ひとりの時間
「やっぱり札幌は寒いね。息が白いよ」
「俺寒さに弱いからなぁ。朝起きれないかも。毎日起こしてね」
時田と紗世が札幌にやってきたのは事故から2ヶ月半後のことだった。
後遺症もなくすっかり良くなった彼が先に札幌に入り仕事の合間をぬってふたりの新居を決めた。
新居のことは全て彼に任せて、紗世は結婚式の日取りや会場を決めるのに大忙しだ。実際見に行った方が良いのはわかっているが彼女も仕事があるため札幌に飛ぶことができずパンフレットと新藤の情報でここだというところを決めた。
今まで東京で働いていたのだから東京で式を挙げるのが普通だが両親や祖父母・兄弟や友人が「結婚式のついでに札幌観光したーい」とはしゃいだため札幌で式を挙げることに決めた。身内や親しい友人を呼んでの小さな小さな結婚式なのでそれもありだろう。
さすがにドレスまでパンフレットで決めるわけには行かずドレスだけはちゃんと東京で試着して選んだ。彼にまだドレス姿を見せていないので彼の反応にドキドキしながら。
時田と紗世の結婚式当日。雪がチラチラ降っていた。
「雨じゃなくて良かった」
紗世がひとりつぶやく。涙を流す日は決まって雨が降っていたから…。
時田と一緒に結婚式場についたがメイクやドレスの準備があるために一度離れ離れになる。
大袈裟かもしれないが独身最後のひとりの時間だと思うとなんとなく有意義に使わなくてはいけない気持ちになる。
紗世は髪のセットやメイクをしてもらいながら今までのことを振り返っていた。
短時間でよくここまで思い出すなぁと呆れてしまうくらい昔までさかのぼって一年一年を振り返っていた。
二十歳を過ぎて大学を卒業して、時田に出会って恋をした。
たくさんの人に支えられてここまでやってきた。
ちょうど胸がいっぱいになってきたところでキレイなキレイな花嫁が完成した。
「できましたよ。本当にキレイだこと」
係の女性が微笑む。
「ありがとうございます。少し外の空気を吸ってきてもいいですか?」
「どうぞ。でもドレスが汚れるといけないのでホテルの中だけですよ」
「はーい」
先生に怒られる生徒のような返事をする…。
彼と両親にドレス姿見せなきゃ。そう思って廊下を歩いているとそこに新藤がいた。
「飯塚…」
「新藤さん!今日は遠いところ来てくれてありがとうございます」
「結婚おめでとう」
「ありがとうございます。ドレス姿まだ誰にも見せてないんです。新藤さんが一番最初」
「それはそれは光栄だな。こんなキレイな花嫁初めて見た。このまま連れ去りたいくらい」
「お褒めいただきありがとうございます」
「冗談はこれくらいにして。本当にキレイだよ。今まで見てきた中で今日が一番幸せな顔してる」
「全部新藤さんのおかげです。落ち込んでる時に自信をくれたのももう一度人を信じる勇気をくれたのも新藤さんだから…。わたしブーケは新藤さんに向かってなげますから」
「いやいや。あれは女の子が持って帰るものでしょ?!飯塚に心配してもらわなくたって俺はモテモテなわけよ」
「そうだった。王子さまだもんね」
ふたりで顔を見合わせて笑いあう。
「これ以上新婦を独り占めすると新郎に怒られてしまうか。じゃあ、またあとで…」
「はい」
自分の目の前から立ち去っていく紗世に新藤はもう一度つぶやく。
「結婚おめでとう」
しばらくまた廊下を歩いているとちょうど到着した理子たちを発見する。
一通りのやりとりがあり、今度こそ時田の元へ。