13話 そのドラゴンは熱線とか吐くかね?
数日後。
私とローレッタはずっと王都に滞在していた。
王都から出ないよう、ジイことバーソロミューに言われているからだ。
今回の事件の後処理は割と大変みたい。
まず、治安維持隊の隊長の首が飛んだらしい。
物理的にじゃなくて、左遷されたという意味。
王子たちの抜け出しを許した近衛兵も、順番に再訓練となったとか。
私の祖父であるユージーンも、肩身の狭い思いをしているようだ。
両殿下を私が連れ出した、ということになっているからだ。
しかも暗殺犯の根城に。
まぁ、ほぼ事実だから、別にいいんだけどね。
でも、祖父はそんな心労を私たちに悟られまいとしていた。
なんていい祖父!
とりあえず、私とローレッタは普段通り、庭で訓練していたのだけれど。
突如、王都を黒い影が覆った。
その影のせいで、凄まじいパニックが発生しているようだけど、私には関係ない。
「対空戦闘ですか!? お姉様!? 対空戦闘ですか!?」
普段は冷静なローレッタまで焦っていた。
セシリアはポカーンと口を開いて、フィリスは尻餅を突いた。
護衛騎士2人は剣を抜いて構えた。
「ドラゴンってやっぱカッコいいね」
空を見て、私はそう呟いた。
そう。
王都を覆った影の正体はドラゴンだった。
ドラゴンはうちの屋敷の上空で滞空。
少しずつ、高度を下げている。
ドラゴンは緑色の鱗に覆われていて、巨大な尻尾が垂れ下がっている。
鋭く頑丈そうな爪に、全てを噛み砕けると錯覚するほど鋭利な牙。
そして左右に広がる大きな翼。
誰もが想像するドラゴンである。
ドラゴンの中のドラゴン。
王道まっしぐらのドラゴンの姿だった。
「そ、そうですね」
ローレッタが引きつった声で同意した。
どうやら、私が冷静だから、ローレッタも冷静さを取り戻したようだ。
ドラゴンの大きさは、軽く30メートルぐらい?
大きすぎじゃね?
今度、図書館で魔物図鑑を借りて見よう。
「ああ、嫌だわ……。ドラゴンに食べられて、人生が終わるなんて……嫌だわ……」
フィリスは尻餅を突いたまま、ポロポロと泣き出してしまった。
まぁ、確かにこのドラゴンを見たら、死を覚悟するのも分かる。
私はもちろん、戦闘になったら倒すつもりだけれど。
「フィリス、大丈夫です」
ローレッタがフィリスに近寄り、フィリスの頭を撫でる。
「お姉様がいます。ドラゴンなんて、きっとすぐ倒してくれます」
「ああ、こんな時はミア様が頼もしい!!」
フィリスが両手を胸の前で組んで、私を見詰めた。
うーん。
みんな落ち着こうね?
私はドラゴンに手を振った。
ドラゴンはギロリと私を睨んだが、それだけだった。
しかし、ドラゴンの背に乗っていた人物は私に手を振り返してくれた。
そしてその人物は、右肩に麻袋を抱えたまま飛び降りた。
麻袋は人間が1人入っているような形だった。
「君がミア・ローズ?」
飛び降りた人物は20代半ばの男性。
茶髪で、モブ顔。
サルメと同じぐらいモブ顔。
イケメンでも不細工でもない。
どこにでもいるような、そんな青年だ。
服装はサルメと同じ、黒いローブ。
武器はパッと見では携行していない。
「そうだよ。そっちは?」
「傭兵団《月花》、副長のレコ・リョナ。団長のお婿さん。よろしく」
言いながら、レコは麻袋を地面に捨てた。
麻袋が「うぎゃっ」と声を上げる。
「お婿さんは自称だろう?」
私は《月花》について、ある程度は調べている。
副長のレコ・リョナ。
彼はソシオパスと呼ばれる人種で、対外的にはアスラの弟として認識されている。
ちなみに、ソシオパスは簡単に言うと後天的なサイコパスのこと。
まぁ、細かくは違うけど、そういう認識でとりあえず問題ない。
「オレ以外のお婿さんがいたら殺すから、やっぱりオレがお婿さんで間違いない」
レコは澄んだ瞳で言った。
実に歪んだ思考だ。
さすが《月花》の副長。
「そうかい。それで、そいつは例の奴かい?」
私はチラリと麻袋を見た。
「そう。依頼は完了。金貨10枚」
「一国の王子を拉致して、金貨10枚でいいのかい?」
「いいよ。別に難しい依頼でもないし、それに初回サービスも含まれてる」レコが言う。「それよりミア、君ってサルメの言ってた通りの子なんだね」
「サルメはなんて?」
「頭おかしい令嬢って」
「……なんでだよ!?」
サルメにだけは言われたくないっ!
サルメにだけは、頭おかしいとか言われたくないっ!
「ゴジラッシュを見てもビビってないし、オレの存在にもすぐ気付いた」
「ゴジラッシュってそのドラゴン?」
私は滞空しているドラゴンを指さした。
「そう。竜王種の成体一歩手前ぐらいかな。人間だと、15歳とかそんぐらいかな」
「あれだね。街とか破壊して口から熱線とか吐きそうな名前だね」
「ゴジラッシュは街を壊したこともあるし、熱線も吐くよ」
「吐くんだ!?」
私は驚いた。
「うちでは1番強いドラゴンだよ。さて、金貨を貰おうか」
「セシリア、私の貯金箱から金貨を10枚持って来て」
私が言うと、放心していたセシリアが我に返った。
「すぐにお持ちします」
言い残し、セシリアが屋敷の中へ。
「君らってさ」私が言う。「ドラゴン空挺部隊があるって本当?」
「あるよ」
さすがファンタジー世界。
でもドラゴンって魔物の中でもかなり強いから、飼うのは困難である。
馬の代わりにドラゴン飼ってるのなんて、世界広しと言えど《月花》ぐらいだよ。
まぁ、それだけ《月花》の連中が人間離れしてるってことかな。
「あ、そうそう。うちの団長も、いつか君に会ってみたいってさ」
「遠慮したいね」
危険人物に進んで会う必要はない。
セシリアが戻って、私に金貨を手渡した。
その金貨を、私がレコに渡す。
「確かに。じゃあ、また何かあったらよろしく」
レコがニッコリ笑うと、足下に魔法陣が浮かぶ。
そして地面がせり上がる。
ゴジラッシュの高さまで地面がせり上がり、その上に乗っていたレコはそのままゴジラッシュの背中にジャンプ。
地面がスルスルと元に戻った。
なるほど、魔法兵だったかな。
こいつらはみんな魔法を使う。
レコが使った魔法は、こっちの魔法と遜色なかった。
だからサルメが言っていた神域属性というやつだろう。
ゴジラッシュが軽く羽ばたいて舞い上がる。
そのまま結構な速度で飛び去った。
「いいなぁ! 私もドラゴン飼いたいなぁ!」
チラッとセシリアを見る。
「ダメです、絶対ダメです! 絶対に! 絶対にダメです!」
セシリアがものすごく力強い口調で拒否した。
「ど、どこの世界に、ドラゴンを飼う公爵令嬢が……」
フィリスは引きつった笑みを浮かべていた。
まだちょっと怖いのだろう。
私はとりあえず、麻袋に近寄る。
そして軽く蹴っ飛ばすと、麻袋が悲鳴を上げた。
「……ミア様……」セシリアが酷く困惑した風に言う。「もしかしなくても、それって……」
「うん。隣国の第一王子だよ」
私がいい笑顔で言うと、セシリアが額を押さえてフラッと座り込んだ。
「ああ、ついにミア様がやらかした……。隣国の王子を……拉致……ああ、終わった……わたしの人生も、終わった……」
フィリスが再びポロポロと泣き出した。
「君は本当に悲観的だね」
「誰のせいですかっ!?」
私が呆れて言うと、フィリスが突っ込んだ。
「さてローレッタ、尋問の訓練だよ」
「はいお姉様。そのズダ袋に罪を認めさせればいいんですね!?」
「その通り。早速、やってみよう。最終的には、王子は悔い改めて、謝罪のためにわざわざ単身でハウザクト王国を訪れた、って設定になればいいかな」
「分かりました!」
ローレッタが意気揚々と麻袋に近寄る。
「君たちは見ない方がいいよ」
私は側仕え2人と護衛騎士2人に言った。
「わたくしは何も見ません、何も知りません」
「わたしも、わたしも知らない、何も知らない」
セシリアとフィリスがクルッと私たちに背を向けた。
ずっと黙っていたローズ騎士たちも、さすがにマズいと思ったのか背を向けた。
「ローレッタ、ご褒美にならないよう、しっかりやるように」
「ご褒美?」とローレッタが首を傾げた。
だってローレッタって超可愛いから!
半端にやると、喜びそうじゃん!?
私が男なら、喜ぶこと間違いなしだし!