5話 王族、ミアに会いに来る
その日、私とローレッタは戦闘服を着用していた。
2人とも空挺訓練を修了したというワッペンを胸の辺りに貼っている。
レックスとノエルは酷く羨ましそうだった。
だから私は、今日の訓練を頑張ったら戦闘服を買ってあげると約束した。
そしてまず、私は木の短剣を使用した近接戦闘術の指導をした。
「あぎゃぁぁぁぁ!」
ノエルが股間を押さえてゴロゴロと庭を転がった。
「おいおい、敵は急所を狙ってくるんだから、ちょっと蹴られたぐらいでそんなに悶絶しない!」
「いや、ミア、男はそこを蹴られると……死ぬほど痛い」
レックスが引きつった表情で言った。
「そうは言っても、私は戦闘になったら容赦なく破壊するよ? だから今のうちに、蹴られ慣れておいた方がいい」
「無茶言うなぁ! 俺もう帰り……」
「逃がしません!」
ローレッタがレックスの背後から、レックスの股間を蹴った。
レックスが悶絶しながら庭を転がった。
そして次の訓練へ。
「目がぁぁ!! 目がぁぁ!」
「催涙スプレーぐらいで情けない声を上げるなノエル。ローレッタを見たまえ」
私が指した先で、催涙スプレーを浴びたローレッタが腕立て伏せをしていた。
それはもう、ボロボロ泣きながらも文句1つ言わずに。
兵士の鑑だね。
さぁどんどん訓練しよう。
「腕がもげるぅぅ!」
「おいレックス、素振り1000回ぐらいで何を言う! ローレッタを見習え!」
ちなみにノエルは400回ぐらいでダウンした。
次は受け身の練習。
「もう投げないでぇ! 僕、死んじゃうぅぅ!」
「ちゃんと受け身を取れば、死んだりしない!」
「ミア様、そろそろさすがに休憩しては?」セシリアが淡々と言う。「ランチの時間も迫っていますし、それに殿方2人はボロボロです」
確かにセシリアの言葉通り、レックスとノエルは満身創痍だった。
2人とも汚れてもいい服で遊びに来ているけれど、それにしても汚れまくっている。
「訓練、地獄、ここ、地獄……」
「俺、騎士、なれる? なれない? 死ぬ? 地獄……」
ノエルとレックスは地面に転がって、どこか遠い空を見ていた。
「まったく情けないウジ虫ですね!」
ローレッタが2人の近くで仁王立ちし、2人を見下ろしている。
なんて凜々しい姿。
実に可愛い!
「よろしい、ランチまで休憩しよう」
私が言うと、レックスとノエルがあからさまにホッとした。
うーん。
もしかしてだけど。
2人とも、訓練嫌いなの?
いや、まさか。
訓練はみんな大好きなはず。
前世の傭兵団の団長も大好きだった。
他の仲間たちも、みんな訓練好きだったはず。
「ウジ虫が情けないから、お姉様が悲しそうな顔をしています!」
「お、俺はまだできる! ノエルみたいな優男とは違う!」
「はぁ? 僕だってまだいけますし! ローレッタは仕方ないにしても、レックスにだけは負けませんし!」
2人が立ち上がって言った。
「よく言った2人とも! やはり訓練を続けよう!」
「お、おう……」
「は、はい……」
2人はちょっとだけ引きつった表情で声が震えていた。
訓練が嬉しくて震えているのかも!
その時だった。
屋敷の門の前に、豪華な馬車が停まったのは。
その馬車を引く馬は毛並のいい白馬。
馬車の本体には王家の紋章。
ああああああ!
忘れてた!!
今日、アポなしで王子たちが突撃してくる日だった!
訓練に比べたら些細なことなので、本気で忘れてた!
「あれは……王家の……馬車?」
レックスの目が点になっている。
そりゃそうだ。
普通、平民の子供であるレックスに王族と会う機会などない。
もちろん、魔法使いのノエルにもない。
「ミア……? なんで、王様が?」
ノエルが酷く怯えた風な表情で言った。
「王様じゃなくて、たぶん王子だよ」
私が淡々と言った。
「昨日の窃盗犯ですか?」ローレッタがワクワクした風に言う。「もしかして開戦ですか?」
「開戦!? どういうことだ!?」
レックスがローレッタの肩を掴もうとした。
ローレッタはレックスの手首を捻る。
レックスが地面に転がる。
「大丈夫、特に問題はないよ。安心していい。ただ会いに来ただけさ」
「ミア様! 何か知っているのですか!? 昨日の問題は解決したんですよね!?」
セシリアが酷く慌てている。
セシリアがこんなに慌てるのは珍しい。
「うん。その件じゃないよ。単にあいつ、私らに会いたいだけ」
正確にはローレッタだろうけど。
「こうしてはいられません! 大奥様! 奥様方!」
セシリアは大慌てで屋敷の中に入った。
大奥様はうちの祖母のイヴリン。
奥様方は、ノエルとレックスの母たち。
ちなみに、祖父のユージーンは仕事でいない。
今日は休めなかったようだ。
「セシリアがあたしたちから目を離すなんてっ!」
ローレッタが酷く驚いた風に言った。
私も驚いた。
それだけ、セシリアが動転しているということ。
庭で私たちを見ていたローズ領の護衛騎士たちが、警戒した風に表情を引き締めた。
私はゆっくりとした足取りで門の方へと向かう。
「君たちも一緒においで」
私が言うと、ローレッタは普通に私の隣に並んだ。
レックスとノエルは、おっかなびっくり、私とローレッタの背後に。
最初に護衛騎士が1人、馬車を降りた。
そして周囲を確認してから、ジェイドとクラリスをエスコートして馬車から降ろす。
門番の兵たちが跪いた。
「おお! ミア! なんだそのカラフルな服装は!」
ジェイドが私を見つけて手を振った。
「これは戦闘服だよ! 何か用かね? 私らは訓練中なんだけど?」
「訓練?」クラリスが目を細めた。「何の訓練をしていますの?」
「戦闘」
私が言うと、クラリスが目を丸くした。
「まぁ入りたまえ」
私が言うと、門番が門を開ける。
「側仕えは一緒ではないんですか?」
ローレッタが言った。
「あら? アタクシはもう10歳ですわ」
クラリスが胸を張って言った。
「そうだ! 俺様たちに子守などいらぬ!」
「城を抜け出したのかい?」と私。
普通、王族が外に出るのに護衛騎士1人しかいないなんて有り得ない。
「俺様たちがどこに行こうが、そんなのは俺様たちの勝手だ!」
「はいですわ。誰の許可も必要ありませんわね」
これ、御者の人も護衛騎士もあとで怒られるんじゃない?
まぁ、もちろん御者も騎士も王子と姫には逆らえなかったのだろうけどさ。
いや。
待て待て。
そんな簡単に抜け出せるか?
2人が抜け出したと思っているだけなのでは?
「ローレッタ」
私が言うと、察したローレッタがジャンプ。
そして軽く風を吹かせて舞い上がる。
風が吹いた時、ローレッタの下に魔法陣が浮かんだ。
ローレッタはしばらく滞空してから庭に戻った。
「「おぉ」」
ローレッタの華麗な動きに、みんなが声を上げた。
ふっふっふ!
さすがローレッタ!
ローレッタはハンドサインで私に伝える。
(お姉様、刺客というか、たぶん王子たちの護衛ですが、全部で10人です)
(そうか。問題ないだろうから、放置しよう)
私もハンドサインを返した。
やはり、王子たちの動きは把握されている。
「今のは魔法か!?」
興奮気味のジェイドが、ローレッタに寄って行った。
「そうですが?」
ローレッタはツンツンした物言いで答えた。
ありゃー。
これ、ジェイド脈なしだね。
「もっと魔法を使って見せろ!」
「嫌です」
「……お、俺様は王子だぞ!?」
「でも嫌です」
プイッとローレッタがそっぽを向く。
可愛い!
はい可愛い!
「あ、姉上ぇぇ!」
ジェイドは半泣きでクラリスに視線を送った。
クラリスが小さく溜息を吐く。
「魔法のことよりも、王族であるアタクシたちを、いつまで立たせておくつもりですの? お茶ぐらいは出して頂けないと、困ってしまいますわ」
クラリスが言ったすぐあと、侍女を引き連れたイヴリンが屋敷から出てきた。
「これはこれは、王女殿下と王子殿下。ご機嫌麗しゅうございます」
イヴリンは私のすぐ隣まで移動して、仰々しく膝を折った。
「約束もなく、突然の来訪に驚いておりますが、お目にかかれて光栄でございます」
貴族言葉で、「いきなり来てんじゃねーよバカ」という意味だ。
「ところで、準男爵の屋敷に何用でございましょうか?」
公爵の爵位を私の父カイルに渡した時点で、祖父のユージーンは自動的に準男爵になっている。
「うむ。俺様たちはローズ姉妹と親睦を深めに来た! とりあえず茶室に……いや、俺様と姉上も訓練とやらに混ぜてもらおうか!」
ジェイドの言葉で、レックスとノエルが警戒心を強めたのが分かった。
これはっ!
巨大なローレッタ争奪戦!
やっべ、ちょっと私、ワクワクしてきた!




