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第1章 ブラッドリーとお嬢様①

「不っ本意ですわー!」


 朝もはよから。


 広くはないけれど狭くもない、つまり適当な広さの確保された教室の中で、アンジェリカ・プロウライトは絶叫していた。元気なもんだ。ブラッドリーは感心してしまう。まぁ、やかましいけど。睨まれてるけど。


「不・本・意ですわっ!」


 一音一音噛み締める様に、アンジェリカは繰り返す。ブラッドリーは軽く両手を挙げた。ブラッドリーの頭の上に乗っかっている漆黒の蜥蜴とかげも、長く舌を出して降参こうさんの意を示す。


 睨まれているだけではどうにもならないから、ブラッドリーは呻くように言う。


「……って、言われても」


「貴方に発言は許可しておりませんことよっ!」


 暴君か。


 ああ、でも、今日も天気は良くて、気候も春めいていて、良い感じだ。


 窓の外では春になると一斉に咲く薄紅色の花が咲き始めていて、レインウォーター学園の水色と白の制服を着た少女達が笑いさざめいている。始業の時間を告げる低い鐘の音が、眠気を誘う。


 鐘の音を聞いて、きゃあっ、と少女達が悲鳴を上げて駆け出した。マスターに拾い上げられ損ねた人形ドールが、ちょこちょこと自力でマスターを追って駆けて行く。


「あっ、ごめんなさいねルビー」


 振り返ったマスターらしき少女が、炎をまとったネズミのような人形ドールを抱き上げる。


「構わないよ、クラリッサ」


 人形ドールは愛らしい外見とは裏腹に、落ち着き払った老紳士のような声で答えた。麗しい主従愛だ。


 ブラッドリーに発言は許可されていないらしいから、椅子に座ってぐでっと机に突っ伏す。働きたくない。寝よう。


「何を休もうとしていますのーっ!」


 何という不条理。


 ブラッドリーは答えずに、アンジェリカではない方の少女を見た。もこもことした羊型の人形ドールを抱いた、もこもことした羊みたいな髪型の少女はおっとりと口を開く。


「そうねー、だってブラッドリーくんには発言が許可されてないんだから、眠くなっちゃうよねー」


 それそれ。


 我ながら根に持つ方だとは思うけど、声に出さずに頷く。ブラッドリーに発言が許可されていないなら、付き合うさ。頼まれたって話すもんか。


「パールもそう思うよね?」


 もこもこした少女は、もこもこした羊に話しかける。


「そうですね。アンジェリカも、子供ではないのですから、いつまでも駄々をねるのは止めた方が良いと思います。ブラッドリーも、意固地いこじになり過ぎではないかと、同時に思いますけれど」


 魔法水晶が足りていないのか、あるいはマスターの魔力不足か。多少ぎこちない口調で、パール、と呼ばれた羊は話す。羊に指摘されて、アンジェリカは途端に顔を赤くした。


「駄々を捏ねてなんていないのですわっ!」


「他にどう表現しろと言うのだ、アンジェリカ」


 アンジェリカの傍で二足歩行をする、黒いスーツを着た猫の姿の人形ドールは冷淡な声でマスターいさめる。


「アンジェリカ、プロウライト家の貴婦人たるもの、何時いつまでも大声でわめくものではない」


「うぅぅっ……!」


 豊富な魔力があだになったか。アンジェリカの膝くらいまでの背の高さの人形ドールは、アンジェリカよりもはるかに老成ろうせいしているようだった。アンジェリカはじたばたとその場で踊る様に暴れてから、こほん、と咳払いを1つした。


「と、とにかく! わたくしは不本意ふほんいですの! いくら学園の指示とはいえ、男子生徒と小隊パーティを組むだなんて! 男子の癖に人形使い(ドールマスター)を志しているだなんて、とってもキモー、なのですわっ!」


 お嬢様らしくというか何と言うか。如何いかにも、言い慣れていない口調でブラッドリーを罵倒ばとうするアンジェリカは、可愛いか可愛くないかと言ったらまぁ可愛い。別にブラッドリーに、罵倒されて喜ぶような変な嗜好しこうがあるわけじゃない。


 ただ、絹のような長い黒髪に、宝石みたいにきらきらしている青くて大きな瞳に、果物みたいにつやめいた唇の、ちっ……ちゃな顔したアンジェリカは可愛い。100人に尋ねたら、尋ねてない5人まで加わって105人くらいが『可愛い!』と絶賛することだろう。


 かつて存在したと言われる人型人形(ドール)のように、信じられないくらい整った顔立ち。作り物の人形ドールの肌より遥かに整ってきめ細かい白い肌。お前さん、人類? とか尋ねたくなる。


 まぁ、美しいと言ったら、かつてブラッドリーをすくったルルラ・レラ・ルルゥも相当そうとうなものだったけれど、あれは人類と言うより魔女だから今は除外する。


 レインウォーター学園の女子の水色と白の制服は、ただでさえレースとフリルとリボンで飾り立てられているのに、2段のフリルのペチコートでスカートを膨らませて頭にマリアベール風のレースのカチューシャを付けたアンジェリカの華やかさと来たら、群を抜いている。過剰な装いが滑稽こっけいにならないだけの美少女だという事も大きい。


 睨まれてるけど。


 キモ―とか、言われてるけど。


「……まぁ仕方ないか」


 男の人形使い(ドールマスター)は、キモ―、なのだ。


 ブラッドリーの命の恩人にして、やっかいな保護者たるルルラ・レラ・ルルゥが言ったのだから仕方ない。


「諦めるな、我がマスター


 ブラッドリーの頭の上から、蜥蜴型の人形ドール・オニキスが励まして来る。ブラッドリーは半分目を閉じた。


「諦めるさ。諦めるのは得意だよ、俺は」


「という説もある。マスターが諦めたので、私が代わりにプロウライト嬢と会話をしよう」


 作り物の緋色ひいろの舌をうごめかせて蜥蜴が語る。


 マスターの魔力と魔法水晶によって独立した思考を持ち得る人形ドールは、レインウォーター学園の生徒ならば誰もが1体は持ち合わせている。いや、レインウォーター学園は人形ドールを育て、魔法水晶を探索する人形使い(ドールマスター)を育成する学園なのだから、順番が逆か。


 まぁどっちでも良い。レインウォーター学園の生徒は例外なく人形ドールを保有している。すなわち人形ドールが喋り、動くという一見いっけん異様いような光景にも当然のように慣れていた。


「あらっ、その手がありましたわね!」


 アンジェリカは嬉しそうに微笑んだ。笑うと、ますます可愛い。それはどうでも良くて。男の人形使い(ドールマスター)はキモ―だけど、男の人形使い(ドールマスター)が持つ人形ドールと会話をするのには抵抗が無いらしい。今後、アンジェリカとの交渉はオニキスに任せようと心に誓う。


 アンジェリカではない方の少女、羊みたいにもこもこした銀髪に、くりっとした紫色の瞳のルーシャ・フィンドレイは「それは良いの?」と不思議そうだ。気付くなよ。


 ブラッドリーが、しー、と口の前に人差し指を立てると、ルーシャは「そうだねー」と頷いた。


「さて、プロウライト嬢、我がマスター小隊パーティを組むのは不本意だとの事だが」


「とっても不本意ですわ!」


「……が、レインウォーター学園では、我ら人形ドールの主食である魔法水晶を迷宮ダンジョンへ探索しに行く際には、3人以上の小隊パーティを組まねばならないと決まっている。プロウライト嬢の小隊パーティは、プロウライト嬢とフィンドレイ嬢の」


「ルーシャでいいよー」


「……ルーシャの2人しかいなかった。万年ぼっちの我がマスターと組むのは、最早もはや必然では無かろうか」


 オニキスは2回もさえぎられた割に頑張った。褒めてやりたい。男に撫でられても嬉しくないだろうから、小さな魔法水晶の欠片をオニキスの口の中放り込んでやる。


「む、感謝する。我がマスター


「どういたしまして」


 アンジェリカは長ーい黒髪をふわっと掻き上げて、物憂ものうげな眼差しで窓の外を見た。


「……そうなのですわ」


 そうって、どうなんだろ。どうなんだろうねー。


 ブラッドリーはルーシャと視線だけで会話をする。


 はぁ、とべにを塗っている訳でも無さそうなのに、果物みたいに鮮やかな色をしているアンジェリカの唇から吐息が零れる。


「……わたくしの小隊パーティに、ルーシャしかいないのがおかしいのですわっ! このプロウライト家の! 才能溢れる淑女たるわたくしの元には、優秀な生徒が押し寄せるべきなのですわ! こんな男子生徒では無く!」


「それはねー」


 オニキスを見て羨ましそうな顔をしていたパールの口に、魔法水晶の欠片を差し出しながらルーシャはのんびりと言った。


「アンジェリカが激しくり好みしてたら、結局誰も残らなくなっちゃったんだよねぇ。ベンフィールド家のお嬢さんのお誘いも、グローステスト家のお嬢さんのお誘いも蹴っちゃって。2人ともかんかんだったよー」


「だ、だって……!」


 アンジェリカは頬っぺたを膨らませた。


 アンジェリカの生家、プロウライト家と同じくらい、ベンフィールド家もグローステスト家も、人形使い(ドールマスター)の名門として名高い。そこの令嬢の誘いを、何で蹴ったんだろ。


 ルーシャはのんびりと羊型の人形ドール・パールを撫でている。嬉しそうに。幸せそうに。


「何で断ったの?」


 ブラッドリーはアンジェリカ――では無く、アンジェリカの傍らに立つ猫型の人形ドール・ラピスラズリに尋ねる。ラピスラズリは静かに首を振った。


「私が答える訳にはいかない」


 ついに観念かんねんしたように、アンジェリカは明後日の方向を見ながら言った。


「あの方たち、ルーシャの事を悪く言ったんですもの……!」


「うふふー」


 ルーシャは嬉しそうだ。軽く肩をすくめる。


「嫌われても、仕方ないんだけどね。色々あって。でも、アンジェリカは怒ってくれたの。だから2人ぼっち」


うるわしい友情だな」


 ブラッドリーの頭の上から、オニキス。


 ラピスラズリは仕方なさそうに首を振った。


「かの高名こうめいなるベンフィールド家とグローステスト家の令嬢を敵に回したのだ。アンジェリカと小隊パーティを組むような少女は、このレインウォーター学園にはいるまいよ」


「だからって、男子の人形使い(ドールマスター)なんて、不本意ですわー!」


 アンジェリカが、力の限り叫んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 気がつけば始まっていた面白そうな作品。 すくったが平仮名なのが気になりますねー。色々考えるのも楽しいです。
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