11話 並んで歯磨き、嬉しいな
「いや、私はどこにでもいる普通の公爵令嬢だよ」
私は曖昧に笑った。
サルメの髪の色は茶色。
髪型はハーフアップ。
黒いローブを羽織っている。
顔立ちは普通。
それはもう、どこにでもいそうなモブ顔。
こんなモブ顔で、これだけ強いとか《月花》ってどうなってるんだろう。
ふむ。
傭兵国家なんてゲームには出てこなかった。
この海賊たちもだ。
思うに、こいつら結局お金を払えなかったのだろう。
で、ヒッソリとサルメに皆殺しにされたのだと思う、ゲーム本編では。
「あら可愛らしいですね。でも、その目はよろしくないですね」
サルメが身を屈めて私の瞳を覗き込んだ。
サルメはかなり凶悪な表情を浮かべたが、私も負けずと睨み返した。
「それ、人殺しの目ですよ。ミアちゃん、見たところ7歳ぐらいですか? すでに人を殺してますね? 公爵令嬢ということですので、権力を盾に罪人の処刑をやってみた――」
サルメはまだ私を覗き込んでいる。
「――とかじゃないですよね。喜び勇んで、戦って、そして人を殺す者の目です。私たちと同じ目をしています。どういうことでしょう?」
「はん。殺したのは1人だけで、しかも正当防衛だよ」
事実だ。
私が今世で殺したのは、ノエルの母に毒を飲ませていたクソッタレの侍女だけ。
「嘘ではないですね」
サルメは私の表情や声音を観察していた。
こいつ、ガチで相当ヤバいね。
ああ、ちょっとだけやり合ってみたくなっちゃった。
「まぁいいでしょう。私には関係のない話です」サルメが姿勢を正す。「それじゃあ、明日まで待ちましょう。それ以上はダメです。いいですね?」
「わ、分かりました! 明日の朝一番で船長の釈放と、ローズ家に身代金の要求をします!」
青髪が必死に言った。
「今から使者を出してください」
「い、今から……」
「そうです。今からです。ほら急いで!」
サルメが手を叩くと、青髪が指示を出して、海賊2人が走って外に出た。
あの2人が使者ということか。
私はどうしようかな。
下手に動くと、サルメとバトルになっちゃうね。
それはきっと夢みたいに楽しいだろう。
我を忘れて楽しめそうな相手だ。
でも。
転生したばかりで死にたくないという思いもある。
死ぬのは好きじゃない。
1回死んだから言えることだけどね!
「ミアちゃん」
私が思案していると、サルメが言った。
私が顔を上げると、サルメが自分の顔を私の耳に寄せた。
「こちらの用事が終わったら、好きにしていいですよ。海賊たち、殺すつもりだったでしょう?」
サルメはそれだけ言って、顔を戻した。
私はサルメをジッと見た。
「ですが、それまでは大人しくしておいてくださいね? お金を回収できないと、私はお尻ペンペンされてしまいます」
サルメが何かを思い出している風な顔で言った。
つまり《月花》には、このヤバいサルメをお仕置きできるぐらいの奴がいるってことか。
まさか本当にお尻ペンペンされるわけじゃないよね?
比喩だよね?
まぁそれはそれとして、
ああ、くそ!
傭兵が違法じゃなかったら、うちの領兵を《月花》に鍛えて欲しいぐらいだよ!
◇
爽やかな朝の目覚めが訪れ、私は大きく背伸びをした。
「ミア様、よく爆睡できるな……」
目の下にクマを作ったレックスが、引きつった顔で言った。
ちなみに、レックスも私も縛られていない。
サルメが「私が見張っておくので、拘束なんていりませんよ」と言ってくれたからだ。
そのサルメはというと、普通に座って寝ていた。
全然、私たちを見張る気なくて笑える。
まぁ、とはいえ。
常人ならサルメから逃げるのは不可能だ。
私1人なら大丈夫だけど、レックスを連れてとなると厳しい。
「レックス、将来のためにどこでも寝られるようにしておけ」私が言う。「いざという時、体力がないと何も始まらない」
「……分かった」
レックスが素直に頷く。
まぁ、レックスもまったく少しも寝てないわけじゃない。
確認したからね、夜中に。
レックスは睡眠が浅く、何度も目覚めたから寝不足なのだろう。
「さぁ、まずは歯磨きだよ」
私が歯ブラシとコップを仮創造。
もちろん、私の分とレックスの分だ。
レックスの歯ブラシとコップは空色にして、私はローレッタの髪と同じ桜色。
私がピンク好きって言ったら、前世じゃみんな「え?」って顔したなぁ。
くそっ!
ピンクが好きで何が悪い!
私とレックスは水瓶が置いてある場所まで移動し、そこで歯を磨いた。
ここは倉庫だがちゃんと水場はある。
まぁ、なくても私が水を仮創造すればいい。
あは。
こうしてレックスと並んで朝の歯磨きとか、まるで夫婦みたいだね!
夫婦みたいだね!
結婚したことないけど!
歯磨きが終わったので、歯ブラシとコップを消す。
それから、顔を洗ってもう一度背伸び。
「よし、朝飯を頂こう」
「誰に?」
「海賊たちに決まってるだろうレックス」
最悪、食糧を創造してもいい。
仮ではなく、ちゃんとした創造だ。
でもちゃんとした創造は魔力消費が激しいので、できれば使いたくない。
万が一、サルメと戦闘になった場合に備えて、ね。
「ミア様、普通、海賊は人質に飯なんか出さない」
「ミアでいいよ」
「え?」
「ミア様なんて他人行儀な呼び方はよせ。2人だけなんだから、ミアでいいよ。ほら、呼んでみて」
私が言うと、レックスが頬を染めた。
どうやら緊張しているようだ。
まぁ、自分より立場が上の人間を呼び捨てにするのは、少し勇気がいる。
「み、ミア?」
「なんだいレックス?」
私が微笑むと、レックスはさっき以上に顔を赤くした。
怒ったわけじゃなくて、緊張が増したのだろう。
「大丈夫、呼び捨ての方が仲良し感あるし、私は嬉しいよ」
立場は忘れていい、私は怒らないし、その方がいいとちゃんと伝える。
私はたまに、伝え忘れることがあるからね。
「な、仲良し……?」
「君は部下だけど、それ以前に友人だと思っているよ」
私っていい上司だろう?
「お、俺も、ミアのこと、その……」
レックスが口ごもる。
「暑いですね。冬なのに暑いですね」
いつの間にか私たちの背後に立っていたサルメが呟いた。
レックスがビクッと身を竦めた。
私はサルメの存在に気付いていたので、特に驚きはない。
「そんなローブ着てるからだろう?」と私。
まだコートを着るには少し早いか。
暦の上では冬だが、寒さが厳しくなるのはもう少し先。
まぁ、倉庫の中はかがり火が多い。
だから暖かいのかもしれないけど。
「いえ、そういう意味じゃないです。割と賢そうな子だと思ったのですけど、その辺りは割と鈍いんですね」
「私が鈍いだって? 試してみるかい?」
私がサルメを睨むと、サルメがクスッと笑った。
「怒らないでくださいよ。別に動きが遅いってバカにしたわけじゃないですし。まぁでも、気に障ったならごめんなさい」
素直に謝られたので、私もすぐに緩んだ。
その瞬間、サルメの右手が私の頬を掴んだ。
油断したっ!
「私とやり合うには、少し若すぎますね。もう少し経験を積んだ方がいいでしょう。戦闘能力もその年齢なら非常に高そうですが、私には及びません」
サルメは私を覗き込んで言った。
「や、やめろ、ミアに……手を」
レックスが震える声で言った。
今度はちゃんと私を案じてくれているようだ。
ちょっと嬉しい私である。
さぁ、存分に私を守ってくれていいよ!!
さぁさぁ!!
「何をニヤニヤしているんですか……気持ち悪い子ですね」
サルメがパッと手を離した。
クソ。
誰が気持ち悪い子だ。
いいじゃないか、守られたって。
私は公爵令嬢なんだから。
前世の傭兵時代とは違うのだよ!
まぁそれはそれとして。
サルメのやつ、私の可愛い顔を掴みやがって。
実はちょっと痛かった。
いつか、仕返しにお尻ペンペンしてやる。