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帰って来た三人目

 ふと目が覚める。


 起きたはずみでケータイを落してしまったようだ。


 拾い上げて画面を見る。


 そこにはゲームのガレージ画面であった。


 しかし、そこにあるのは知らない戦車。


 違うな。よく知っている戦車だ。しかも、この戦車で実際に指揮していて被弾したような気がする。ちょっとゲームのやり過ぎではないかと自分でも思ってしまうが、そんなにやっていたんだろうか?


 ふと、ガレージ画面で保有戦車をスクロールしてみた。


 すると、どうにも知らない戦車が幾つか並んでいるではないか。


 日本の戦車は知っているというか、あまりにも既視感があり過ぎるものが多い。


 そして、ドイツにも知らない戦車がある。


 大戦時の戦車でゲパルトって軽戦車では?どう見ても中戦車なんだが。


 主砲はティーガーⅠと同じようだが、1000馬力もある様だ。もちろん、知らない。


 まあ、それは良い。


 気になるのはこれがどういう事かって事だな。



 そう思ってまずは歴史について調べてみて驚いた。


 どうやらあれは夢ではなかったらしい。なるほど、戦争は1945年8月15日に終わった訳じゃないんだな。


 それは記憶の通りだ。


 真珠湾攻撃やミッドウェー海戦など、見ていくと多くの出来事がそのままだ。


 ただし、1945年6月8日から大きく変わっている。


 記憶の通り、6月8日にソ連が満州や樺太へと侵攻している。


 樺太においてはそれを10日で退けることに成功し、増援を受けたのは記憶通り。


 満州への侵攻についても準備不足と戦力不足からソ連軍は思うように侵攻できずに停滞している。


 そして、7月になると続々と日本軍が中国各地から満州へと集結してきたらしい。それも伝聞通りである。


 その間、海軍は残存艦隊でもって沿海州やカムチャッカを攻撃して回り、ソ連海軍を粉砕し、ウラジオストクも瓦礫と化していた様だ。


 様々な事象を見ていくと、ソ連軍の侵攻が変化しているのはルーズベルトの懇願であるという。


 2月に行われたヤルタ会談の席上、ルーズベルトがスターリンに対し極東での第二戦線構築をせかし、それに呼応して早期の日本攻撃を約束したという。


 それはマリアナ海戦以降の戦いにおいて日本が新兵器を多く投入し、あまりにも多い損害が続出して進軍計画が大幅に遅延した事に起因している。


 マリアナで被った損害はフィリピンへの上陸で更に傷を拡げている。


 どうやらここで戦艦同士の海戦も生起し、米艦隊の方が敗退する大損害を受けた様だ。


 空母も酷い事に大半が損傷して戦力を喪失している。唯一、栗田ターンだけは史実通りに起こってレイテに上陸した陸軍は助かったようだが、それでもそれ以後の輸送も日本軍の潜水艦による攻撃で遅延が続いたらしい。だから、6月にもまだ戦えていたのか。


 そんな状態で4月に行われた硫黄島攻略戦は軽空母4隻沈没、戦艦2隻沈没と言う海戦での大損害に加え、上陸した海兵隊は橋頭堡ごと空襲で吹き飛ばされ、攻撃に曝された輸送船団は上陸することなく1万人近い海兵隊員が海に沈み、そのまま撤退する事態になったらしい。

 

 占領に成功したマリアナ諸島も無事では無かったようで、日本を空襲するためにテニアンに設けた巨大基地は5月と6月に来襲した日本軍により多大な損害を出している。


 5月には深山とその経験を生かして開発した新型の連山と三菱が開発した陸軍重爆「飛龍」の80機からなる爆撃を受けている。

 どうも帰還を考慮しない特攻だったらしく、低空進入してきた日本軍の発見が遅れ、迎撃は失敗、半数以上の侵入を許してクラスター爆弾により駐機していた多くの機に加えて兵舎や避難豪の一部まで被弾したらしい。


 6月には伊400型3隻と海大型改造艦2隻による巡航ミサイル「桜花」による攻撃で、20発近い「桜花」が飛来し、出撃準備中だった事から大火災や弾薬庫誘爆により基地は2週間以上機能を失っている。


 そりゃあ、こんな状況じゃあ、まともに戦えないわな。


 そして、7月にはさらに日本本土への空襲と艦砲射撃を意図した艦隊がやって来たらしいが、日本側の完勝と言える戦果を挙げている。


 空母6隻、戦艦4隻を基幹として来襲したらしいが、早期警戒網に引っかかり、早々に潜水艦の雷撃で駆逐艦4隻が被雷。


 その救助に駆逐艦を数隻残した艦隊は、今度は飛来した日本軍機による攻撃で多くが被弾。


 航行が怪しい空母3隻、戦艦1隻は追いかけてきた日本艦隊に捕捉されて撃沈されている様だ。


 撤退に成功した残存艦も更なる潜水艦の襲撃で更に巡洋艦2隻、戦艦1隻を失っている。


 そんな事が続いて、7月25日には全面降伏と言う方針を撤回して講和という話を日本に通達したらしい。


 その間も満州では戦闘が続いている。


 そして、日本が米英の講和条件を飲んで停戦に応じた8月2日、ソ連軍は樺太になんとか送り届けた部隊をもって再度の南下を開始し、日本軍との戦闘になる。


 8月8日、物量で押し込んでくるソ連軍を迎え撃っていた俺は、不意に放たれたバズーカらしき攻撃によって被弾。今に至る訳だ。


 その後どうなったのか見てみると、ソ連軍の樺太での戦闘はそれから一週間で息切れして南樺太から叩き出されている。


 しかし、満州での戦いはそれからも続き、米英による停戦勧告にも従わずに南下を続けている。


 最終的にソ連軍は釜山まで止まる事は無かったようだ。


 そうしてすべてが終わったのは10月22日。


 あとひと月遅ければ米軍がテーハンに上陸していたという話もある。


 その後、半島に取り残された日本軍はソ連への抵抗を続け、独立派朝鮮人も加わって4年も続くテーハン動乱と言うゲリラ戦を続けている。


 済州島には自由韓国政府が樹立されたが、半島への反ソ活動よりも反日活動と反政府派弾圧に熱心で、米国も愛想をつかして日本船への攻撃頻発から、日本が済州侵攻を行う事を黙認し、1947年には済州は日本領として追認されているらしい。


 もちろんと言うか、台湾も日本のままで、今でも日本のままみたいだね。


「原井さーん」


 誰かが呼んでいる。

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