8話 レックスで遊ぼう!
「ミア様、もう無理! 身体が折れるぅぅ!」
「いやいや、君、ちょっと身体硬すぎじゃないかな?」
ローズ家の庭で、私はレックスの背中を押していた。
レックスは開脚してベターっと身体を前に倒している状態だ。
まぁ、全然倒せてないんだけどね。
「ふっ、その程度ですか」
ニヤッと笑いながら、ローレッタが地面にベタッと身体を付ける。
もちろん、開脚している状態で。
「ミア様、もう無理! 腕が折れるぅぅぅ!」
「いやいや、ちょっと腕立て100回したぐらいで、それはないだろう!?」
ストレッチのあと、私たち3人は基本的な筋トレを行っていた。
「あたしはまだまだいけますよ」
ローレッタと私はしばらく腕立てを続けた。
レックスは肩で息をしながら、地面に転がった。
「脚がぁぁ! ミア様、俺、もう立てないぃぃ!」
「おいおい、ちょっとスクワット200回したぐらいで!?」
私は溜息を吐きながら、スクワットを続けた。
「立派な兵士になる気はあるんですか?」とローレッタ。
「兵士じゃ、なくて、騎士だ……」
荒い息のレックス可愛い。
ぜーはー言ってるの可愛い。
でも、もうちょっと筋肉付けようね!
君、将来はマッチョになるんだよ!?
「も、もう走れな……い」
「庭の端から端まで20往復したぐらいで!?」
我が家の庭は割と広いので、ダッシュするのに最適。
レックスがパタッと倒れてしまったので、私とローレッタも立ち止まる。
「もう、帰りたい……」
レックスが半泣きで言った。
ちなみに、今日は遊びの日なので、喋り方は普段通りでいいと言ってある。
「なぜだい!?」私は驚いて言う。「ヌルすぎたとか!? 私が優しすぎて楽しくなかったとか!?」
「確かに今日のお姉様は、いつもより3倍は優しかったですね」
「裏目に出たかー」
「出ちゃいましたね」
私とローレッタが頷き合うと、レックスの表情が引きつった。
「俺の反応を見て、なぜそう思うのか……」
レックスは全てを諦めた風に、ゴロンと寝返りを打って空を見た。
「大丈夫だよレックス、午後からは剣術をやるから、そっちはちょっとキツ目にやろう」
「剣術!?」
レックスが起き上がって、瞳をキラキラと輝かせた。
「そうだよ。てゆーか、今までのトレーニングも立派な騎士になるためのものだよ?」
もしかして、訓練の意味を理解していなかったのかな?
そういえば、あんまり説明せずに訓練開始した気がする。
私とローレッタにはいつものことだし、レックスもきっとその気だと思っていたから。
「俺、剣術は父上に鍛えてもらってるから、ミア様より強い自信ある!」
「ほう。それは純粋に楽しみだね。私は剣術に関しては素人同然だからね」
我流で鍛えているので、そのうち剣の先生を雇いたい。
セシリアがいいって言ったら。
そんなことを考えていると、セシリアが寄ってきた。
「そろそろランチの時間です皆様方」
私とローレッタが頷いて、レックスを連れて食堂へと向かう。
食堂にはレックスの母であるドーラがすでに座っていた。
レックスは子供なので、母親と一緒に遊びに来たのだ。
ちなみにドーラは侍女たちとお菓子を食べたり、談笑して時間を過ごしていたはず。
私たちが席に着くと、侍女たちが食事を並べる。
「わー、さすが公爵家のお昼ご飯ね! すっごい! ねーレックス!」
「はい母上! これは豪勢だ!」
「こらこら、お父さんの喋り方を真似しないの」
ほう。
ゲーム内でのレックスは、言葉を短く切ることが多かった。
父親の影響か。
あと、やっぱり公爵家の食事はいい物が出てるんだね。
「俺は母上の料理も、大好きだが」
レックスが真っ直ぐな瞳で言ったので、ドーラが一気に笑顔に。
ああああ!
私もこんな可愛いガキ産んでみたいね!
育てる自信はちょっとないけど!
ちなみに、フォスター家では侍女を雇っていない。
家事は全て母であるドーラが仕切っている。
ゲームではそうだったし、今もそうだろう。
会話の内容的に、普段から料理してるっぽいし。
さて私たちは楽しく談笑しながら食事をして、ゆっくりとリビングで休憩。
「さぁ、そろそろ剣術やろうか」
私が言うと、ローレッタもレックスも嬉しそうに頷いた。
「お母さんも見学していいかな?」
ドーラの言葉に、私たちが頷く。
そしてみんなで庭へ移動。
一応、フィリスとセシリアも付いてくる。
私は木剣を仮創造して、レックスに渡す。
「とりあえず、私とレックスで軽く打ち合ってみようか」
「よし! どこからでも来い!」
レックスは自信満々に言った。
2分後。
「どうせ俺なんて……どうせ、女の子に勝てないんだ……。どうせ、俺なんて騎士になれないんだ……」
レックスは座り込んで地面を指で弄っていた。
「いや、結構、いい感じだったよ? ねぇローレッタ」
「はい。さすが騎士の息子だと感心しました」
実際、レックスは強かった。
私より弱かったというだけのこと。
「でもミア様に勝てないし……」
「しかし、型はやっぱり君の方が綺麗だったよ?」
「そうですね。お姉様は我流なので、型の美しさではレックスに敵いません」
「型より……実力の方が大事だし……」
グスン、とレックス。
「こらレックス!」ドーラが見かねて言う。「それでも騎士の息子なの? 次は勝てばいいでしょ!? 拗ねてても強くはなれないのよ? あんたは騎士になるんでしょ?」
ドーラの言葉で、レックスが立ち上がる。
そして涙を乱暴に拭いた。
「では次はあたしが」
「どこからでも、来いっ!」
元気を取り戻したレックスが言った。
3分後。
「同い年の女の子にも勝てないんだ……。俺、剣の才能ないんだ……。きっとそうだ……」
レックスが再び地面に座り込んで、指で土をなぞっている。
やばいな。
マッチョ好きにはたまらない中央騎士ルートが、心が折れて傷付いた少年ルートに変わってしまいそうだ。
「いえ、才能はありますよ」ローレッタが言う。「型を教えて欲しいぐらいです」
「うん。そうだね。型を教えておくれよ」
私たちの声は聞こえているはずだが、レックスは反応しなかった。
「レックス、立ちなさい。お父さんに笑われるわよ? 騎士は簡単に挫けちゃいけないのよ? 困難な任務にも立ち向かう強い心が必要なの。知ってるでしょ?」
ドーラが優しく言うと、レックスが立ち上がり、涙を拭いた。
「よし、じゃあ型を教えるから、よく見てて」
私とローレッタはレックスに剣の型を教わった。
さすがに中央の副団長仕込みなので、かなり綺麗。
足りないのは実戦経験だね。
私はローレッタと打ち合えるけど、レックスには相手がいないのかも。
そんなことを考えながら、私たちは剣の型稽古に熱中した。
楽しい時間というのは過ぎるのも早いもので。
「さぁレックス、そろそろ帰りましょう」
日が軽く傾き始めた頃、ドーラが言った。
だがレックスは聞こえないフリをして、ローレッタに型の指導をした。
ちょっとレックス、ローレッタに密着しすぎじゃないかな?
私にはそんなに、ひっつかなかったよね?
「レックスー?」
「……俺、ミア様とローレッタ様ともっと稽古したい」
「よく言ったレックス!」
私はレックスの両肩を掴む。
レックスが驚いた風に目を丸くした。
「なんなら、私の部下にしてあげるよ! 今ならなんと! 1人でもできる訓練メニューを制作してあげる!」
私が顔を寄せて言うと、レックスが頬を染めて俯いた。
あれ?
嬉しくないのかな?
いや嬉しくて反応に困ったのかな?
「更に更に! 将来はローズ領に引っ越してきて、ローズ領で騎士団長を目指すという手もあるよ! てゆーか、私の部下ならそうするべき!」
優秀な騎士を確保しておきたい。
イケメンだからではない。
イケメンだからというのもあるけど。
ノエルも私の部下だし。
あれ?
違ったっけ?
まぁ部下みたいなもん。
優秀で綺麗な人材は確保するのが、素晴らしい領主の勤めというもの。
「俺、騎士団長、目指せる?」
おずおずと、レックスが言った。
「当然だよ。なんせ私が鍛えてあげるんだからね!」
元第一空挺団、元水陸機動団、そして元、世界最強の傭兵団に所属していた私が指導して、強くならないはずがないっ!
「じゃあ俺、ミア様の部下になる!」
やったぜ。
優秀な人材ゲット。
私は浮かれて笑顔を浮かべた。
そう、私はまだ知らないのだ。
このあと、とんでもなく面白い……げふんげふん。
大変な事態に巻き込まれることを。