭載される1200ccエンジンをターボ仕様にチューンナップしてアルミ骨格の前後にスペースフレームで足回りを取り付け、背面にパワートレーンを乗せるという完全レーシングカーなそれ。
構造が一部変更されてはいるモノの、既視感があり過ぎて眩暈がする。それを普通に手が届く価格で用意してしまうとか、二コ自動車もやり過ぎではないだろうか。
二コ自動車のホームコースでもあるここは、なぜか8月8日にイベントを行う。
そこに毎年招かれるレースや部品メーカー関係者の一人としてやってきたわけだ。
当然、持ち込んでいるのはレース仕様と市販部品を搭載したデモカー仕様の二コスポーツ。関連会社の社員の車も走らせる。
「あ、原井さん、ナンブの真部です。今回もよろしくお願いします」
そう言って挨拶をしてくれた人物にあまりにも身に覚えがあり過ぎる。
ナンブ。南部銃製造所の民需製品部門の事だ。大砲の駐退複座器技術を応用してショックアブソーバーを製造しており、二コ自動車はメイン顧客だし、競技用部品やアフター用品の販売も行っている。
「YP技研の原井です。こちらこそ」
YP技研は山崎と言う偏屈オヤジが起業したメーカーで、そこでは内外メーカーの車を多く競技車両として扱ってきたが、市販状態でほぼレーシングカーな二コスポーツはオヤジの偏屈魂に火をつけた車で、俺がそれを引き継いでしまった。
「そう言えば、あの車高調を入れた車ですよね?それ」
と、オーナーカーに気付いたらしい。
「ええ、オーナーは明日来る予定ですよ。その節は無理を言ってすいません」
どうやら向こうも何か違和感があるらしい。しかし、お互いこの業界で長年やって来た仲ということで、違和感はすぐに消して仕事の話を始める。
あれはいったい何だったのか、夢にしては色々おかしい気がするのだが、変貌した世界?が住みにくい世界では無かったので良かったのかもしれない。




