10話 出張サルメちゃん
でもおかしいな。
ゲームでは、レックスに拉致された過去なんてなかった。
もしかして、我が家に遊びに来たから?
いや、どう考えてもそうだよね。
うちからの帰り道で拉致されたわけだし。
「そうまでして船長を牢から出したいって、君らは何者だい?」
まぁ、だいたい分かるけどね。
貿易船の船員には見えないし、どう見ても賊の類い。
「しがねー海賊だよ」と青髪。
「ああ、クソッ、船長のアホ! 陸で麻薬の販売なんかに手を染めるからこうなるんだ」
金髪は頭を抱えて言った。
ふむ。
本職は海賊なのに、なぜか陸で商売を始めてトチって捕まったって話かな?
「バカ、新しい商売のことはいいんだよ」青髪が言う。「問題なのは、船長が雇った連中にまだ金を払ってねーってことだ。船長しか金の隠し場所知らねーのが最悪だ」
「クソッ! だから反対だったんだ! あんな悪魔みたいな連中に頼るのは! いくら犯罪組織運営のスペシャリストがいるからって、連中を頼るなんて! 知ってるだろ? あそこのボスは悪逆非道、極悪にして無情、生きる闘神、人類最初のサイコパス、銀色の魔王、つーか、魔王が裸足で逃げ出すって噂なんだぞ! そんなイカレた奴が運営してる傭兵国家だぞ!」
「だが大成功だったろうが、船長がヘマしなきゃな」青髪が苦笑い。「とにかく、船長に金の在処を吐いてもらわねーと、オレらまで傭兵国家《月花》に殺されちまう」
なるほど。
事情はよく分かった。
それより、傭兵国家ってカッコいいね。
素敵ワードだね。
てか、傭兵国家かぁ。
前世の仲間たちが大喜びで所属しそうだね。
私もちょっと惹かれるものはある。
とはいえ。
我がハウザクト王国では、傭兵を禁止している。
傭兵団を作るのは当然として、雇うのもダメ。
唯一の例外として、外国との戦争中に中央の判断でなら雇うことが可能。
なぜそんなに傭兵に厳しいかと言うと、理由は単純。
領兵制限で各領地の兵力を均等にしたのに、傭兵なんか雇われたらそれが全くの無意味になるから。
◇
色々なことを考えていると、馬車が止まった。
移動時間はだいたい2時間から3時間と言ったところか。
なんでまだ私が海賊の2人――御者も入れたら3人を生かしているかって?
ローズ領に海賊の拠点があるなら、まとめて叩き潰したいよね。
「よし、降りろ」
青髪の海賊が言った。
金髪が先に降りて、私とレックスを順番に抱きかかえて地面に下ろした。
うーむ。
私らが走って逃げたらどうするんだろう?
子供だと思って甘く見過ぎじゃないかな。
そんなことを思ったけど、まぁ私は逃げなかった。
代わりに周囲を確認。
すでに日は落ちているが、各所にかがり火があるので割と明るい。
どうやら、港の倉庫街のようだった。
ということは、移動時間から計算して、ここは海事都市マーファだ。
領都ロルルから南西に約20キロの位置。
領都の次に大きな都市だ。
ローズ領の玄関口とも呼ばれている。
外国や他領地との交易の拠点なのだ。
「こっちだ」
青髪に連れられて、私とレックスは倉庫の中へと入った。
倉庫の中にもかがり火が置いてあるので、光源は十分だ。
「戻ったか」
マッチョな茶髪が私たちを出迎えた。
マッチョの背後には4人の男女。
見た感じ、全員海賊だ。
これで海賊の人数は全部で8人。
奥にまだいるかな?
「それで、女の子は誰なの?」
言ったのは海賊女。
「ミア・ローズ公爵令嬢」と金髪。
出迎えた海賊たちが目を丸くする。
「おい冗談じゃねーぞ! 拉致っていい相手じゃねーぞこら!」
マッチョが怒り心頭という様子で言った。
まぁ、公爵令嬢を拉致とか、普通に考えれば領地1つを丸ごと敵に回したようなもの。
騎士の息子を攫うのとは訳が違う。
「いやいや、そんなボロボロで泥だらけの公爵令嬢がいるかよ!」モヒカンの男が笑った。「つまんねー冗談だぜ!」
「うるせーんだよ」青髪が言う。「顔をよく見ろ! このガキはミア・ローズだ!」
モヒカンがマジマジと私を見た。
「オレっちは公爵令嬢の顔とか知らなかったわ!」モヒカンが笑う。「つか、マジならなんだって公爵令嬢なんか拉致ったんだ!?」
「事情があんだよ。クソッ!」青髪が吐き捨てるように言った。「最悪、ローズ家に身代金を請求するぞ!」
「そんなことしたら、団ごと消されるわ!」
海賊女がヒステリックに叫んだ。
「うるせー!! お前は、たかが領地一個と《月花》と、どっちが怖いんだ!? あん!?」
青髪が言うと、海賊女が沈黙した。
どうやら、《月花》って傭兵国家はかなりヤバいようだ。
まぁ、でも、こいつらはみんなここで死ぬんだけどね。
いや、団ごと潰すか。
つまり、1人か2人は生かしておいて、情報を吐かせて芋づる式ってやつ。
私は薄く笑って、手首の拘束を抜ける。
「ところで、君たちはこれで全部かい?」
私は和やかな雰囲気で言った。
念のための確認ってやつ。
「てめぇに関係ねぇだろ!」マッチョが言う。「ぶち殴るぞクソガキが!! オレはな! てめぇみたいに金持ちに生まれたガキが大っ嫌いなんだよ!」
「へぇ。そりゃいいや。大嫌いなガキに殺さ……」
私は言葉に詰まった。
いつの間にか、私の首に剣の刃が当たっていたからだ。
背筋がゾクゾクした。
その剣はクレイモアと呼ばれる大剣で、酷く煌めいている。
かなり高価な代物だと見ただけで理解できる。
「お嬢ちゃん、魔法なんか使っちゃダメですよ?」
女の声。
私の背後に立っているので、姿は確認できない。
でも、こいつはヤバい。
海賊なんかじゃない。
絶対に違う。
前世の私や10年後の私ならともかく、今の私では最悪、負けるかもしれない。
そういう相手。
「サルメさん……?」
青髪が真っ青な顔で言った。
他の海賊たちも真っ青に。
「ま、待ってくれサルメさん。金は必ず払う!」
マッチョが震えながら言った。
「ど、どこから……」
そう呟いたのはレックス。
ああ、私も同じ質問をしたいね。
この私が、気配に気付かなかった。
「お金を払うのは当然なんですよねぇ」サルメが言う。「問題なのは、世界中を飛び回って忙しいこの私が、《月花》の遊撃隊長であるこのサルメ・ティッカが、催促しに来なきゃいけない状況です。理解できますか?」
なるほど。
こいつが《月花》の隊員か。
恐ろしい手練れだ。
「しかも皆さん、本来の拠点にいませんでしたね。ここを探すのに、2日ぐらいかかりました。もしかして、逃げようとしていた、なんてことはないですよね?」
「ふ、2日で秘密の拠点を……」と金髪。
あ、ここ秘密の拠点だったんだね。
「ち、違う! 絶対に違う! ちょっと事情があって、支払いが遅れてるだけだ! 必ず払う!」
青髪は必死になって言った。
「遅れている分、1割増しです」
「そんなっ!」と海賊女。
「文句あるんですか?」
サルメが言うと、海賊女は強く首を振った。
いやー、これ、サルメの威圧感半端ない。
私だから普通に立っていられるけど、訓練を受けていなかったら漏らしそうだよね。
チラリとレックスを確認すると、脚が震えていた。
でも泣かずに耐えている。
さすが私の部下!
「で?」サルメがクレイモアを仕舞った。「この子供たちは? 海賊志願には見えませんよ?」
青髪が私たちを拉致した理由を説明した。
当然、私とレックスが誰であるかも。
「走っている馬車に飛び乗るなんて、お嬢ちゃん、ミア・ローズ公爵令嬢でしたか。普通じゃないですね」
サルメが笑った。
私はその時、初めて振り返ってサルメの姿を確認した。
20歳前後の女だが、見た目通りの年齢とは思えない。
雰囲気や威圧感、そういうのでなんとなく分かる。
勘と言われればその通りだけど、こいつは20歳じゃない。
もっと年上だと感じる。
魔法か何かで若作りしているのかな?