11話 大公閣下と小公爵
私たちはひとまず、ホーリエン城に戻った。
世界間を繋ぐ扉の出口がここだったのだ。
たぶん、私が出口にローズ領をイメージしたら、ローズ領に直接帰れた気がする。
まぁ仕方ない。
来た時と同じってイメージしちゃったから。
「お帰りミア」と玉座に座ったマルティン。
「やぁただいま。そしてこのまま私とローレッタはローズ領に帰るよ」
「……あたしも、国に帰る……またね」
「あ、待ってイーナ」
私が引き留めると、イーナちょっと面倒そうな顔をした。
お前っ!
私を親友だって言ったじゃん!?
その態度は親友……いや、いいや。
知りたいことを聞こう。
「なんで私と親友なの?」
「……だって、団長からマリンの話、いっぱい聞いたから……。この80年で、いっぱい……だから気分は親友」
そんなに私の話したの!?
何を話したの!?
うわっ、これは聞くの怖いっ!
「じゃあ、またね」
そう言うと、イーナは水晶を抱えて謁見の間を出た。
「ミア、帰る前に確認したいんだけど」マルティンが言う。「割譲する領土の件」
「ああ、うん。それは大事だね。何?」
「我がホーリエン王国領のまま、君を公爵にする方向と、領土をハウザクト王国に譲渡する方向と、どっちがいい?」
なるほど。
確かにそれは決めておかないとね。
せっかくだし、ホーリエン王国で公爵になるのも悪くないね。
「どっちも違います」ローレッタが言う。「そこは今後ローズ公国として独立します」
なぬっ!?
私はビックリした。
初耳だったから。
マルティンや周囲の大臣たちも驚いていた。
「本当に?」マルティンが確認のために言う。「本当に独立でいいの?」
「はい。大丈夫です」ローレッタが言う。「お姉様が大公となり、あたしが小公爵となります!」
小公爵って何!?
初めて聞く爵位だけど!?
少なくとも、ハウザクト王国にもホーリエン王国にも存在しない爵位だ。
「大公についての説明は不要ですね?」
ローレッタの問いに、みんな頷く。
大公というのは、公国の主のこと。
地位としては王様より下で、公爵より上。
この世界における公国とは、公爵領1つから5つまでの小国のことを言う。
公爵領6個以上で王国。
政体によっては共和国とか、まぁ色々。
とにかく、公爵領5個以下ならば治めるのは大公なのだ。
まぁ、この世界と言うよりは、ヨーラル大陸のルールかな。
「そして小公爵というのはですね」ローレッタが言う。「次期皇帝のことを皇太子、次期国王のことを王太子と呼ぶように、次期大公を小公爵と呼ぼうかなと」
「なるほど。私に何かあった時は、ローレッタが大公になれるように、だね?」
「はい。まぁ、お姉様に何かあるとは思えませんが、一応」
現状、大公の子供は男なら公子、女なら公女と呼ばれている。
王女、王子みたいなもん。
でも皇太子や王太子のように、明確な後継者を指す言葉は存在していなかった。
「分かった」マルティンが言う。「それらも含めて、正式な手続きにしばらく時間がかかると思うけど、意に沿うようにするよ」
「あ、今の公爵どうするの?」と私。
そう、今後ローズ公国になるにしても、今はホーリエン王国の公爵領。
つまり公爵家が治めているはず。
「ふむ……」マルティンが思案顔を浮かべる。「中央で登用する方向で調節しよう」
「分かった。よろしくねマルティン」
「ああ。任せてくれ。でも残念だな」マルティンが少し寂しそうに笑う。「君が成人したら、正式にプロポーズしたかったのに。大公と王じゃ、無理だね」
はっはー!
確かにどっちも国を離れられないから無理だね!
「まぁでも、そこまで責任感じる必要ないよ」
一晩共にしたって言っても地下牢だしね!
◇
ローズ領に戻ると、父も母もすぐに私たちを抱き締めた。
セシリアとフィリスはガチ泣きしていたし、本当に心配をかけてしまったね。
後日、落ち着いてから聞いたのだけど、私とローレッタの護衛騎士2人は称号を剥奪され、投獄されているらしい。
公爵令嬢を2人とも守れなかったのだから、ある意味では妥当な罰なのだけど、ちょっと納得いかない。
相手は人間じゃなくて悪魔だったし。
5インチ砲で一撃だったけど、普通に戦ったら私でも勝てたか際どい。
私は強いけど、肉体的にはまだ8歳だからね。
まぁそんなわけで。
私は法務省管轄の地下牢を訪れていた。
もちろん、移動は馬車だったし、周囲は護衛騎士にガッチリと固められた状態での移動だった。
「ミア様……ご無事でなによりです……」
私が専属騎士に選んだグレン・ファーリーは牢の中で泣いていた。
「君はまだ騎士を続けたいかい?」
私が質問すると、グレンはとっても驚いた表情を見せた。
「自分には、その資格はありません……。ミア様のことも、ローレッタ様のことも、お守りできませんでしたから……」
「まぁ、再びローズ騎士になるのは無理だろうね」
私やローレッタが強引に復帰させても、グレンが肩身の狭い思いをするだけ。
「自分はこの程度の処分で済んだこと、感謝しています」グレンが涙を拭って言う。「処刑されてもおかしくないのに、5年の刑で許されています」
私とローレッタが生きて戻ったからである。
「ところで、私は新たに領地を手に入れたんだけど……」
「はい?」とグレンが首を傾げた。
「信用できる者が必要だから、君とニーナを連れて行きたいんだよね」
「し、しかし自分は役目を果たせなかった元騎士で……」
「お姉様、説明が雑です」ローレッタが言う。「グレン。お姉様はこの度、ローズ公国の大公閣下となりました」
「そうですか、大公閣下……え?」
グレンが目をまん丸くした。
「向こうではお姉様やあたしを侮る者もいるでしょう。まだ若いですからね、あたしたち」
「更に! 大公の座を狙う不届き者もいるかも!」
私はとっても楽しい気分で言った。
小説とか漫画だと、絶対に私に対抗しようとする勢力がいるはず。
悪役令嬢なんかも出てくるかも!
あ、それ私だった!
「そんな奴がいたら、あたしが即刻、黒焦げにしますけど」
ローレッタが真面目な表情で言った。
ああんっ!
ドロドロの権力争いとか面白そうなのにっ!
でも確かに、ローレッタが一撃で全部終わらせてしまいそう。
なんせ、助けに行った時には城を1つ制圧してるような性格だもの。
我が妹ながら、いい感じに成長していると思うよ。
「まぁそんなわけで」私が言う。「君さえ良ければ、一緒にローズ公国に行って欲しいんだよね。建国式典みたいなの、やるっぽいからさ」
マルティンの提案で、誰が公国の主か国民に示すための式典だ。
「本当に、自分でいいんでしょうか?」
「いいさ。でも、もうこっちには戻れないよ? 割と強引に連れて行くから」
グレンは仕事をサボったわけじゃない。
相手が悪かっただけのこと。
実力だってあるし、伸び代もある。
5年も牢で腐らせるには惜しい人材だと思う。
「ミア・ローズ大公閣下」
グレンはその場で片膝を突く。
とっても綺麗な姿勢だった。
「連れて行って頂けるのであれば、自分はこの命を閣下に捧げます」
それは重いよ!
でも言える空気じゃない。
私だって空気ぐらい読める。
「ありがとうグレン。近く迎えに来る」
そう言って、私とローレッタは別の牢へと向かった。
私らを案内している刑務官が先頭だ。
もちろん、私たちが向かったのはニーナの牢。
そしてニーナにも同じ提案をした。
ニーナはグレンと同じように、私に命を捧げることを誓った。
重いっ!
なんなの重い!
もっと気楽に考えてくれてもいいのにっ!
牢から出れて仕事に復帰できるラッキー、みたいな。




