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蒼紋の剣士の瞳に映る未来に願う加護。

――蒼紋の剣士。


そう呼ばれる剣士の名はジョー。

富める者であろうと貧しい者であろと、分け隔てなく人々を救済する勇者だ。


オレとジョーとの付き合いは長い。

もうずいぶんと昔の話で冒険者組合にジョーが登録にきた時、色々と面倒をみてやった時からだ。


最初はどこから出てきたんだこの田舎者は? と思うぐらいモノを知らない男だった。

だが要領がいいというか、知らない事でも教えてやると、「はいはい、王道ですね!」とか「あー、リアル系のゲームによくある設定!」などと、わけのわからない事を言いつつも順応していった。


さらに時が経って一緒に戦う仲間も増えたが、ジョーは昔から変わらない。

それは今日もそうだった。


ジョーに感謝をすれば、戦女神様にこそ感謝を、と微笑まれ。

ジョーに報酬を渡すと、戦女神様を祀る神殿に全て寄付してしまう。


どんな阿鼻叫喚、地獄絵図のような戦場ですらジョーは眉一つ動かす事なく駆けていく。

血臭が満ち、肉片が飛び散る中であっても、その剣閃に乱れはない。


まるでその目には斬るべき敵以外、何も映っていないのではないかと思うほどに常に平静だ。


肉片となった敵には目もくれず、次なる敵へと向かっていく。

そして全ての敵を殲滅し、剣を納めたジョーは助けた者たちに決まって言うのだ。


「戦女神様のご加護です」と。


ジョーの右手には蒼い紋がある。


それがとある戦女神をかたどる印であると気づいた者は、僧兵くずれのオレ以外にはいない。

そしてオレはそれを他言していない。


なぜならあの印が示す戦女神は、あまり良い逸話がないのだ。

というのも、その戦女神に遣わされたという勇者の伝説はたいていが戦女神の落ち度により苦しみもがく人生を送っている。

中にはその戦女神の名を、断末魔の怨嗟として息絶えた勇者もいるほどだ。


ジョーがその戦女神を崇拝しているのか、それともその戦女神の加護というものが本当に宿っているのかはわからない。


だがジョーはいつもその印を見ては、いとおしそうに撫でていた。

その姿は殉教者が祈りを捧げるがごとく神聖なたたずまいであり、つきあいの長いオレ達ですら声をかける事はできなかったのだが。


「その模様はなぁに、勇者様?」


誰かがたずねた。

とっさに聞き耳をたててしまう。それは仲間たちも同じだった。


「これかい?」

「うん、とってもきれい!」


声の主は今日、助けられた子供だった。

あわててその母親らしき女性が、娘を抱きかかえて謝っている。


オレ達はこの日、冒険者組合からの緊急依頼でゴブリンどもに連れ去られた十人以上の村人たちを救出していた。

そしてすべてのゴブリンをせん滅し、村の者たちがさらわれた娘たちを迎えに来た所でジョーはいつものごとく「戦女神様のご加護です」とだけ言い残して帰ろうとしてしまった。


オレ達にとってはいつもの事だし、冒険者報酬は組合から受けとるので問題はなかったが、助けられた村の者たちが総出で引き留めこうして宴に参加している。


今は焚火を囲んで、野外で夜を徹して宴の真っ最中だった。

そんな中、たずねられたジョーは微笑む。


必死にあやまる母親に手をふり、娘に答えた。

皆が聞き耳を立てる中、ジョーはこう言った。


「この印が蒼く染まった時、オレの本当の人生が始まるんだよ」


と、ジョーは微笑んだ。


本当の人生とはどういう事だろうか。


いまやジョーはその功績から、救国の勇者とまで言われている。

比喩や愛称ではなく、国から正式に勇者の称号を拝謁しているのだ。


勇者とは人々を救う存在であるし、これまでのジョーはまさしく勇者だった。

そして幼子に優しい微笑みを向ける今夜も、まぎれもない勇者の姿だろう。


これが偽りの人生だとでもいうのだろうか?


いや、自分の心をごまかしても仕方ない。

正直に言えば、ジョーは今の自分の人生を望んでいないのかもしれないな、と、思う事がある。


正義を為すため、人々の為にとはいえ、あれほど凄惨な戦いを繰り返す日々。

ジョーの戦いは、今日もやはり凄惨なものだった。

鼻をつく血臭、ちぎれ飛ぶ臓物、返り血で染まるジョーの金髪。


それを何年も続けている。

オレ達は後方支援が主だが、それでも見慣れる物ではないのだ。


だがジョーはいつもそれらの中心にいながら、時に顔を返り血に染めてなお、まるで何も見えていないかのように振舞っている。


狂ってもおかしくない赤く染まった日々を。


……オレはふと思う。


守るべき弱き人々の為、見えないように振舞っているつもりが、本当に見えなくなかったのではないか?

今や、あの蒼い瞳には本当に見えていないのかもしれない、血が、臓物が、死体が、全ての赤が。


そう。


すでに正気ではなく狂気にあるゆえ、おぞましいものが見えていても、何も見えていないのと同然なのではないかと。


その考えに至ってオレはぞっとした。


もはやそれは勇者ではなく狂人――。


ジョーと目があう。


「どうした?」

「……いや、なんでもない」


その目はいつもの目だった。


優しい、仲間思いのジョーの目だ。

狂人などと。

オレは何をバカな事を。


ジョーは再び少女との語らいを続ける。


「ふうん。本当の人生? 難しくてわかんないけど、楽しみだね?」


少女がジョーに向かって笑いかける。

ジョーもまた笑う。笑ってこう言った。


「その頃にはお嬢ちゃんも大人になっているかな? きっと美人になるだろうから、その時にまた会える事を楽しみにしているよ」

「うん、楽しみだね! また会えるといいね!」

「……本当に楽しみだよ」


何気ない会話のはずなのに。

少女の健やかな成長を望むジョーの笑顔に、オレは言いようのない恐怖を感じた。


違う。

ジョーは勇者だ。


狂人などではない。

だが震えが止まらない。


無意識にこの男は危険だと本能が告げてくる。


いずれジョーの印が蒼く染まった時、どうすればいいのだろうか?


彼が言う本当の人生とは?


今はただジョーの行く末を見守る事しかできない。


願わくば、かの戦女神の加護があらん事を……。


おしまいです。

ありがとうございました。

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オーガの坊ちゃん、借金抱えてダンジョン経営! with いつも無愛想なサキュバスメイド!
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