第1章 ブラッドリーとお嬢様②
かつて、フラスコの中の小人――人造人間の製造に成功した魔女がいた。ルルラ・レラ・ルルゥである。彼女は、生まれながらにしてあらゆる知識を身に着けている、けれどフラスコの中から決して出られない小さな生き物を生み出した。
無論、人を模したものを魔術によって造り出すと言う行為は、教会により固く禁じられていた。教会は神に対する冒涜としてルルラ・レラ・ルルゥの行為を激しく糾弾した。神聖騎士団も、ルルラ・レラ・ルルゥ征伐に差し向けられたらしい。
そうして、ルルラ・レラ・ルルゥ、稀代の魔女にして、歩く災厄の箱。歌う物好きは、まさに鼻歌混じりに数千の軍隊を1人で返り討ちにしたという。数千の死体が折り重なって出来た平地は、今では広大な穀物地帯として利用されている。それくらい、大昔の事だ。嘘か真か、もう誰にも分からない。
今や、ルルラ・レラ・ルルゥを裁こうとする王も教皇も大統領もいない。ルルラ・レラ・ルルゥは、一人治外法権として世界に君臨している。
さて。そんなルルラ・レラ・ルルゥにはかつて13人の男の弟子がいた。彼等は錬金術師、と呼ばれていたという。
弟子たちは、人造人間に素晴らしい外見を与えた。
どこまでも人間に近く精巧で、人間よりも遥かに美しい人形を作り出し、人形の内部に人造人間のフラスコを収めた。そして人造人間が人形を動かせるように神経管を繋いだ。
こうして、人間よりも遥かに賢く、美しく、主に従順な人形が出来上がった。
そしてまぁ、何ていうか。あれですよ。ルルラ・レラ・ルルゥの弟子たちはアンジェリカやルーシャみたいな、いたいけな女の子の前ではとても口に出来ないような行為に、人形と耽った。
作り物だけどね。けれどかつての人形は体温もあり、現代では作れない様な高度な素材によって絶妙な柔らかさも兼ね揃えていたらしい。だからって人形だけどね。中身の人造人間によって、動いたり喋ったりしたらしいけどね。どうなんだかね。
弟子たちの行為に気付いたルルラ・レラ・ルルゥは笑って言ったという。
「キモー、しねばいいのに」
そうして13人の弟子たちは人形と共に挽肉になった。
この事件(?)の後、ルルラ・レラ・ルルゥ本人が人間型の人形を作ることは禁止した。現代でもそれは続いていて、人造人間を内部に収めた人形は全て動植物を模した姿をしている。体温も、ない。オニキスを触っても、流動物の詰まったごく普通の人形と同じ感触しかしない。
男の人形使いが、伝統的に『キモー』と呼ばれるのも、遥か昔にルルラ・レラ・ルルゥが放った言葉のせいだ。気持ち悪い、の略語だという。当時の若者言葉だったとか。
かつてのルルラ・レラ・ルルゥの弟子たちがはっちゃけた事をやらかしたお陰で、現代の人形使いは9割以上が女性だ。農業や工業のほとんどを人形がこなす現代で、男性の地位低下は甚だしい。
アンジェリカもルーシャも、この学園を卒業した後は、数十体の人形を使役する人形使いとなることだろう。
対して、キモーとか呼ばれるブラッドリーは何者になるのか。さっぱり分からない。不老不死の魔女、ルルラ・レラ・ルルゥの気紛れによってすくわれたとはいえ、ブラッドリーには働きたくないという思いが呪いのようにこびり付いて離れない。
働きたくない。
働きたくない!
自分がもう1人居れば良いのに!
だから、ブラッドリーはルルラ・レラ・ルルゥに乞うてレインウォーター学園の生徒としてねじ込んで貰った。ルルラ・レラ・ルルゥに不可能はない。ルルラ・レラ・ルルゥが依頼した数日後には、ブラッドリーの為の男子生徒用の制服と、ブラッドリーの為の寄宿寮が用意されていた。
ブラッドリーはルルラ・レラ・ルルゥにすくわれたとはいえ、呪いは解けなかった。だからブラッドリーは思うのだ。願うのだ。自分がもう1人居れば良いのに。
自分をもう1人、作ればいいのだ!
他ならぬルルラ・レラ・ルルゥが人間型の人形を作ることを禁じたとは言え、ルルラ・レラ・ルルゥが嫌悪感を抱いたのは、異性の人形を作り淫行に耽った弟子たちだ。
ブラッドリーがブラッドリーにそっくりな人形を作り、人形を働かせるのにはどう思うか。少なくとも「キモー、しねばいいのに」とは思わないことだろう――だと良いな。
そしていつか、ブラッドリーは寝て暮らすのだ。仕事はブラッドリーの姿をした人形がやってくれる。何が悪いのだろう。まったく悪くない気がする。
世界はブラッドリーの作った人形をブラッドリーと思えば良い。ブラッドリー本体は、何処かの田舎で、人形に世話されて、何にもしないで暮らすのだ。何て素晴らしい未来図!!
老後の幸せの為には、今やるしかない。キモーとか、キッモーイとか、キンモーイとか3段活用みたいな罵声を浴びせられても、ブラッドリーはレインウォーター学園に居座っている。
教師に付き添われて自分自身の人形を造り、集団訓練を経て、ついにだ。ついに、小隊を組んで迷宮に入り魔法水晶を探しに行く段となった。
そこでようやくブラッドリーは気付いた。
俺、ぼっちだわ。
小隊を組まないと迷宮には行けない。
俺、この先どうしたら?
途方に暮れかけた時、ルルラ・レラ・ルルゥに対する畏怖と、男子の人形使いに対する嫌悪感に挟まれて絶妙に変な顔をした女性教師がブラッドリーに告げた。小隊に2人しかいなくて困っている生徒がいます、と。
ブラッドリーが、はぁ、とか変な声を出してる間にあれよあれよと話は進んで、ブラッドリーはアンジェリカ達と顔を合わせる前に小隊として学園に登録されていた。
第1348小隊。
それがブラッドリー達の正式名称だ。
卒業生が使用していた小隊名は使用しないのが通例だから、やけに数字は大きくなっている。現在学園内には1学年に2、30の小隊が存在していた。レインウォーター学園の歴史と伝統は推して知るべしといった所か。
アンジェリカ達に学園がどう説明していたのかは、ブラッドリーの知る由もない。今日初めて顔合わせと言う事で、小隊に1つずつ与えられる教室で待っていたところ、アンジェリカの、不本意ですわー! が始まった。ブラッドリーは無力だ。




