分かつ血にやすらぎの歌を
「……まさかこの魔王がこれほどまでに追い詰められるとはな……私の負けだ」
「あれほど恐れられた魔族の支配者が、随分としおらしいものだな」
「しょせん私もこの世を彩るひとつ色に過ぎなかったということだ。さぁ、とどめを刺すがいい……」
永かった。国も故郷も破壊され、家族や仲間の命を、その全てを奪われながらもようやく魔王城へ辿り着いた。
魔王を倒したところで何がもどるはずもない。この怨みが晴れようはずがない。
だが……それでも。こんな苦しみを味わうのは俺が最後でいい。世に蔓延る哀しみの全てをこの胸に、この剣に込めて――――
「これで、終わりだ!」
――――と、言いたいところなのだが。
「…………」
「どうした勇者よ、今になって怖気付いたのか?」
違う、そうじゃない。そうではないが……俺はただ、ここに来たときからずっと気になっていることがある。
「もはやひとかけらの力も残っておらん。私の死を嘆く者さえ皆失ってしまった。いや……そんなものは初めから無かったのかもしれん。なればこそ、この命を以ってして全てを終わらせるがいい」
「あ、あぁ……」
言われなくともそうするさ、あぁそうしてやるさ! それが俺の、俺たちの悲願だからな!
……だがしかし、それでも尚気になる。あんな禍々しい雰囲気ではとても言い出せなかったが……なんなんだ、なんでなんだ。
なぜ、あんなところに――――
バナナの皮が落ちているんだ。
「……よもやこの私に、懺悔をしろとでも言うのか」
「フンッ。破壊の限りを、悪の限りを尽くたおまえにそんなものは似合わない。似合うはずがない」
ていうかこのシリアスな状況にバナナの皮も似合わないんだよ。むしろそっちの方がもっと似合わないんだよ。
なんでそんなもんが落ちてんだよおかしいだろうが。
「ならば急ぐがいい……貴様がとどめを刺す前にこの命尽きてしまうやもしれん。そのような終わりなど本望ではあるまい……」
「いやその、まあそうなんだけども」
え? 気づいてないの? あんな仰々しい階段の下に落ちてるのに? さっきまで座ってたよね、おまえあの上の椅子に座ってたよね。見えるよねバナナ完全に視界に入るよねアレちょっとうしろ見てくれない?
「……ククク、クハハハハ」
「どうした、何がおかしいんだ」
いやおかしいけどバナナの皮落ちてるのはおかしいけども。あ、まさか今気づいたの? 落としたのはおまえじゃないの?
「我が眷属を芯から震え上がらせた貴様が、この魔王に情けをかけるとはな」
あ気づいたわけじゃないのねっていうか違うからね、情けとかそういうんじゃないからね。
バナナがね、そこにあるバナナの皮がずっと気になって仕方ないだけだからね。
……もしかして罠なのか? バナナの皮で滑らせたれとか狙ってたの? 配置的にはなんかそんな雰囲気あるし気づいてない感じなのはそういうことなの?
あんなもん踏むわけないけどさ、ワンチャンいけるかもみたいな、新歓コンパで生まれて初めてはっちゃけてだだ滑りしたけど最初はまぁそんなもんだよねみたいなやつなの?
「貴様にとって我ら魔族こそが諸悪、この魔王こそが憎悪そのものであろう。にも関わらず、よもやそれを赦そうなどとは……」
違うよ赦すとか違うからね。すごい恨んでるよ今もめっちゃ憎いからね。
ただちょっと気になってるだけだからねあのバナナの皮がすごく、憎き魔王にとどめ刺すのちょっと待ちたいくらいには気になってるだけだからね。
「……よかろう。なれば私の奥底に押し込めたものを……あの日あのときのことを、貴様に話そうではないか」
え、なにこの感じ。なにこの哀愁にみちみちた辛い過去話がほ〜ら始まるよ〜みたいな流れは。
そんなもん聞きたくないしどちらかというとバナナの方が知りたいからね、あのバナナの皮が意図的なものなのか否かだからね俺が今知りたいのは。
「……この私も、かつては勇者と呼ばれていた」
しかし確実に見えているはずのバナナをこうも意にかけないそぶり、まさかあのバナナを落としたのは魔王ではない?
だとしたら、あのバナナの皮は一体――――
「えッ⁉︎ え? いまなんて? 勇者?」
なんだ? やつは何を言っている⁉︎
「おまえが勇者とはどういうことだ!」
「そして勇者よ、いや………我が息子よ、大きくなったな」
「なッッッ⁉︎ ――――」
「…………」
「過去の魔王にかけられた呪いによって、私はこんな身体になってしまった……」
まさか、まさか魔王が元勇者……そして俺の父親だなどと、そんな馬鹿なことが……。
「そしてこの呪いは同じ血を分かつ者の苦しみによってのみ、断つことができる……おまえには辛い役割を背負わせてしまったな……」
だがしかし、やつの身体に刻まれた一族の紋章、記憶に残る父の面影……。
「本当に、すまなかった」
なにより、このあたたかさは……。
間違いない、やつは俺の――――
「とう、さん……」
「お、おぉ……かような悪の身に堕ちて尚も、私をそう呼んでくれるのか」
「とうさん、とうさん!」
「ふっ……最期におまえに会えて……」
「よか……た……」
「とうさあああああああああああああん‼︎」
「あ、ちがうそっちじゃなくて」
「え?」
「こっち、父さんこっち」
「えっ」
バナナの、皮……?
バナナの息子とはこれいかに